Track.6-13「それより、パンツは?まだ?」

 通信を傍受されたどころか、回線を遮断され、剰え利用されている。

 そんな“何もさせてもらえない”状況であるのにも関わらず、望七海オペレーターは決して腐ることなく、次の好機を作るべく画策していた。


「支援に精通している筈のオペレーターが、まさか妨害行為を積極的に働くとは思ってませんでしたけど……勉強になります、先輩」


 ブツブツと呟きながら操作盤コンソールを十指で叩き続ける望七海。画面ディスプレイは表示されては変化し、そして消されていく各種命令構文コマンドが目まぐるしい。


「……よし、繋がった!」


 妨害された回線はそのままに、双子天術士ツインウェザードおよび茜が離脱したことで制御を失っていたカメラ3機の制御権を奪取した望七海は、すぐさまその3機を走らせる。

 そして角度を変えた3つの表示を監視モニタリングしながら、次の策を指で叩き込んでいく。


 画面ディスプレイの向こう側では、濁流を潜行して下流へと逃げる玲冴を、心が氷の足場を作りながら芽衣と共に追随する。

 速度は段違いに玲冴に分があった筈だが、天術士が離脱したことで雨は止み、川の流れも段々と治まってきつつあった。


『ごめん、通信を遮断されてた』


 追い縋る2人の耳に、望七海オペレーターの声が響く。


「望七海さん、通信生き返ったんですか?」

『何とかね。ほんとお待たせ、次の指示出すけど、いい?』

「はい、お願いします」

『このまま下流に向かうと水門がある。こっち側でそれを遠隔操作して閉じる、すると相手は行き止まりになるから、そこまで来たところで森瀬ちゃんが先行して、そこに鹿取ちゃんが追撃する形がベストだと思うんだけど、どう?』

「――解りました」

「解りました」

『うん。じゃあこっちも、水門の操作に集中するね』

「はい、お願いします」


 通信が途絶え、並走する2人は顔を見合わせて頷き合った。


ブラフ、ですね」

「うん――玉屋さんはあたしたちのことをから」

「となると、――」

「多分あたしはきっと、強敵だと思われていない。向こうにして見ればあたしより先に心ちゃんを落としたいんだと思う」

「先輩、」

「大丈夫。向こうの狙いは、多分だけど、先行したあたしに追い詰められる演出の上での、追撃してくる心ちゃんへの迎撃。そこから返す刀であたしも、って感じかな――ただの、勘だけど」


 その勘が一番頼りになるんですよ、と囁いた心は、笑顔を見せた。


 一方その頃、玲冴はくだんの水門へと到達しようとしていた。


(追撃の手が緩んだ――水流も弱まったし、私としては幸運ラッキーだけど……たぶん、何かの前触れだよね)


 戦場ではあらゆることに楽観視できない。そうしてしまった者から退場していくのが争いというものである。

 それをよく知っている玲冴は警戒しながらもあと80メートルほど先の水門――指定された地点ポイントへと向かい続けた。


『玲冴、あと少しでそこの水門の制御を奪えるから、そうしたら全開放されてる水門を閉じるよ』

「うん、そうしたら水位も増すね」

『そのタイミングであのコたちが波状攻撃で来るから、森瀬さんの初撃を凌いで、鹿取さんの第二撃に合わせてカウンター行ける?』

「どういう攻撃で来るかは判らないから何ともだけど……うん、私の奥の手だって何もひとつじゃない――それより、パンツは?まだ?」


 苦笑する早緒莉は、水門の全閉門に合わせて水中に転移することを告げると通信を一旦閉じた。

 情報と思惑が錯綜する中でパンツを求める玲冴の胆力には絶句する――しかし、心さえ落としてしまえば芽衣など相手にはならないと、早緒莉は独り言ちる。

 すでに望七海の通信は遮断し、音声に細工して彼女たちへの指揮をも奪っている。あと10秒もしないうちに水門の制御権も奪い、そうすれば戦況を再び玲冴に傾けることが出来る。


 早緒莉とて、後輩の望七海に1st無印の座を奪われて納得がいかないのだ。別に彼女のことは嫌いではないし、自分を脅かし・追い抜かすだろうという予感はあったが、それを甘んじて受け入れるつもりなどさらさら無い。

