Track.6-5「……やっぱ重いなぁ」

「あ、あのぅ……」

「ん?どうしたの?」


 これからの戦闘訓練に向けて作戦を説明し終わった玲冴に、灘姉弟の弟、直雄ナオが恐る恐る手を挙げた。


「……ボクたち、本当に渡り合えるんでしょうか」


 直雄の問いに、隣に並ぶ茉莉マツリも同じ表情を灯す。

 彼ら姉弟はWOLF-4thという、最下位のチームから抜擢され移籍となった。

 4thからいきなりの2ndだ。しかもこれから、新設とは言え最上位の無印チームと交戦するのだ。


「大丈夫だよ」


 二人の肩に左右の手で包み込むように触れ、二人の目を抱き締めるように見渡す玲冴。訓練と聞かされた直後は参っていたが、しかし今はもう気持ちは切り替わっている。


「君たちは双子の魔術士で、双子ならではの特別な力だってあるんだから――それを十全に発揮できれば、ぎゃふんとまでは言わせられなくても、あっと驚かすくらいは出来るよ!」


 浮かない表情の二人を励ます玲冴の言葉は温かく、しかし強く堅い意思に満ちていた。

 鼓膜を通じて自分たちを揺さぶる声の力強さ、その心強さに打たれた茉莉と直雄は目を見合わせると、互いに唾を飲み込みながら頷く――覚悟は、決まった。


「――はい、頑張りますっ」

「あ、あたしも。頑張りますっ」

「うんうんっ!若いんだから、そうじゃなきゃね!」


 言ってしまえば、玲冴もまだ今年20歳になったばかりだ。しかしまだ18歳になったばかりの灘姉弟の前ではどうしても年上であることは否めず、そして玲冴は目をかけている年下の相手にはとことん母性本能を剥き出しにしてしまう性質があった。

 特に今回の訓練では、これまで自分たちを牽引してくれていたFOWLのチームリーダー右京はおらず、また右京のいない時に率先して取り纏めてくれていた冴玖もいない。

 自分が前に立つのだ――玲冴はそう、強く自分に言い聞かせる。彼女もまた、突然の編成により不安を感じている1人だった。


(大丈夫、大丈夫――これは訓練だし、それに、このコたちの力が聞いてた通りなら――)


 玲冴は抱き留めていた姉弟の肩から手を放すと、振り返り目を細めて遠くを見据えた。

 無理やり自信を心に繋ぎとめるような微笑だ。虚勢かもしれないが、しかしその表情とその背中は確実に姉弟の心を鼓舞した。


「よぉし、それじゃあ――作戦通り行こうかっ!」

「「はいっ!」」



  ◆



「――で、FLOW用の新兵装の名称は甲種を花から、乙種を風から取っている」


 再び現れた航は芽衣に一振りの刀――正しくは、刀型甲種兵装――を手渡す。鞘に納められた刀身を抜き出すと、しかしその反りのどちら側にも刃はついていなかった。

 刃紋の代わりに刻まれた、電子回路を思わせる薄い溝。それは1時間程前に工場異界で見たのと同じだ。


「風は解るけど、何で花なんすか?」

「安芸さん、花は英語で?」

「フラワー?」

「そうです。ちなみに、綴りスペル分かります?」

「……森瀬、」

「……F、L、O、W、E、R」

「だってさ」


 茜と芽衣の連携に項垂れ溜息を吐く心だったが、航に振り返ると「風に揺れる者、ですね」と答えた。

 それを聞いてもさっぱりと言った様子の2人を余所に、航は心に「ああ、そうだ」と頷く。


「今渡したそいつは、名を刀型甲種兵装・鬼灯ホオズキと言う。篭めた術式は炎術系統を4種類、起動式ブートワードはそれぞれ“咲け”、“咲き誇れ”、“乱れ咲け”、“狂い咲け”だ」

「え、“実装”パーミッションじゃないの?」

「あ、いや――それはそれでそうなんだが……特別な機能に対する起動式ブートワードの話だ」

「あ、そっか」


 鬼灯ホオズキには通常の起動式ブートワードとは別に、篭められた術式を展開するための起動式ブートワードが備わっている。


 1つ目は“咲け”――実装パーミッションされた刀身を赤熱させ、溶断の効力を付与する。鋭さと重さに高熱による切断力を追加するのだ。普通は赤熱した金属と至近距離にある使用者は熱に曝されるが、刀身の周囲の空間を限定的に閉鎖しているため使用者はこの機能による熱の影響を受けることは無い。


