Track.3-37「解ってたまるか」
人目を忍びながらも自らを鍛えるため魔獣を狩り続けているうちに、やがて彼を訪ねる者も増えていった。
その多くは彼こそ魔獣の徒と討伐を目論む冒険者たちだったが、中には自らの保護を願う同じ異形の者もいないではなかった。
また、彼自身も人々に虐げられている異形者を見つける度に、いつか叶えられなかった願いの代償に彼らを解き放った。その中にも、彼に追従しようとする者たちがいた。
彼――
そして彼がより一層その名を大陸全土に響き渡らせるきっかけになったのが、聖女の死の報せだった。
「死因は毒殺で間違いありません。私の
今や部下と呼ぶべき最初の追従者は片膝を着いてその報告を行った。
「王よ、いかがなさいましょう」
「命じていただければ、いついかなる時も貴方の傍で
「この身は命とともに貴方に捧げましたゆえ」
「聖女の無念に報いましょうぞ」
「王よ」
「王よ――」
彼らは聖女と会ったことは無い。だから勿論話したことも無ければ、心を通わせたことも無い。
だが彼らは彼女がどのような人物であったのかは知っている。聖都に戻った彼女が、
そして、彼らは彼女に
「……皆、戦に備えよ」
静かに言い放ったその言葉は追従者たちの多くの声を切り裂いて響き渡ると、一拍の静寂の後で自らと互いを鼓舞する忠義の声が爆ぜた。
「おお、王よ!」
「おお、我ら聖女の仇を討たん!」
「おお、憎き教団に正義の鉄槌を!」
「おお、おお――!」
「おおお!!」
「おおおお――――!!」
拳を振り上げ血気盛んに声を張り上げる姿とは対照的に、
『行かないで』
いつだって、思い出そうとして浮かぶのはあの時の顔だ。不安と悲痛に顔を歪ませながら絞り出した懇願の声だ。それを思い出す度に、
「……銀の騎士よ――あの日俺たちは、同じ奇跡を願ったのでは無かったのか」
◆
「……兄は?」
息を切らして走ってきたのは
暁は元の姿を取り戻したが服を着てはいなかった。当たり前だ、あんなサイズの服なんて暁は持っていないだろうし、着ていたとしてもあいつは段々と大きくなった。多分、もともと着ていた服もびりびりに裂けてゴミ屑になったんだろう。だからオレは、学校の保健室から引っぺがしてくすねてきた白いシーツを暁の小さく細い身体に被せた。改めて見ると、本当にあの猛禽の化け物がこいつなのかと疑りたくなるほど、その体躯は華奢で幼い女の子のようだった。
「ありがとう、ございます」
頭を下げる鹿取妹の後ろから、長身痩躯の男がゆっくりと歩み寄ってきた。その風貌からおそらく暁の父親だろうと推察する。
疲れて校庭の花壇に腰を下ろしていたオレは立ち上がる。隣の実果乃も慌てて立ち上がった。
「てっきり、親は来ないと思ってた」
髪の毛を後ろに流した
「……行くぞ」
短く告げ、踵を返して正門へと戻っていくその背中を追いかける鹿取妹の顔は苦く歯噛みしていた。
「なぁ」
父親の足が止まる。
「何で捜さなかったんだ?暁の居場所なんか判ってたんだろ?」
振り返る、鋭い目。
「言葉遣いが悪いな、育ちが知れる」
「
沈黙。通り過ぎる風の音。
「……もう暫くすれば、
「はぁ?」
「
「思っていた、って……どういうことだよ」
完全に振り向いた父親はまるで侮蔑するような目でオレを見ている。忌々しそうに舌打ちをすると、静かに睨みつける圧を強めて厳しい口調で口を開いた。
「暁が死ねば、家督は心に引き継がれる――寧ろ私たちとしてはその方が有難い」
目の前が真っ赤に染まった――って錯覚するほど、頭に血が上った。
気付けば後ろから実果乃が、そして前方からは鹿取妹がオレに抱きついていた。その違和感で漸く、オレはオレが前のめりに足を踏み込んでそいつをぶん殴ろうとしているんだと気付いた。
「――っ!」
「……魔術に生きぬ者に、この気持ちは解らん。解ってたまるか」
諦めが降りてきたように、オレの身体は脱力した。胸の中で、必死で抱き着く鹿取妹が泣きながら小さく「やめてください」と繰り返していたのを聞いたからだ。オレがだらりと手を下ろすと、まず実果乃が申し訳なさそうに離れて、そして鼻を啜りながら鹿取妹も離れた。
「もう、私たちに関わらないでくれ」
「……暁がそう望むんだったらそうするよ」
再び踵を返して正門の方へと歩んでいく父親と、深く頭を下げた後で気丈さを取り戻した顔を見せて父親を追いかける鹿取妹。何を思えばいいのか、ぼんやりとそれを眺めていると、やがてエンジンの音が響き、それが遠ざかっていった。
「茜君、」
「本当、悪いな、実果乃……マジ来てくれて助かった」
実果乃は沈痛な面持ちで首を横に振ると、控えめにオレを見上げた。
ぶっちゃけて言えば、オレが暁に負けて殺される未来だってあった筈だ。今オレがこうしてぴんぴんしているのは一つの結果でしかなく、そしてオレが殺されてしまったら――こう言ってしまうのは自己の過大評価な気もするけど――あいつを救えた誰かなんていなかったんじゃないだろうか。
言ってしまえばオレもあいつを救えただなんて思ってもいないけど、でもどうにか、最悪の事態――死だけは避けられた。正直ただの運だし、結果論でしかないけれど。でもそれは、どうしてだかオレにしか出来なかった筈だという出所不明な自負があった。
実果乃を呼んだのは保険だ――オレが殺された時の。オレが校舎内から出て来なかったらっていうのと、あとは一切連絡が無かったら警察を呼ぶように言いつけてあった。
「でも良かったよ、実果乃が出しゃばらずに済んでさ――最悪、オレ、お前を出しに使うことも考えてたからさ」
「――え?」
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