 戦わずして負けたと認めたなら――これから何度、その辛酸を舐めればいいのか。


 だから戦う。

 だから抗う。

 上を往くのなら、その証左を見せてみろと――チームと共に駆ける戦士だと自負するからこそ心を燃やす、紫藤早緒莉とはそのような精神性を持つ女性だった。


 そしてそれは。

 彼女が手解きをした、玉屋望七海とて同じだった。


『水門の閉鎖、よしっ!』


 水を向こう側へと放出していた水門が閉じたことにより、川の水位が上昇する。


『玲冴、水門の手前に水着を転送した!受け取って、後は手筈通りにっ』

「了解!」


 早緒莉の声を聞いて加速した玲冴は、宣言通り水門の手前にゆらゆらとしている水着に向かい手を伸ばす。


(パンツ!)


 赤く分厚い、丈夫な布地を掴み上げるとそのまま水門まで到達し、その最中にクイックターンのように身体を小さく屈めては両手で開いた水着に勢いよくしなやかな両足を履き入れ――


(履けた――!!)


 一瞬、融ける緊張感。

 しかしそれを見守る画面ディスプレイの向こう――OSオペレーションスフィア内では、届かない声を必死に張り上げる早緒莉がいた。


『玲冴!それは私が送ったやつじゃない!私はまだ、水着パンツを送っていない!――っくそ、!』


 その声を傍受した望七海はほくそ笑んでいる。


『甘いですね――先輩に出来るんだったら私にだって出来ますよ!芽衣ちゃん、心ちゃん、予定通り相手は水着を履いた!』


 先程までとは異なる信号による通信を聞き、並走する二人は再度頷き合う。


 望七海は、通信を傍受されたと認識したその直後から、別回線による接続と、傍受された回線を逆に制御できないか試みていたのだ。

 同じオペレーターでも早緒莉と望七海とで決定的に異なる点がある。

 それは生まれ持った才能や適性でも無ければ踏んできた場数でも無く――ただ、頭脳役であるか支援役であるかの違いだ。


 FLOW-2ndはこの戦闘訓練において、その指揮を早緒莉オペレーターにある程度委ねている。

 それに対し、FLOW(無印)は現場が指揮を執り、あくまで望七海オペレーターはそれを支援する立場を貫いている。


 オペレーターはいくつもの作業を並列に行う。航などの【二式並列思考】デュアルシンクを用いる方術士キュービストならまだしも、いくら並列作業に向いている者が多い女性とて、指揮を執りながら数々の支援・妨害を進めるというのは明らかに容量飽和キャパオーバーだ。


 対する望七海は、現場の指揮を執る立場に無く、主にそれを行うのは今回においては心だ。

 だから通信が途絶えたとて、最初はなからそういうものだと得心してしまえば別段問題はないし、通信が回復したのならただの儲けもの――まさか相手チームに傍受されたり、遮断されるなどの妨害を受けるとは思っていなかったが、何らかの原因で通信が途絶えることもあると、最初からそういうものだとしてチームFLOWは戦闘に臨んでいるのだ。


 勿論、オペレーターが指揮を執ったっていいだろう。それが間違いなんてことは誰にも決められないし、その方がうまく回るチームだってあるだろう。

 そしてFLOWはそうじゃないチームであり、FLOW-2ndはそうせざるを得ないチームだった、というだけのこと。

 正解も間違いも無い世の中だが、しかし優劣・序列はつけられる。


“自決廻廊”シークレット・スーサイド――」

「え?」


 玲冴は、用意された水着パンツを履いた。

 それが、チームFLOW側で用意した罠とも知らずに。


 履いたのだ。

 内側にびっしりと、夥しい蜉蝣が張り付いた、その水着パンツを。


 そして漸くその違和感に気づいた玲冴はハッとして前を見る。川面から顔を出し、見遣れば張り巡らされた氷の糸の足場の上に、芽衣の姿がある。

 ギリ、と奥歯を噛んだ玲冴は、再び水中に潜ると潜行して芽衣の真下を目指した。


『ダメ!玲冴、そっちじゃない!』


 早緒莉オペレーターの必死の呼びかけも通じない。当たり前だ、そちら側の回線はまだ遮断シャットアウトされたままなのだから。

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