Track.6-4「あたしだけ何も無しかぁ」

 諸々の説明が終わったが、問題はひとつ残っている。

 期間中、全く休みが取れないことだ。

 42日間を24時間体制で、日勤と夜勤とに分けて警護する。

 メンバーひとりを担当するのはそれぞれで1名ずつ。つまり42日間、日勤か夜勤の12時間勤務を続けなくてはならない。

 労基も吃驚するほどの過酷さだ。


 しかし、魔術士の業界とはそのようなことは多々ある。

 だから今回のRUBYルビ魔術警護に従事する面々の中には「はいはい」と頷いて、業務を終えた後の夥しい給料を何に使うか考え始める者もいる。

 異論を挟む者などいない。


 会議が終わった後は各チーム・グループに分かれて分科会だ。芽衣たちFLOWチームは航に続いて4階の技術開発部へとエレベーターにて上ると、1番転移門ポータルから開発用の異界へと足を踏み入れた。


 機械。機械。機械。


 工場さながらに大きな機械が並び、かと思えば研究室のような繊細さを想起させる一角もある。

 また、おそらくこれまでに開発してきたものだろう、様々な術具や兵装が陳列され飾られている棚もあった。


「すごいっすね」

「だろ?ここの改装も偉く時間と金を掛けたんだぜ?」


 感嘆する茜に調子づく航。


 工場内を奥へと進むと、やがて数人の作業員に出くわす。


「おう、どんなもんだ?」


 作業員は振り向くと、航に向けて白い歯を見せる。


「絶好調っすよ」

「いいね、仕上がりは?」

「今ちょうど魔術刻印の終わったところで、これからテストです」

「じゃあそのテスト、俺に仕切らせてもらっていいか?」

「え?あ、はい、勿論です」


 作業員がボタンを押すとハッチが開き、底板がスライドしてその上に載せられた一振りの刀身が引き出された。

 深いメタリックブルーの輝きを持つその抜き身に芽衣と茜は「おお」と感嘆の声を漏らす。

 刀身には、刃紋の代わりに幾何学的な溝が刻まれている。使用者の意思によって制御された霊銀ミスリルがその溝を通り抜けることで、刻まれた術式を再現するのだ。つまりそれは、限定的な人工の霊基配列と言えた。


 刀身に柄が備わり“刀”へと変貌するまでの間、航は芽衣たち3人を連れて開発部異界から抜け出し、技術開発部フロアへと戻った。

 転移門ポータルの前には分科会が終わったのか、FLOW-2ndの4人がいた。まるでその佇まいは、航たちを待ち構えていたかのようだ。


「おう、終わったのか?」

「ええ。それで、僕たちもFLOWチームになったので、ご挨拶にと思って」

「あー、そうか。灘姉弟は初めてだもんな」


 海崎兄妹の後ろではにかみながら頷く、茉莉と直雄の二人。兄妹に比べると姉弟はまだ若く、年も芽衣たちより1つか2つ程度上に思えた。


「よし、じゃあ歓迎の意も込めて、」

「お、焼肉?」


 ぱっと顔を綻ばせる茜に、航は意地汚く笑みを見せる。芽衣はその表情に、嫌な予感を禁じ得ない。


「いや、戦闘訓練だな」


 言い放つや否や、航は転移門ポータルに直結する機械の制御盤コンソールを操作し、すでに入力されている標準デフォルトの座標を書き換えていく。


「訓練も行えるわ、新兵装の試運転も出来るわ、交流にもなるわでお得感が半端ぇな!」

「いや、まぁ、ヨモさんがそれでいいならいいですけど……」


 ゆるく波打つ髪越しに頭を掻いた冴玖は嘆息交じりにそう告げる。隣では妹の玲冴が項垂れていた。その様子を、恐る恐るといった様子で伺う灘姉弟。


「んー……まぁそれでもいいや。オレも、新技試したいし」

「そうですね。私も右目の性能をちゃんと確かめておきたいですから」


 対するチームFLOWは、なんと芽衣以外の全員が戦闘訓練に乗り気と言う始末だ。芽衣があからさまに溜め息を吐いたのは言うまでもない。



   ◆



「おお、久しぶりだな」

「つい先月だけど、何かすごく昔みたいな気がするよね」


 さらさらとしたせせらぎにキラキラと反射する陽の輝きを眺め下ろしながら、幅の広い橋梁の上で欄干に凭れる芽衣と茜。心は周囲を見渡しながら地理的な情報を記憶インプットしている。


