Track.3-20「――あたしはお前を、“殺せる”ってことだ」

「嘘を吐く?」


 常盤さんが開いたゲートで転移した円卓の間から、幹部がいると言う断崖の間に続く螺旋階段を駆け上りながらあたしたちは言術士・阿座月さんの言葉に疑を発した。

 阿座月さんの話はこうだ。

 あたしたち3人はPSY-CROPSサイ・クロプス入信希望者と偽り、阿座月さんはそのスカウトマンとして断崖の間に登場する。

 そうすると現在この異世界のコアを握っている、幹部のブロンテスもしくはアマメノのどちらかがコアを使って、あたしたちを"改造"しようとするはずだ。

 その間隙を衝いて、前衛二人ツートップ後衛二人ツーバック陣形フォーメーションで攻勢に転じる。


 安芸と心ちゃんが撃破役アタッカーメインの前衛二人ツートップだ。確実に一人ずつを戦闘不能に追い込むため、あたしと阿座月さんの二人で後衛二人ツーバックを張り、もちろんあたしは【自決廻廊シークレットスーサイド】を使った囮役デコイに徹し、阿座月さんはあたしの防衛役ブロッカーを務める。


「言霊で一網打尽には出来ないんですか?」


 心ちゃんが訊ねる。当然だ、阿座月さんには言霊の強制力がある。今回の目的はあくまで有責性を帯びない少年幹部たちの拿捕だ。だから"死ネ"とか"潰レロ"とかは使えないけれど、あたしたちに使ったような"動クナ"は有効なんじゃないだろうか。


「――本来なら出来るんですけどね。今の僕の言霊は穢れ過ぎて、効果を発揮しないか抵抗レジストされてしまうかのどちらかでしょう」

抵抗レジストできるんかい」

「勿論出来ますよ。できますが、抵抗レジストされてしまう程度の言霊を武器に立ち向かうのは得策では無いと思います。なので今回は、別の武器を使う」

「別の武器、ですか?」

「ええ。まぁそれは、見てのお楽しみということにしましょう」


 そしてあたしたちは、長い階段を上りきって雨の降り頻る開けた"断崖の間"へと辿り着いた。


   ◆


「我々に、興味を抱いているみたいですよ」


 開けたその場所は、そそり立つ岩山を真一文字に切り拓いたかの如くまっ平らな岩床の上にあった。

 ざらざらとした靴触り。何度も叩く雨粒に濡れた岩床は少し傾斜しているのか、薄く浸った雨の川を断崖の方へと流す。


 阿座月さんの答え方は絶妙だ。入信希望かと問われ、肯定すれば嘘になり言霊がさらに穢れる。しかし否定すればこの後の流れが崩れてしまう。

 そこで「興味を抱いている」という答えだ。あたしたちは確かに、PSY-CROPSサイ・クロプスに対して興味はある。それは勿論、好ましい感情では無いけれど確かなことだ。

 ものは言いようと言うけれど、言術という魔術はとても不思議だと思った。


 そしてその答えを受けて、問いを発した長髪を横に流した細身の男が嗤う。信じてくれたのだろうか、それとも――


「"隻眼の魔術士オーディン"、スカウトで離れるなら言ってくれ。こっちは非常事態にいないお前の暢気さに嫌気が差していたんだぞ?」

「そうよ。私たちが他の幹部を言いくるめるの、どれだけ大変だったか」


 細身の長髪の近くにいた赤髪の女が口を尖らせた。そして彼らよりも手前にいる、法衣ローブに身を包みフードを目深に被った人物――おそらく男だろう――が、ゆっくりと右手を突き出す。


「なら、さっさとやろう。見たところ魔術の訓練を受けているんだろ?実力が見合えばすぐにでも戦場に送り込もう」


 ぞわり、と寒気がした。雨に打たれているせいなんかじゃない。

 その"直感"があたしに教えてくれているのだ、これは、ヤバい、と。


「――っ!」


 足元から、岩床に孔でも開いていたのか黒い泥が舞い上がる。それはあたしたち四人を即座に包み込むと束縛し、身動みじろぎひとつ許されない状況となる。

 流れだけを見れば筋書シナリオ通りだ。でも、予定ではそれは一人ずつ行われる筈、この状況は阿座月さんも予想外だったようだ。

 口元にも泥が詰まり、呼吸をも防がれる。安芸も、心ちゃんも、そして阿座月さんもだ。


「"隻眼の魔術士オーディン"――何故肯定しない?入信者なら入信者と言えばいいだろう、それをわざわざ"興味があるようだ"だと――言術士らしい物言いだ」


 あたしたちの魂胆はどうやら丸裸だったようだ。

 そして口から流れ込んでくる泥は喉を通り、粘膜から身体へと浸透していく。

 口からだけじゃない。耳や鼻、目、――体中の穴という穴から、泥は粘膜へと入りこんであたしたちをおかす。


「――っ!――、――っ!!」


 心ちゃんの眼が見開かれ、声なき苦悶を発している。

 あたしだってそうだ。身体が灼けるように熱く、今まで感じたことの無い霊銀ミスリルが齎す疼痛が細胞一つ一つを蹂躙するようだ。

 阿座月さんは眼を細めて三人の幹部を睨んでいる。しかしその双眸も、泥が包んで埋もれてしまう。あたしの視界も、泥が覆って隠してしまう。


「おいおいアマメノ、」

「黙れブロンテス。お前達は甘過ぎる」


 この泥を操っている法衣ローブの男はアマメノ、というらしい。今はどうでもいい筈の情報ばかりが脳内を交錯する。

 視界が溶ける。脳も蕩ける。意識は呆ける。視界の中心に、見開かれた一つの眼を幻視する。


 これはダメだ。

 何故ならこれは、あたしを"殺す"働きじゃない。あたしは、殺してくれなければ殺せない。


 そんなのはダメだ。

 安芸が、心ちゃんが、そしてあたしが、違う者に成り代わってしまう。


 あたしは――



『強い自分あたしに、なるんでしょ?』



 不意に、誰かの声を幻聴した。



『弱い自分あたしを殺して生まれ変わるんでしょ?』



 ああ、そうだ。これは、"あたし"の声だ。

 あたしがあたしに発した、あたしを××す"約束"の声だ。



『――、――っ』



 ××されたい。

 ××してほしい。

 ××してくれ。

 ××したい。


 ずっと、心の中で聞こえなかった声が、思い出せない声が今漸く、はっきりと聞こえた。


 アイされたい。

 ユルしてほしい。

 コロしてくれ。

 キスしたい。


 ああ――そうだ。

 あたしはずっと、あたしを殺してきた。自分を殺して、殺して、殺して――

 弱い自分を殺して、強い自分に生まれ変わって、自分を愛せるくらい、強くなろうって――



 だから。



 そもそも認識が違う。

 あたしは“死”を、生物の持つ生命活動の停止、と捉えていた。

 でもそれは違うはず。だって“死”は実に多様的だ。時代や環境の変化で、いとも簡単にその輪郭と色彩を歪める。


 あたしを苛むこの霊銀ミスリルは今、あたしそのものを変質させようとしている。

 あたしを、“あたしじゃないもの”に変えようとしているんだ。


 思い出せ。

 思い出せ。――かつて、あたしはあたしじゃなかったことを。

 かつてのあたしを“殺して”あたしはここにいるということを。


 この身体を構成する細胞に習え。

 生まれ変わるためには、“死ぬ”ことが必要だった筈だ。


 心臓の鼓動を失うことだけが“死”なんかじゃない。

 お前があたしをあたしじゃなくさせるのなら――


 ――あたしはお前を、“殺せる”ってことだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る