Track.3-15「わたしが協力してあげる」
「――
包帯を外した“単眼の王”の顔には、目が一つしか無かった。左右の目の代わりに、眉間から鼻の位置にかけて大きく
大きな眼球は実際には球状ではなくレンズ状の、単眼ではなく複眼であり、昆虫のそれのように顕微鏡で見れば分かるサイズの細かな
”単眼の王”こと
全ての瞳孔が開く仕様になっていないのは、そうすると脳が受信した映像を処理しきれずにパンクしてしまうからだと美青は付け加える。
芽衣はそれを聞いて、まるでLEDディスプレイだな、と場にそぐわない感想を抱いた。
そして訥々と、瞳美はその身の上を語った。
唯眼症を
魔術士の家に生まれた彼女は、物心ついた時から瞳術の英才教育を受けて育った。
幼稚園や小学校には行っていない。親が手配した、同じく魔術士の家庭教師があてがわれた。
友達はおらず、家の外に出ることすら許されない日々。ただ魔術だけが彼女の前にあった。
一度だけ、家庭教師に訊ねてみたのだと言う。どうして自分は窓の外の子達とは違うのか。
家庭教師は答えた。それはお前が、気持ち悪いからだと。
彼の心の内は今でも分からないが、その家庭教師と二人きりの時には辛辣な言葉や態度も多かった。どうしてこれくらいも出来ないのだと、暴力を振るわれたこともあった。
しかし臆病で真面目な彼女は、自分が悪いのだからとそれを両親に言うことは無かった。おそらく家庭教師は、そんな彼女の心根を見抜いていたのだろうと瞳美は語った。
かと言って両親も、彼女のことを愛していたかと問われると疑問が浮かんだ。
彼女には2つ年の離れた弟がいた。両親は弟につきっきりで、彼女といる時間は少なかった。
弟に、目は二つあった。
まるで世界から疎まれてしまった彼女は、けれど瞳術の素養があった。
魔術士にとって“
「瞳術の秘奥はその殆どが禁忌の術として指定されている。けれども真理の片鱗に触れるためにはそれを修めるしかない。
ナイフを調理に使うか、殺害に使うかの違いだと。あくまで学問や知識・技術に善悪は無く、それを扱う人間にこそ善悪があるのだと。
そして魔術の修得は困難を極めた。禁忌とされる瞳術には、ひと睨みで命を奪うものもあれば、対象を石に変えてしまうもの、容易く人を傷つけてしまえる代物もあり、修得に際して動物を多く殺めることになった。
可哀想だから出来ないと断じれば家庭教師は拳を振り上げた。
自殺する勇気も無い彼女は、やがてどこか遠くの世界を夢想するようになったと告げた。
そこでは自分のように一つ目の人間が仲睦まじく暮らしていて、その世界なら自分も、窓の外のあの子達のように、道を歩きながらお喋りしたり、本の中のあの子達のように、笑ったり泣いたりして素敵な人生を送れるんだろうと。
「――
体内の
「霊基配列を増設すると、魔術に対する親和性が異常に高まる。勿論、その分更なる
単眼の巨人たちが暮らす世界を詳細に繊細に夢想し続けた彼女は、やがてその目に宿った霊基配列が齎す膨大な魔力で以て、誰に教わることなく異世界を創造してしまった。
その世界の中で彼女は、”単眼の王”として崇められた。
当然、その世界は彼女の想像無しには有り得なかった世界だ。彼女を疎んでいたあの世界とは違う世界だ。
それを知るからこそ、単眼の民は単眼の王を崇め、求めた。そしてそれは、彼女の望みでもあった。
そして彼女は、自分が創り上げた世界を選んだ。
そこに渡り、世界を想像し続け、創造し続けた。
しかしその世界を維持するためには、元の世界から
花が散り、木々が枯れ、大地は痩せ、彼女と同じ単眼の民の間で謎の疫病が流行った。
そこに突如として現れた”白い魔女”が、彼女に告げた。「わたしが協力してあげる」と。
世界が変わったのは、それからだった。
白い魔女は世界を立て直すと、やがて彼女と同じ境遇にあった少年少女たちを連れて来た。
彼らは皆、家族に、学校に、世間に疎まれ、あるいは蔑まれ、あるいは道具や手段としてのみ期待された、世界を憎んでいる者たちだった。
選ばれなかった少年としてナイフを手に大通りの雑踏を赤く染めた少年もいた。
誰かを傷つけることが出来なくて自分自身を傷つけることしか出来なかった少女もいた。
”単眼の王”は、白い魔女が連れて来た少年少女を、共に生きようと受け入れた。
白い魔女に
だから白い魔女から、世界を維持するためには命を奪い続けるしかないと聞いた時、真っ先に自分の家族と、そしてあの家庭教師を世界に捧げた。
世界は変わった。王を含め、身体の小さな少年少女たちは世界に”巨人”を創った。頭が悪く、しかし力は強い、”多眼の巨人”だ。
彼女の世界に住まう者たちの目の数は、一つと二つ、三つと五つと八つ、そして百だ。数が大きいほど体も大きくなり、しかし反比例して
功労者は世界の
王の住まう絶壁の宮殿に勤められるのは一つ目だけだ。
そして、二つ目は真界から
その幹部の中に、
薬剤は”人工的に瞳術士を造り上げる”ものだった。人為的に制御された
それはしかし、被験者によって馴染む・馴染まないがあり、前者の場合は晴れて瞳術士――正確には瞳術寄りの異術士――を創成し、後者の場合は異獣へと変貌させた。
それを以て自分たちの世界を拡張し、真界に復讐を果たそうと、そんな自分たちの世界の在り方に”
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