Track.6-35「私、殺されたの」
「お前最近学校行ってないみたいじゃん、大丈夫か?」
「そういう茜こそ、仕事忙しいみたいだね」
茜と実果乃は北区にある私立高校に通っている同級生だ。昨年度は同じ教室で青春に汗を流した
とは言うものの、茜が芽衣と出逢ってからはほぼ付きっ切りになってしまったし、実果乃もまたとある事情から茜との交友が途絶えてしまっていた。
無論、交友が途絶えた要因は互いの時間だけではない。
互いに顔を合わせる気まずさ、というのもあった。
「ああ、アルバイト始めたのって言ってなかったっけ」
「うん、聞いてない。でも、噂で何となく知ってるよ?茜、魔術士やってるんでしょ?」
「おう――」
魔術業は例えアルバイトであっても、その業務の特別性から公欠が認められる。
10月にクローマーク社に入社した直後から茜は訓練続きであり、またほぼ間を置かずして11月には
攻略自体は1日で終わったものの、その後すぐに
その間、茜が通学できた日数は2週間あったかどうか、といったところだ。
しかし学校での交友に富む茜のもとには、クラスメイト達から実に様々な情報が入り込んでくる。
中間・期末テストの日程と出題範囲。
クラスのあいつとあいつが付き合った・別れた。
数学の教師の頭髪がそろそろ禿げ上がりそうだ。
隣のクラスのいじめが露見し、首謀者が発覚した。
その情報の中には、元級友である実果乃が夏休み終わりから全然登校しなくなった、というものもある。
もともと、学年が上がった頃から実果乃は不登校気味になった。
茜はその理由を知っているし、自分の存在が最も大きな要因だろうと考えていた。
だから今日、偶然出会うことはあっても向こうから声をかけてくるとは思ってもいなかったし、嬉しい半面とても複雑な心境だった。
こんなに普通に接してくれるのなら、もっと早く自分から声をかければ良かった――そんな、悔しさなのか後ろめたさなのかよく判らない仄暗い感情が鎌首を擡げていることが気持ち悪かった。
「実果乃は?最近はどうしてんだ?」
「私?私――――私も、魔術士やるようになったんだ」
「はぁ?」
そこではたと気づく。
茜に実装された
途端に
「実果乃、お前――――」
「茜くんと同じ、異術士だよ?ふふっ、同じだね」
口に手を当て笑う、その指先は途端に黒く変色していく。
その眼球もまた、白目の部分が外側から黒い墨を零したように闇色に侵食され、黒目は怪しく赤い輝きを放つ。
冷える身体。
研ぎ澄まされる感覚。
困惑で思考が停止しているのに、敵を認識して身体は勝手に戦闘態勢へと急速に移行する。
茜はひどく憔悴した。
体と心がちぐはぐだ。
戦いたがっている体。
戦いたいと思うはずのない心。
体に従うべきか、心に従うべきか。
思考はまだ、解を出せずに彷徨っている。
「ごめんね?」
ポケットから取り出した
ざくり。
皮膚を貫いて、その刃先は肉に食い込む。
「――何で、」
けれど。
その刃の根元までが、茜の身体に沈み落ちることは無かった。
「何で――邪魔するのかなぁ?」
刃には薄らと光る銀色線――
「比奈村さん、何やってるんですか!?」
ホームの10メートルほど先で愛詩は掌から弦を伸ばし、実果乃の刺突を阻んでいる。
力なく振り向いた目線で、茜はその光景をただただ見つめていた。
「質問してるのはこっちだろ?何で邪魔するのかって訊いてんだよ!」
これまでに聞くことの無かった、友人の汚れた口調。
そこで漸く、茜は思い知る。
もう、自分の知る実果乃じゃないんだと。
死者を蘇生させることは出来ない。
いくら魔術を用いて死者を蘇生させたとしても、それは死体が
「
ホームの天井や柱、床のあちらこちらから弦が伸び、実果乃の黒く変色した肢体に巻きつき拿捕する。
捕捉したのとは別に弦が伸び、実果乃の身体に巻きついてはやがて巨大な繭を形作った――が、難なくそれを五指と五指で裂いて現れた実果乃の形相は、明らかに憤慨していた。
「だから――――日本語通じねえのかぁっ!?」