 通称“水都の異界”と呼ばれるこの異界は、3人が入社試験テストを受けたのと同じ異界だ。しかし転移された場所は異なり、そして今回はあくまでも戦闘訓練を主目的とする。


 パキキキキ、と乾いた木板をゆっくりと押し裂いていくような音が小さく響き、罅割れた空間を蹴って航が現れた。


「おーし。じゃあ説明するぞ?」


 欄干に凭れて川面を眺めていた芽衣と茜はその声に振り向いて小走りで駆け寄る。

 横並びに整列した3人の計6つの目が航に向けられる。


「今回の訓練は戦闘訓練、相手はチームFLOW-2nd。目的は調査チーム再編を受けての連携確認と、あとは1stむじるしと2ndの交流だ。特に安芸は海崎妹と昼夜でタッグを組む兼ね合いもあるから、ちゃんと仲良くなるように」


 3人はそれぞれ『ちゃんと仲良くなるってどういうことだ?』と疑問を抱いたが敢えて無言を貫いた。


「で、オレと冴玖は今回の訓練には参加せず、代わりにオペレーターを1人ずつつける。実際の警護期間も俺は誰の担当にも就かずに統括管理者として情報の取りまとめと指示を行う立場だからな。冴玖も同じだ」


 オペレーターは異界内には入界せず、社のデスクから監視モニタリングして逐一指示を出したり、連携のために情報を流す役割を担う。

 実際の警護期間中も、16人の魔術士の動向を3人で取り纏め、連携する。実際には基本的に2人が着任、1人は休憩ローテーション要員となるのだが。


「諸々準備が出来次第、指示を出す。それまでは各自待機だ」

「「「はいっ」」」


 3人が声を揃えて答えると、航は再び空間を叩き割って退界した。

 水都の異界はこれで2度目。しかし入社試験テストの時とは位置と状況が違う。

 転移された座標が違うのだろう、見覚えの無い場所だ。芽衣たちは太い橋梁の上にいるが、その下を流れる川の幅も相当に広い。茜が前回訪れた屋根付き橋の川の倍はあるだろう。

 そして現在時刻は真昼である。前回の時は夜中で暗い中、水面から突き出た街灯を頼りに捜索と戦闘を行ったが、今回は視界の悪さに辟易しないで済みそうだ、と茜は考えた。

 水位も前回に比べれば低い。おそらく前回は、この異界の満潮時だったのだろう。今回は建物の1階部分が半分ほど浸水している程度だ。


「そういや鹿取、お前の右目ってどーなの?」


 思い立った茜が心に訊ねた。袖が焦げ茶色の白い外套コート――乙種兵装・ミサゴだ――の下のハーネスに取り付けられたポシェットの中の黒曜石オブシディアンを選り分けていた心は茜に振り向くと、自信を満面に表す。


「流石に禁忌級の瞳術は訓練じゃ使えませんけど、この獲得と成長バージョンアップは一見どころか百見の価値ありですよ」

「ほー、じゃあ期待できそうだな」

「安芸も新技?何かあるんでしょ?」

「あー、まぁまだ練習とか調整は必要だけど……形にはなってんじゃね?」

「ふぅん……あたしだけ何も無しかぁ」


 芽衣が着用しているのも同じ外套コート型だが、こちらは全身が灰色のハヤブサだ。

 ハヤブサは運動性能を強化する特性を持つ。FOWLチームの大半が装備するのがこのハヤブサだ。

 ハヤブサの運動性能強化の程度についてはおおむね1.2~1.3倍程度だ。握力が40kgある者なら50kg前後まで向上され、100メートルを12秒フラットで走り切る走力を持つ者なら10秒を切るようになる。


 それに対してミサゴの特性は、ハヤブサ同様の運動性能強化と、そして起動式ブートワードを唱えることにより一時的にホバリングすることが出来る機能がある。芽衣が以前に一度だけ使ったことのある、脇差型甲種兵装・蜂鳥ハチドリに使われているのと原理を同じとする術式が刻まれているのだ。これを使ってごく短時間ながら空中を移動することが出来るため、空戦に対応することが出来、また機動力が格段に上がる。

 その分、運動性能強化機能の程度は1.1~1.2倍とハヤブサに比べて少なくなってはいるが、このミサゴを装備する心には【豹紋の軍神となれ】テペヨロトルがある。戦闘能力を増強するこの宝術の倍率は1.3~1.5倍だ。黒曜石オブシディアンの消費や持続時間という制限リミットはあるが、それを差し引いても利点リターンは宝術に軍配が上がる。


 そして茜が装備するハイタカは前述した通り、起動式ブートワードを唱えることで一時的に神懸った速度での移動を可能とする。扱いに難はあるが、慣れてしまえば運動性能の強化度もハヤブサと同等なため遥かに使い勝手が良い。

 最も、その“扱いに難はある”という部分こそがこの兵装の最大の難点デメリットだが。

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