Track.7-2「スカートじゃないんだ」

 バスに乗り込み、満員の車内で吊り革に捕まらずに足の指の踏ん張りで急ブレーキやカーブの慣性に耐えること一時間弱。

 JR赤羽駅の西口で降りた後はただ只管ひたすらに、少し古ぼけた建物と真新しい建物が乱立する街並みを駆け抜ける。

 弁天通べんてんどおりを抜け、細い路地を浸走ひたはしると見えてくるのが、これからオレが通う私立征英学苑せいえいがくえん高校だ。


 偏差値もさほど高くはなく、どちらかと言うと文武両道を目指したいというような、全国の受験敗者のための滑り止め高校、というのが一般的なこの高校に対する評価だ。

 でもって、特に部活もやるつもりが無く勉強も頑張りたく無いオレは、制服にズボンを履けることと、そして自宅からバスでほぼ直通という通学の利便性という二点だけでこの学校を選んだ。

 ちなみにオレが通っていた中学からこの高校に進学した奇特な奴はオレ以外に二人くらいしかいない。しかも知ってる奴じゃない。


 オレが持つ優秀な妹二人、まず双子の葵の方は無茶苦茶勉強が出来たもんだから、電車を乗り継いでミッション系のいい感じなお嬢様学校に進学した。双子じゃない1コ下の桜も頭はいいから多分そこに進学するだろう。葵がすでに受験で結果出してるしな。


「っしゃあ!セーフだろ!」

「早く教室に入りなさい」


 閉まりそうな正門にギリギリで駆け込み、ガミガミうるさそうな細いメガネを掛けたゴリジャージ教師――たぶん担当は保健体育だ――に叱責され、廊下を走って教室へと駆け込む。HRホームルームが始まったか、教壇にはパリッとしたスーツを着た若い男性教師がすでに立っていた。


「おはようございますっ」

「入学早々遅刻とはいい度胸だな」

「お褒めに預かり光栄ですっ」

「さっさと席に着きなさい」

「うすっ」


 ビシ、っと敬礼を決めると少し笑い声が上がった。ドア側から二列目、前から二番目の席に腰掛ける。

 使い古された机は表面に消しきれなかった落書きの跡や、彫刻刀で掘られた形跡が残っている。これは下敷き必須だな。


「じゃあこれから、体育館に行って入学式だ。移動中は私語を慎むように」


 揃っていない声が少しだけ上がり、オレたちはぞろぞろと廊下へと出て行く。他の教室の生徒も一斉に廊下を階段の方へと進んでいる。


「スカートじゃないんだ」


 隣の席に座っていた背の低い男子から声を掛けられた。つやつやな栗色の髪の毛が印象的な、女の子みたいな可愛らしい顔の男子だった。オレなんかよりよっぽど女の子に見えるだろうな。


「ああ、制服?」

「うん。偶数列だから、女子、だよね?」


 つるむ友達も知り合いもいないオレは、廊下の移動中この男子と話す。まぁまぁ失礼な物言い――オレがただ単に男子寄りの容姿を持つ女子、ってんならちょっとアレだなって感じだけど、オレは出来るだけ男子でありたい女子だ。履いてるのもズボンだし。だから、そういう間違いをされるのは寧ろ歓迎したい感じだ。


「女だよ。男に間違われることの方が多いけど」

「そっか。ボクと逆だね」

「マジで?痴漢されたことある?」

「え、あ、あるよ……」

「マジか。オレ無いわ」

「羨ましい」

「それもどうかって思うけどな。お前さ、名前何て言うの?」

「あ、ごめん。鹿取カトリアキラ

「おう、オレ、安芸アキアカネな」

「何か蜻蛉トンボみたいな名前だね」

「次言ったらぶっ叩くな」

「ああ、ご、ごめんっ」

「あはは、嘘だよ、それもよく言われる」


 多分天然なんだろうな、こう、失礼なことつい言っちゃうってのは。まぁオレはがさつだし、あんまり気にしないからいいけど。

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