もはやその目に茜は映っていない。駆け付けた愛詩を敵と見做してナイフを振り上げ、何度も迫り来る弦の奔流をナイフではなく黒腕で薙ぎ払っていなしては驚異の瞬発力・跳躍力で接近を試みる。
しかし愛詩もまた、自身と柱や天井とを繋ぐ弦を収縮させて瞬間的な移動を見せ、実果乃の刺突・斬撃を
常人にはその動きは目に追えるものでは無かったが、茜の双眸には全てが映っていた。
それでも茜がその場から何一つ動けずにいたのは、自分がどうするべきか――実果乃を敵と見做して愛詩に加勢するか、それとも実果乃の友人として愛詩をこそ撤退させるか。はたまたいち魔術士として緊急事態に応じて避難誘導に回るべきか――逡巡していたからでは無い。
腹積もりは定まっている。
茜は――友人だからこそ、実果乃を打破する算段を練っていた。
ただそれを見詰めていたのは。
実果乃の纏う黒い表皮を見定めていたからだ。
そして空白の間は終わる。
その驚異的な身体能力・運動性能が躰術の延長上のものであることを見抜き。
その黒く変色した皮膚が、弦を薙ぎ払っては
駆けた。
瞬間を切り取って放たれた一撃は、射出する拳が360度の回転を見せる、茜の生まれ育った空手道場では“
そして食い込んだ拳には、対象の体内に蔓延する
あらゆる
あらゆる
能力の系統が同じならば――あとはもう、個々の干渉の強さ――魔力が勝敗を決する。
「がっ――――ぁ、――――」
「悪ぃ――その身体、オレの
黒い表皮に罅が入り、その罅から
比奈村実果乃はパキパキと音を立てながら、ゆっくりと分解され消えていく。
その表情には悔しさしか無い。
茜もそれは同じだ。
唐突に始まって終わった魔術士たちの騒乱に騒然としていたJR立川駅・中央線ホーム上で。
消え果てたかつての想い人の残滓を見詰めながら、茜は握り締めた拳を解き放った。
◆
げ ん と げ ん
Ⅵ ;
next Episode in ――――― Ⅶ ; 幽
◆
――コン、コン。
「はい、――――待ってたよ」
結果、
時刻は21時――
「お待たせ」
20時、日勤から夜勤への引継ぎが完了した時点で解散となった
いつもは30分以上早く到着して引継ぎを行う茜は、今夜に限ってはギリギリの到着であり、しかもどこか張り詰めた表情をしていた。
気になった芽衣は問い詰めたが、茜は「寝てねーだけだ」とぶっきらぼうに返すだけ――その様子は、いつか初めて会った頃の茜に戻ったようだ。
そしてスタッフの送る車両に乗り込んだ
芽衣が藤花から要請を受けて話し合うために自室に上がり込むことは統括本部も知っている。
対象を護るためにはより対象の近くにいた方がやり易いし、緊急時には勿論そうなることも、そうでない時でも家族や本人の許可があれば運営スタッフ側も了承すると契約上はそうなっている。
しかし芽衣の目論見は違う。
敵から彼女の身を護るためではなく――どうして藤花が
すでに
素直に考えれば彼女の仕業だ。ただ、芽衣にはどうしても、彼女が
何か、理由がある筈だ。
そして――その理由こそ。
これから芽衣を、その心を打ちのめすものである。
「私、殺されたの」
「――――え?」
本来であれば。
先の握手会で、比奈村実果乃に殺されるのは、森瀬芽衣の役割だった。
しかし森瀬芽衣はこの17周目、アイドルグループ
だから。
比奈村実果乃は、森瀬芽衣と最も仲の良かった星藤花を狙った。
あの日の小火騒ぎは――事態を隠すため、土師はららが文字通り煙に巻くために放ったものであり。
星藤花も比奈村実果乃も、土師はららによって
絶句する芽衣はしかし、その停滞した思考の裏で想起した。
ならばやはり、クリスマスライブで生まれる新たな魔女とは土師はららのことか。
しかしならば、“白い魔女”とは一体誰なのだと。
自分は一体、誰を殺したのか。
その記憶は、一体いつのものなのかと――――。
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