Track.6-19「会敵!総員、交戦体制に移行!」

 しかし“死”の片鱗と言っても、程度の大小にはかなりの開きがある。それは濃度と言い換えた方がいいのかもしれない。

 死の片鱗とは、自分か誰かをある程度致傷たらしめる可能性がある事象のことである。

 薄い、というのはその可能性および致傷の程度が低いもしくは軽いものであり、濃い、となるとその可能性および致傷の程度は高いもしくは重いものとなる。


 例えば芽衣は航と出逢う前、自らの異術の検証に奔走していた時はその死の片鱗を感じる場所に赴いていたし、久方ぶりに通学した高校の、誰も寄り付かないような多目的教室前を通りがかって心を結果として助けたのも、無意識のうちにそれを感知していたからだ。


 クローマーク社の入社試験でもそれは発揮されたし、彼女は認識してはいないが、戦闘が起こり得る場所イコールゴール地点、という等式で芽衣は探索を行っていた。だからこそまだ瞳術も修めていないのにも関わらず、正確に航の待つオフィス内に辿り着けたのだ。


 その直感力が告げている。

 死の片鱗が、近付いている、と。

 それを自覚した時――つまり、――芽衣は鼻をすんすんと鳴らす。

 鼻孔を通じて霊銀ミスリルを摂取することで、そこに含まれる不穏な意思を感じ取るのだ――これもまた、本人の無自覚な行動だった。


 収録スタッフがスタンバイしていく中。

 二期生のメンバーも定位置に着いてディレクターからの説明を受けている中。

 スケアクロウ芽衣は、鼻をすんすんと鳴らしながら歩を進めた。

 歩を進め――どうして自分がそっちの方向へと歩んだのかを自問した。


 嫌な予感。

 死の片鱗。

 見えない敵影。

 車両が停まっている側へと無意識に歩いた自分の足。


 はた、と気付いて、芽衣は歩調を速めながら車両の方をじぃ、とた。


 て、そして驚愕に目を見開いた。そこから先は、歩を進めたとか、歩調を速めた、なんてものじゃない。

 駆けた。地面のごつごつとした石畳タイルを踏み、蹴り付け、少しでも――それこそ1秒でも速くに到達できるように、一歩目から最高速度に達して駆けた。


 何台も並んで停車した車両の防壁バリケードと大広場の間に位置していた茉莉は、二期生の到着と同時にそれらを守る3人に合流して移動している――だから、気付かなかった。


 大広場を囲むように配置された3人――唯好、七薙、心――もまた、気が付いていない。

 何故なら彼らは、大広場を背にして外側を向いて立っているからだ――いや、それならば尚のことおかしい。

 自前の責任感とある種の興味本位でその場に残っていた九郎は、大広場を向いて全体を見渡していた筈だ。彼もまた気付いていない、というのはおかしい。


 また、二期生の前後を挟んで先導・追従した3人――合流した茉莉を含めると4人だ――も、二期生メンバーが収録の位置に入ったと同時に周囲の警戒に移った筈だ。九郎同様に、彼らもまたに気付いていないというのは、やはりおかしい。


 そこまでを考えて、スケアクロウ芽衣は無意識のうちに【恍惚体験】ゾーンニングが齎す極限の集中状態に入っていることに気付いた。

 音は聞こえず、色も無い世界。ただ、直視するだけが、光を宿さない暗闇でしかない双眸をしかし爛々と輝かせ、下弦の三日月のように口元を緩めている。


(――あたし、知ってる)


 フードを目深に被ったその顔は伺えない。それでもスケアクロウ芽衣はまたも直感した。


(コイツを、あたしは知ってる――)


 爆ぜるような一歩、極限の集中状態にある芽衣には聞こえなかったが、その音は正しく爆ぜたような轟だった。

 その音に、九郎も、心も、唯好も、七薙も、茉莉も、二期生たちを引き連れてきた木場キバ朱華乃アカノも、壬生ミブ葉月歩ハヅホも、臥雁フシカリ世陣ヨジンも。そして、二期生メンバーとスタッフたちも。


 誰しもが漸く、に気付いた。


 パーカーにロングスカートという出で立ちは、ここが大学ということもあり別段何らおかしくは無い。

 のったりとした動作でフードを脱いだその容貌は――毛先が緩く波打った、芽衣に勝るとも劣らない豊かな黒髪だ。その顔貌も、美少女、という形容詞が実に相応する――しかしその表情だけが、ひどく歪んでいる。


 明確な悪意が、見て取れる。


 そしてその顔を視認したスケアクロウ芽衣は、僅かに身体から力が抜けた感触を覚えた。呼吸が浅くなり、もうすでに肉薄しているというのに次の行動を身体が実行しようとしない。

