Track.6-33「その言葉を信じたいと思います」

 そもそも、骸術ネクロマンシーとはその字義通りの、“死体”ネクローシスによる“占い”マンシーであり、その源流ルーツ呪術カースマンシー同様、“霊的な接触・類似の概念を利用した人探し”とされている。

 探したい者の所有物や身につけていたものを通じて、その者がどこにいるかを探る魔術だったのが、失踪した者を探し出しそれが死んでいたという結果が多く見受けられると、やがてそれは“死者を探す魔術”として広く知られるようになった。無論、故人の遺失した遺品や隠された遺産を探すこともあったが、やはり“死者を探し出す”というイメージが先行して横行した。


 はるか遠い昔、魔術は全くと言っていいほど細分化されていなかった。

 死体探しを行う魔術士は同時に、傷ついた人を癒す療術士ドクトマンサーであったり、まつりごとにかかせない祭器――神器インペリオ契器ロサリウム霊器レガリスを昔は一緒くたにそう呼んでいた――を創り上げる器術士ヴェセルマンサーであったり、あるいは符術士タオイスト巫術士シャーマン呪術師カースマンサー言術士ワードマンサー幻術士ミスティファイアなどであったりした。

 そして死体を探し出し、遺族が乞う見込みの無い治療のために療術士ドクトマンサー賦術士オブラトマンサーでもある骸術士ネクロマンサーが魔術によって死体に霊銀ミスリルを注ぎ込んだ結果、霊銀ミスリル汚染が起こり異骸リビングデッドが創られ、それにより骸術士ネクロマンサーは現代に想起される骸術士ネクロマンサーへと変貌していったのである。


 骸術士ネクロマンサーがやがて禁忌の魔術士として認知・指定されたのは、ひとえに“死体を戦力とする”ことが出来るからであり、そしてそれはひどく冒涜的で、人間の尊厳を著しく奪う所業であった。

 しかしそれでも骸術士ネクロマンサーになる者が絶えなかったのは、人が何よりも死を恐れていたからであり。

 いつか死を覆すことを夢見、待ち望んでいたからだ。


 とは言うものの。

 骸術士ネクロマンサーは“死者を蘇生する”魔術士では決して無い。そもそも、死者とは蘇生されないものであり、死とは覆らないものだ。

 もし死が覆るのであれば、逆説的に生も覆らなければおかしい話となる。そして覆った生とは、つまり何者も生まれない無の地平に他ならない。


 骸術士ネクロマンサーが死体に魔術を施して異骸リビングデッドへと変貌させても。

 それは生前のソレの記憶の一部と僅かな性格・性質を受け継いだだけの異なる存在だ。

 剰え、死体の鮮度と骸術士ネクロマンサーの力量によりどれだけそれを受け継げるかは左右される。

 長い年月を経て物理的あるいは霊的に風化した死体は、霊銀ミスリルを注ぎ込んだとしても生前のソレとは似ても似つかないただの化物にしかならず。

 また、秒刻みで術を施したとしても、骸術士ネクロマンサーの術理が拙いものだとやはり同じ結果となる。


 それでも。

 悪しき骸術士ネクロマンサーにしてみれば、戦力となりうる化物を生み出せるだけで大したものだ。生前のソレと似通っているかどうかなどは二の次だ。

 無論、故人を生前の人となりに似せることに意味がないわけではない。裏社会に名を馳せる骸術士ネクロマンサーにはそのような依頼も入ってくるからだ。そしてそれらの依頼で使われる異骸リビングデッドが真っ当な目的で使われることは一切無いと言っていい。


 現代、魔術の系統が細分化された魔術業界においては。

 骸術士ネクロマンサーとはそうであるというだけで“悪”と見做みなされ――しかし人間が根源から持つ飽くなき探究心により、“死者そのものを蘇生させる”という不可能な領域へと至るために研究と研鑽がなされ続けている。

 魔術学会スコラは術を行使することを禁忌には指定しても、それを研究することは一切咎めない。何故なら悪道を抜けた先にこそある秘奥もまた、真理の一端に相違ないからであり、そして力や知識はそれ単体では悪ではなく、その使い方にこそ悪が宿ると考えるからだ。


 だから。


 骸術士ネクロマンサーであると土師はららが認めたところで。

 それはただそれだけのことであり――四方月航は、ただそれだけのことではららを、またそれを知っているか知らないでいたかに関わらず、彼女を擁するリーフ・アンド・ウッドを責めることは無かった。


「先程も言いましたが、問題なのは土師さんが骸術士ネクロマンサーであることではなく、それをひた隠していたということはRUBYルビを襲撃した敵陣営の仲間、つまり内通者なのではないか、ということです」

「それは――――有り得ません。私がRUBYルビを貶めるようなことは絶対に有り得ないです」


 その遣り取りの裏で、航は心に無音通信で瞳術を行使するよう指示していた。

 瞳術の名は【心眼】マインドサイト――生まれ持った洞察力を極限まで高め、人が何らかの動作に移る僅かなそのを未来予知に近いレベルで知覚したり、またほんの些細な違和感を視認してそれにより虚偽や秘匿を見抜くものだ。

 瞳術士キクロマンサーとして大成している魔術士の【心眼】マインドサイトはやはりずば抜けており、どんな名優やどんな詐欺師も一流の瞳術士キクロマンサーの前では嘘を突き通せず、真実を隠匿することすら出来ない。

 心もやはり付け焼刃ではあるが相当な精度の【心眼】マインドサイトを有しており、そしてその瞳術を宿した右目は、はららの言葉がことを示した。


『四方月さん、土師さんは嘘を吐いていません』

『そうか、分かった――――ありがとうございます。私共も、その言葉を

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