Track.5-6「やらないって言ったら馬鹿だよ」
常盤総合医院の駐車場から黒いワゴン車を発信させた航は、桃手通りを左折し和光インター線に入ると、その先で右折して川越街道に入った。
そこから先は
『クローマーク中央支部です』
「おう、四方月だ。石動支部長は?」
『はい、少々お待ちくださいね』
望七海が通話を保留にし、それと入れ替わるように赤信号で停まっていた車は青信号で再発信する。
『もしもし?四方月君?』
「お疲れ様です、支部長」
『はいお疲れ様。森瀬さんたちの様子はどうだった?』
「ええ、取り急ぎ大丈夫です。それより、先程の電話の件ですが、今のうち聞ける分だけ聞いていてもいいですか?」
常盤総合医院の食堂にて受話した内容とは、とある人物の魔術警護の依頼だった。しかしその内容とタイミングに突拍子が無さ過ぎて、航はつい取り乱してしまったのだ。
『ああ。ちなみに四方月君、ニュースは見てるかな?』
「人並みにはチェックしているつもりですが」
『じゃあ知ってる?昨日、
「ええ――知っています」
ちょうど、そのニュースを見ていた矢先だったのだ。そして
「その
そう――航が俄かに取り乱してしまったのは、その
アイドルグループがイベントの際に警備を警備会社に依頼するのは普通だ。大体はイベントの運営を請け負う会社が警備内容の一部を外部に二次発注するのが一般的だが、クローマーク社は警備会社ではなく魔術企業だ。一応、魔術道具を用いた警備業の認定を得てはおり、航自身も指導教育責任者資格証などの警備業に関わる資格を有してもいるが、やはり専門は警備ではなく魔術なのだ。
剰え、依頼されたのは魔術警護だ。焦げ臭いにも程がある。
魔術警護とは、魔術士が対象を魔術を用いて警備し保護する業務を指す。ただしこれは、対象が魔術的な脅威に晒されていることが必要条件であり、大抵の場合は
警備・保護の仕方も大きく3つに分かれ、これは警備業の種別に則られている。
一つ。施設の出入管理や巡回・鍵の管理などを行い遂行する
二つ。警備対象の移動の際に同行し、周囲の警戒等を務めて移送を完遂する
三つ。対象に寄り添い直接的に防衛を務める
雑踏および交通誘導警備に類する魔術警護が無いのは、あくまで魔術的な脅威から対象を護るという側面に合致するような想定が無いためである。
意外と知られてはいないが、日本での魔術企業の興り始めは異界侵攻や
この国では、警備業務を母体として魔術企業が成長したのである。
『現場にて、
「ってーことは、つまり――小火の原因は、魔術によるもの、ですか?」
『確定では無いけれど、十中八九そうだろうってことだ』
信号の変わり目でアクセルを踏み付けていた右足をゆっくりと解放し徐々に減速させる航は、噛んだ歯の隙間から吸気すると、2秒ほど息を止めて一気に吐き出した。
「
ちなみに、民間企業に依頼するよりも
ただし
無論、
『いや、それがね――
「はあ!?」
クラクションが鳴り、航は青信号を確認すると慌ててアクセルを踏んだ。ハザードを炊いて後方の車に謝罪を表明する。
世界中の民間魔術企業に務める魔術士、およびフリーランスの魔術士を寄せ集めても、その総数は
その
「でも、何でうちなんすか?」
『それがね。先方の担当者が
「マジ胡散臭いっすね……」
『ちなみに四方月君、受けるって言ったら、やる?』
そう問われ、航は即答することが出来なかった。
何故なら警備対象は
「――ええ、やりますよ、勿論」
『まぁ君はそう言うだろうと思ったから、実はもう受けたんだけどね』
「先方との打合せはいつですか?」
『16時に先方の会社で行うことになってるよ』
「解りました。うちのチームのちびっこ達は連れていきますか?ああっと、鹿取は今日終日検査なので同席できませんが」
『そうだね――特に森瀬君は、やるなら面通しはした方がいいよねぇ?』
「俺もそう思います。取り急ぎあいつらに連絡して、俺は現地に直行します」
『うん。じゃあ現地で落ち合おうか』
「はい。エントランス前でいいですか?」
『ああ、いいよ』
「解りました。あ、玉屋に戻してもらっていいですか?すみません」
『玉屋君ね。ちょっと待って――――――はい、玉屋です、どうしました?』
「玉屋ぁ、
『えーっと、青山一丁目です』
「座標送っといてくれ。この後直行するから」
『え?――』
通話を切るや否や、今度は森瀬の携帯電話に繋げる航。思ったよりも早く受話したのはおそらくニュースをチェックしていたのだろう。
『はい、森瀬です』
「森瀬、急受注が入った。ちなみにそこに安芸はいるか?」
『え?安芸?いるけど……替わる?』
「替わらなくていいっ。とにかく、15時30分に青山一丁目駅出たとこ集合な?」
『え、青山一丁目?何で?』
「だから仕事だっつってんだろ。――うちに魔術警備の依頼があった。おそらく
矢継ぎ早に捲し立てると、しかし芽衣はまだ噛みついてくる。何故自分たちも参加しなくてはならないのか、支部長と航だけじゃ駄目なのか、と。
それに対して僅かに逡巡した航だったが、しかし淡々と告げる。
「警備対象が
『えっ――?』
「それとも、元同僚は護りたく無いか?」
『……何で……何でそういうこと、あたしに断り無く決めるの?四方月さん知ってるでしょ、あたしが、』
「だってお前に受託の決定権無いからな」
『はぁ?』
「いいから、やんの?やんねえの?やんねえなら別に連れてかねぇだけなんだけど」
一拍の間。そして――
『……やるに決まってんじゃん。やらないって言ったら馬鹿だよ』
「おーし、そんじゃ現地でな」
『ちょっ――』
ふぅ、と溜め息を吐いて。
川越街道を右折し環状八号線に進入したワゴン車の運転席で航は、にやりと嗤うとアクセルを強く踏んでスピードを上げた。
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