 それどろか、無意識は離脱を叫び上げ、一瞬停止した思考に身体は何をすればいいのか判らないと指示を仰ぐ。


 は、彼女にとって最早恐怖の象徴だ。

 恐怖と、付け加えるなら粘着と悪意。

 片仮名四文字で言うなら“トラウマ”で、アルファベットにするなら“PTSD”がしっくり来るだろう。


 芽衣はやはり、彼女のことを知っていた。

 彼女の名前は比奈村ヒナムラ実果乃ミカノだということ。

 彼女の年齢は自分と同じ17歳であるということ。

 彼女の出身中学は自分と同じ練馬区の私立光陵中学校だということ。

 彼女の将来の夢はアイドルになることであり、誘われ、RUBYルビの二期生オーディションにともに応募したこと。


 彼女は落ち、自分は受かってしまったこと。

 彼女はそれから、自分を呪ったこと。周囲の人間に囁いて、自分を孤立させたこと。

 彼女こそが視得ざる悪意の刃で自分の心をズタズタに斬り付けたんだということ。


 そして。


 蓋開いた記憶の涯て――11月初頭の握手会会場で。


 自分は、このコに殺されたんだということ――――



(実果乃が、何でここに?)

「――退いて?」


 すでに目と鼻の先にいる彼女は、鋭利な刃物のような笑みを突きつけながら柔らかく零す。

 そして右腕を大きく振り上げたと思ったら、強く確かに握り締められていた刃渡り12cmほどの軍用アーミーナイフが弧を描く機動で鋭い斬撃を放った。

 それを咄嗟の上体反らしスウェーバックでギリギリ躱したスケアクロウ芽衣だったが、次いで繰り出された凶悪な前蹴りヤクザキックをモロに鳩尾みぞおちに喰らい、たたらを踏んで後退した。


「スケアクロウ!」

会敵エンゲージ!総員、交戦体制に移行シフト!」


 心は叫び、二期生を囲む外円で朱華乃アカノが指示を吠えた。

 直後、峠縁佐那オペレーター海崎冴玖統括者からの指示を通達する。


 通りを警戒する唯好、七薙、心の配置はそのまま――敵は1体とは限らないため、周囲の警戒を進めながら状況の把握を徹底。

 二期生を連れて来た朱華乃、葉月歩、世陣、茉莉の4人は二期生に接近し防衛体制を築き、戦線を離脱し避難を優先。

 そして――


『乾さん、森瀬さん、残業お願いします。お2人で敵の制圧を』

「あィよ了解ィッ!」


 先ほど見せたスケアクロウ芽衣の疾駆が“爆ぜるような”なら。

 その時見せた九郎の走破は“黒い閃光”だ。


 まるで稲妻のように鋭く蛇行しながらスケアクロウ芽衣と入れ違いに実果乃と格闘距離クロスレンジに入った九郎は、全身を包む戦闘服バトルスーツ型乙種兵装・黒狗ブラックドッグの表面に雷電を迸らせ帯電しながら重い連撃を繰り出す。


「はァッ!」

「っ!!」


 華奢な少女の体躯からは想像できない体捌きで実果乃はそれを受け・流し・躱すも、単純な格闘能力ではやはり勝てないと踏んだか後方に跳躍して距離を取った。


「悪手だぜィ――“黒狗ブラックドッグ疾駆せよかけぬけろ”ォ!」


 左手を前に突き出し、起動式ブートワードを謳い上げる。

 その掌から放たれた1条の黒い迅雷は、その名が示す“黒い犬”であるかのようにジグザグに跳ね回る不規則で不可解な軌道で以て実果乃に迫る。

 しかし後退した実果乃もまた、袖から覗く白魚のような両手の表面を黒く変色させると、何の気なしにその黒い迅雷を弾いた。


「ィやィやまだまだ行くぜェ!」


 黒い迅雷は続け様に3発が放たれた。正面フロントと両側面サイドから角度をつけて襲い掛かる迅雷を、しかし実果乃はやはり黒い両手で薙ぎ払うようにして弾く。


「――絶縁か、相性がわりィ!」


 そして再び肉薄した実果乃は再び軍用アーミーナイフによる白兵戦を展開、今度は面食らった九郎を押す程の連続攻撃を見せつける。


「ちッ――」


 チームWOLFは全員が白兵戦の専門家スペシャリストだ。身に纏う戦闘服バトルスーツ型の兵装に篭められた術式は派手だが、餓狼ルプスを除いてそれらの術式はあくまでも人体では届かない中~遠距離戦を補うものであり、彼らの真骨頂はやはり格闘に代表される白兵戦にあると言える。


 その理由は単純だ。

 チームリーダーに必須と言える方術を修めている大神太雅は別として。

 チームWOLFに属する他の3人――木場朱華乃、乾九郎、アドルフ・ヴォルフ――は、厳密に言えば

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