Track.3-20「――あたしはお前を、“殺せる”ってことだ」
「嘘を吐く?」
常盤さんが開いた
阿座月さんの話はこうだ。
あたしたち3人は
そうすると現在この異世界の
その間隙を衝いて、
安芸と心ちゃんが
「言霊で一網打尽には出来ないんですか?」
心ちゃんが訊ねる。当然だ、阿座月さんには言霊の強制力がある。今回の目的はあくまで有責性を帯びない
「――本来なら出来るんですけどね。今の僕の言霊は穢れ過ぎて、効果を発揮しないか
「
「勿論出来ますよ。できますが、
「別の武器、ですか?」
「ええ。まぁそれは、見てのお楽しみということにしましょう」
そしてあたしたちは、長い階段を上りきって雨の降り頻る開けた"断崖の間"へと辿り着いた。
◆
「我々に、興味を抱いているみたいですよ」
開けたその場所は、そそり立つ岩山を真一文字に切り拓いたかの如くまっ平らな岩床の上にあった。
ざらざらとした靴触り。何度も叩く雨粒に濡れた岩床は少し傾斜しているのか、薄く浸った雨の川を断崖の方へと流す。
阿座月さんの答え方は絶妙だ。入信希望かと問われ、肯定すれば嘘になり言霊がさらに穢れる。しかし否定すればこの後の流れが崩れてしまう。
そこで「興味を抱いている」という答えだ。あたしたちは確かに、
ものは言いようと言うけれど、言術という魔術はとても不思議だと思った。
そしてその答えを受けて、問いを発した長髪を横に流した細身の男が嗤う。信じてくれたのだろうか、それとも――
「"
「そうよ。私たちが他の幹部を言いくるめるの、どれだけ大変だったか」
細身の長髪の近くにいた赤髪の女が口を尖らせた。そして彼らよりも手前にいる、
「なら、さっさとやろう。見たところ魔術の訓練を受けているんだろ?実力が見合えばすぐにでも戦場に送り込もう」
ぞわり、と寒気がした。雨に打たれているせいなんかじゃない。
その"直感"があたしに教えてくれているのだ、これは、ヤバい、と。
「――っ!」
足元から、岩床に孔でも開いていたのか黒い泥が舞い上がる。それはあたしたち四人を即座に包み込むと束縛し、
流れだけを見れば
口元にも泥が詰まり、呼吸をも防がれる。安芸も、心ちゃんも、そして阿座月さんもだ。
「"
あたしたちの魂胆はどうやら丸裸だったようだ。
そして口から流れ込んでくる泥は喉を通り、粘膜から身体へと浸透していく。
口からだけじゃない。耳や鼻、目、――体中の穴という穴から、泥は粘膜へと入りこんであたしたちを
「――っ!――、――っ!!」
心ちゃんの眼が見開かれ、声なき苦悶を発している。
あたしだってそうだ。身体が灼けるように熱く、今まで感じたことの無い
阿座月さんは眼を細めて三人の幹部を睨んでいる。しかしその双眸も、泥が包んで埋もれてしまう。あたしの視界も、泥が覆って隠してしまう。
「おいおいアマメノ、」
「黙れブロンテス。お前達は甘過ぎる」
この泥を操っている
視界が溶ける。脳も蕩ける。意識は呆ける。視界の中心に、見開かれた一つの眼を幻視する。
これはダメだ。
何故ならこれは、あたしを"殺す"働きじゃない。あたしは、殺してくれなければ殺せない。
そんなのはダメだ。
安芸が、心ちゃんが、そしてあたしが、違う者に成り代わってしまう。
あたしは――
『強い
不意に、誰かの声を幻聴した。
『弱い
ああ、そうだ。これは、"あたし"の声だ。
あたしがあたしに発した、あたしを××す"約束"の声だ。
『――、――っ』
××されたい。
××してほしい。
××してくれ。
××したい。
ずっと、心の中で聞こえなかった声が、思い出せない声が今漸く、はっきりと聞こえた。
ああ――そうだ。
あたしはずっと、あたしを殺してきた。自分を殺して、殺して、殺して――
弱い自分を殺して、強い自分に生まれ変わって、自分を愛せるくらい、強くなろうって――
だから。
そもそも認識が違う。
あたしは“死”を、生物の持つ生命活動の停止、と捉えていた。
でもそれは違うはず。だって“死”は実に多様的だ。時代や環境の変化で、いとも簡単にその輪郭と色彩を歪める。
あたしを苛むこの
あたしを、“あたしじゃないもの”に変えようとしているんだ。
思い出せ。
思い出せ。――かつて、あたしはあたしじゃなかったことを。
かつてのあたしを“殺して”あたしはここにいるということを。
この身体を構成する細胞に習え。
生まれ変わるためには、“死ぬ”ことが必要だった筈だ。
心臓の鼓動を失うことだけが“死”なんかじゃない。
お前があたしをあたしじゃなくさせるのなら――
――あたしはお前を、“殺せる”ってことだ。
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