Track.6-10「今に見ていろ――――」
(――灘ちゃんズが2人とも離脱、あっち側は勝手に1人が自爆で離脱……1対2、かぁ)
ゴボゴボと泡を巻き上げながら濁流に沈む玲冴は、しかし冷静に戦況を読んでいた。
液体寄りの
隕石の如くその右肩と鳩尾とに衝突した火球も、土砂降りと濁流で見た目ほどの
濁流に沈んではいるものの、飲まれているわけでも無い――そこは
だから、玲冴にとっての問題は、双子を戦線離脱させたあの最年少宝術士をどうやって水の中に引き摺り込むか、だった。
おそらく、芽衣を相手にすればそれは幾分か楽だろう。玲冴にとって彼女の異術は多少なりともそうだが、彼女自身は脅威ではない。
水の中に引き摺り込んでしまえば十中八九どころか十中十、玲冴に勝機がある。
異界で強敵と遭遇した時は、兄が呼び出した水に引き摺り込んでの乱戦・混戦――それが元チームFOWLのお得意パターンだった。
天術士の異名を持つ灘姉弟は、その真価を発揮しないままに退界したが、しかし玲冴にとってはすでに十分すぎる戦功を齎してくれていた。
氾濫と濁流、そして土砂降り。
戦闘とは自軍と敵軍との戦力差だけで決まるものではない。例え格上を相手取ったとしても、天候や地形効果を利用すればその差は縮まるどころか追い抜けさえする。
(冴玖、見ててよね――)
自身の眼前に巨大な水泡を創り上げた玲冴は、その中に閉じ込められた新鮮な空気を胸いっぱいに吸い上げると、身体全身に
彼女の左耳で揺れる、巻貝をあしらったピアスが鈍く輝きを放つ。
共鳴し、特殊な振動係数の宿った
(これやるとパンツ脱げちゃうけど――――舐められるよりはマシだ)
ミチ――ミチミチ――――下腹部が大きく膨れ上がると同時に、腰で留められていたベルトのバックルが弾け飛んだ。
下肢を覆っていたズボンでさえも大腿と下腿の膨らみに耐え切れず破れ去り、履いていた靴も同様だ。
二股に分かれていた下肢は融合し、両足それぞれの五指ですらも――
(どうせ、WOLF-4thの2人を預かったら戦力が劣るとでも思ってんでしょうけど――そもそも、私の方が年上だし歴も長いし)
肉を包む柔肌は水に馴染むようなつるりとした分厚い皮膚へと置き換わり、大きく膨れ上がった流線型の下半身のあちこちから肉が伸び、
(つまりつまり、こっちの方が、全然格上なんだからねっ!)
融合した足先も、横に大きく長く拡がって三日月状の尾鰭となった。
(本当は、あのコたちの方がFLOW-2ndなんだっ!)
腹部から下を巨大化させるのと同時に、玲冴の胸中に渦巻いていたその感情が、明確な矛先を鋭く光らせて向けられた。
(今に見ていろ――――イマニミテイロ――――ッ!)
融け消えたように見えていたが――そもそも、蜉蝣の多くの幼生は水棲である。川面に衝突した瞬間に
そして非常に小さな卵たちは水中で孵化すると、魔術により変貌を遂げつつある玲冴の身体に少しずつ取り込まれていった――彼女の胸中の悔しさを憎悪へと変貌させ、剰え増徴し、その行く先を芽衣に固定した。
芽衣は――心も、茜も、望七海も、そして玲冴自身も――気付いていない。
(――――“
その憤慨と、憎悪とともに。
巨大な異獣が、濁流の中に姿を現した。
◆
「使うのか――」
同時刻――大会議室にて異界の様子を観覧していた冴玖は、自身の右耳に揺れる巻貝のピアスの共鳴により玲冴の行動を把握した。
「冴玖、どうした?」
「いや――案外うちの妹は、怒ってるようだな」
「は?」
睨みを利かすも、航の問いに対する冴玖の返答は意味不明だ。おそらく、彼らにしか分からない何かがあるのだろうと考えついた航は、再び壁に映る映像に見入る。
異界では、今まさに巨獣が川面から姿を現したところだ。
(いいよ、玲冴。思い切り、全身全霊ありったけをぶつけて来い――!)
◆
『!?――水中に高純度
劈くほどに突き付けられた
心の
(大きすぎる――概念存在の具象化?でも海崎さんは器質寄りの魔術士……まさか、
炎術士や氷術士、流術士、光術士と言った、物理法則を司る魔術士は大きく“器質寄り”と括られる。
それに対して方術士や呪術士、言術士と言った、概念法則を操る魔術士を“霊質寄り”と称する。
概念存在の具象化――所謂“召喚”とは、多くの場合“霊質寄り”の魔術士が得意とする分野だ。物理法則に囚われてしまう“器質寄り”の魔術士はそれを不得意とすることが多い。
無論、器質寄りの魔術士であっても概念存在の具象化を用いる者もいるが、しかしその多くは
そして、海崎兄妹もまた、ある
右耳のピアスは――その超越者が住まう
左耳のピアスは――その超越者の身体・能力の半分を、一時的に装着者に借り渡す効果を持つ。
それは言わば、人為的な
屋根付き橋より20メートルほど離れた地点に跳び上がった玲冴もまた、見るからに半人半異そのものだった。
上半身は彼女そのものであり、しかし下半身は、まるで巨大な
ちょうど、体躯を二回りも大きくさせた
『うっわ、やっべー……あれ何?めっちゃ戦いたいっ』
退界し
『だったら勝手に自爆しないでほしかったなっ』
『へいへい。玉屋さんちなみに、アレがどういう状態かとか解る?』
「安芸さん、それだったら私の方が多分詳しく見抜けますよ――
本来、オペレーターとは現場の人間の代わりに地形・地理的情報の把握と戦力の分析・戦況の判断を行う役割ではあるが、優れた魔術士が現場にいると役割が混線することもある。
分析・把握という点では、優れた解析士である望七海よりも幾多の瞳術を修めてしまった心の方に
しかしだからと言ってオペレーターがこの場合要らないかと言えばそうではない。
戦況の分析・戦術の判断を現場サイドでやるということは、その分のリソースを支援に割けると言うことだ。
だから望七海は
物理防壁、霊的防壁、移動支援、攻性支援、視覚支援――――装備が無事である限り、絶えない支援が飛んでくると言うのは現場の人間にとって大いに助かるものだ。
それを航に叩き込まれたからこそ、望七海は自分のオペレーターとしての役割を見失わない。
そしてそれは――
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