 2つ目は“咲き誇れ”――“咲け”の状態にある刀身に篭められた熱を一気に解放して切断領域を拡張する。切先の延長線上に熱線を射出し、“咲き誇れ”の“れ”の音声認識と同時に収束される。

 熱線は展開されている間、溶断の効力を持ち、およそ5メートルほどの射程を持つ、中距離武器となる。また、この機能による溶断は通常の“咲け”状態の切断能力よりも遥かに鋭く、展開は一瞬ではあるものの、強力な一撃を繰り出すことが出来る。


 3つ目は“狂い咲け”――“咲け”の状態にある刀身に篭められた熱を一気に解放して前方に燃え盛る灼熱の火球として撃ち出す。

 火球はバスケットボール程度の大きさであり、刀身が静止状態だと切先の方向に真っ直ぐ射出されるが、振り払われた状態だと振り抜いたのとは逆方向に湾曲カーブして射出される特殊な軌道を見せる。

 一撃の強力さでは“咲き誇れ”には及ばず、幻獣などに有効な切断効果も無いが、接触すると破裂して対象を包み込むように炎の奔流が殺到するように設計されているため、炎上による持続的な損傷ダメージを与えることも出来、また射程も15メートル程と比較的長い。


 4つ目は“乱れ咲け”――“咲け”の状態にある刀身に篭められた熱を一気に解放し、周囲に爆炎を巻き散らかす効果を持つ。

 唯一の範囲攻撃であり、刀身を振り払った状態で使用しないと逆に解放された熱が暴発して使用者を危険に曝してしまうため注意が必要である。

 斬撃の軌道上に熱を伝搬させて爆炎を生むため、斬り下ろしや斬り上げよりは薙ぎ払いに適した機能と言えるが、敢えて刀身が対象の体内に刺さり埋もれている状態で使用すると、対象の内部に夥しい熱と衝撃を与えることも出来る。


「――どれも“咲け”の状態に移行していないと使用できない制限はあるが、熱による溶断は単純な切断よりも幻獣や異獣、異骸の再生を阻害する点で優れている。ただ、どれかひとつでも使用すると“咲け”の状態が失われるのと、一度“咲け”が解除されると再使用までに充填時間クールタイムが必要、ってところが改善点、ってところだ」


 メタリックブルーの刀身に掘られた、薄い橙色の溝は直線的だが言われてみると確かに炎の揺らぎを模した意匠にも思えた。

 芽衣はしばしその刀身を眺め、手に触れて撫でていたが、再び鞘に納めるとそれをハーネスに取り付ける。


「――まぁ、使ってみるのが一番解りやすいだろう。正直、溶断となるとお前の異術とは相性が悪いが……」

「大丈夫」


 真摯な目つきと言えた。言葉以上に饒舌なその視線を受け取った航は口を噤み、ひとつだけ頷く。


「向こうにも一応新兵装を渡してある。今回の訓練はお披露目も兼ねて、だからな。まぁ新兵装はこれだけじゃないし、会議で言った通り、依頼が始まる頃にはもっと増えてる。ちょくちょく暇を見つけて講義レクチャーするさ――たぶんそれが一番必要なのは、森瀬、お前だからな」

「うん――解ってる」

「……うし、じゃあそろそろ始めるか。オペレーターの指示をよく聞けよ」


 言い捨て、航は再び退界する。

 航を包んでいった空間の裂け目に広がる極彩の渦が収縮して見えなくなると、それを見送って芽衣はまた鬼灯ホオズキの柄を握り、鞘から抜き放った。


「……やっぱ重いなぁ」


 訓練でさえ、使ってきたのは飛燕ヒエン蜂鳥ハチドリだ。

 自らを切る必要のある芽衣にとって、取り回しに優れる軽くて小さな武器の方が扱いに慣れている。このように、両手で握らなければ満足に振り抜けない獲物は苦手だった。


「ま、そこも含めて課題だな」


 茜は相変わらずの表情で小さな芽衣の頭にぽんと手を置く。その顔を、恨めしそうに芽衣は見上げて睨みつけた。


「いざとなったら、私の“黒曜石の楔”イツトリもありますから」


 後ろから抱き締めてくるのは心だ。励ましのように見えるが実際は芽衣の耳にはすんすんと鼻を鳴らして匂いを嗅ぎ取る彼女の習性が聞こえている。

 しかし直後、その音は耳に嵌めているインカムから聞こえてくる声に掻き消された。

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