Track.3-13「王様って何だ?」

「クソがっ――」


 絶壁の中、岩を刳り貫いて造られた宮殿の深奥で、玉座のように荘厳な椅子に肘を着きながら座すPSY-CROPSサイ・クロプス幹部、“雷霆の”ブロンテスは忌々しそうに毒を吐いた。

 夜車ヨグルマ撥矢ハチヤ殺害に向かった二人の幹部が帰ってこないこともることながら、擁する表層の異界に魔術士たちが侵攻を仕掛けて来たことも。

 そして、こんな事態にも関わらず、自身に業務を押し付けて数日前から何処かへと行方をくらましてしまった“単眼の王”にも憤りを覚えてしまう。


「BRV、ELBIWH」

「おう、入れ」


 巨大な扉を開け、玉座の間に入ってきたのは豪華な法衣に身を包んだ単眼の巨人だ。巨人と言っても、その身長は2メートル程度だが。


「ELVIF、DDRTWHVH?」

「解った。通せ」


 巨人はいそいそと引き下がると、新たに巨人を引き連れて戻ってくる。引き連れられた巨人は五つ目の、身の丈が3メートル程度の巨人であり、厚手の布地で仕立てられた簡素な衣服を着ている。

 五つ目の巨人は玉座に続く青い絨毯の中央に膝を着いて頭を下げる。その両隣には控えていたやはり豪華な法衣に身を包んだ単眼の巨人が立つ。

 引き連れてきた単眼の巨人は玉座へと近寄り、書簡をブロンテスに手渡した。ブロンテスは封を開けてその中身の羊皮紙に目を通すと、脇に控える別の単眼の巨人に手渡した。


「いいだろう。ヤヌルハ、お前は今日この時より、晴れて三つ目トリクロプスの仲間入りだ」


 告げて手を翳すと、遥か高い天井から、黒く明滅する重油のような泥が落ち、ブロンテスの翳した手の周りを取り囲んだ。

 霊銀ミスリルの輝きを滲ませながら宙に漂っていた泥は、やがて翻るとひざまずく五つ目の巨人に飛び掛かり、見開いた五つの全ての目からヤヌルハの身体の中に溶け込んでいく。


「VHW、GGYRSSA!」

「ははは、そうだろう。八つ目オクトクロプス五つ目クィンクロプスの時とは比にならん苦痛だろうさ。しかしそれを乗り越え、お前は栄誉ある三つ目トリクロプスとなるのだ。嬉しく思え!」

「GGV、ZOPTVGRGS!」


 泥が沈み切った身体は赤熱し、やがてその身体は黒い輝きに包まれたかと思うと収縮していく。

 輝きが収まると同時に、肉が灼けたような不快な匂いが充満し、そして一回り小さくなった身体から泥が湧き上がっては再び天井へと帰っていく。

 跪き苦悶にうめいていた巨人の顔に存在していた目は、二つ足りなくなっている。


「FKJ、FKJ!」

「ああそうだ、よくやった。今度はいよいよ“単眼キュクロプス”だ。大いに励めよ」

「VRGS!」

「よし、下がれ!」

「VRGS!!」


 五つ目だった三つ目の巨人は立ち上がり、深く頭を下げた後で踵を返し扉を出て行く。法衣を来た単眼の巨人がその重厚な扉を閉め、再び玉座の間に静寂が宿るかに思われた。

 しかし今度は、奥から“隻眼”がやって来る。玉座に歩み寄るその姿は人間の女性そのもので、顔には眼の意匠が施された眼帯を着けていた。


「大変よ」

「何だ、アマツマーラ」


 アマツマーラと呼ばれた“隻眼の”女は、単眼の巨人を押し遣ってブロンテスの耳元で囁くように告げる。


「――侵入者が増えたわ。しかも、この最深域に到達した」


 その言葉に盛大に溜め息を吐いたブロンテスを、アマツマーラは波打つ赤毛を掻き上げて睨み付けた。


「魔術士が60人よ?異常事態、それこそ緊急事態だわ」

「解ってる、解ってるよマーラ。既に手は打ってる。――他の幹部連中はどうしてる?“隻眼の魔術士オーディン”はどうした?」

「円卓の間に集まってるわ。ああ、アルゲスとステロペス以外ね。“隻眼の魔術士オーディン”もいないわ」


 遥か高くを貫く天窓から差す光が弱まった。それは、ブロンテスが召喚した積乱雲が天蓋を覆った合図だった。


「王サマもいねえってのに全面戦争か――まぁ、蹂躙は嫌いじゃないぜ」


 玉座を立ったブロンテスは、マーラとともに円卓の間へと向かう。その場に取り残された単眼の巨人たちは静かに固唾を飲み、これから始まる大きな戦いを前にそれぞれが両手を組んで祈りを捧げた。


   ◆


「もう自由でいいですよ」


 言術士の言葉に、あたしは身体の支配権を取り戻した。長らく自分の意思に反して動き続けてきた身体にまるで鉛になったような重みが訪れ、関節がひりりとひいらぐ。

 隣を見ると心ちゃんもまた、突如降ってきた疲労の塊に顔を歪ませていた。おそらく自分で歩いていたならこんなことにはなっていないだろう。安芸の顔は暑そうだけれど涼やかだ。


「で、ここで何すんだ?」


 石造りの建物は大通りから結構離れている。訪れた建物の中に入ってみると、医薬品の匂いが鼻を衝いた。

 入ってすぐ目についたのは木製のベッドだ。ところどころ黄色く濁った白いシーツの端から藁が覗いている。

 ベッドは全部で8つあり、そのどれもに巨人たちが寝そべっていた。包帯を巻かれたり、まさに治療の最中の者もいる。

 施療院、といったところだろうか。


「着いて来て下さい」


 言術士はそう言うと、会釈する白衣の巨人たちをすり抜けて奥の木製の扉を開き、中へと入っていく。

 顔を見合わせたあたしたちは、しかし他にどうすることも出来なくてその背中を追った。


 扉を抜けるとだだっ広い廊下があり、言術士は最も奥の扉を開け、そこに入っていく。あたしたちもそれに続いて扉を潜り、その部屋へと入った。

 窓際に置かれた花瓶からラベンダーの花が清涼感を漂わせているその部屋には、ベッドがひとつしか無かった。

 最初に見た部屋の積まれた藁にシーツを被せたものではなく、純白の布を継ぎ接ぎしたキルト調の丈夫そうなマットレスだ。詰め込まれているのは羽毛だろうか。

 その上に、やや毛羽立ったブランケットで腰から下を覆った、顔いっぱいに包帯をぐるぐると巻いた小さな子が上体を起こして窓の外を見ていた。いや、包帯を巻いているのだから見ていた、というのは変だけれど。


「王様。調子はいかがですか?」


 言術士がベッドに腰掛け、案じる声を投げる。その声に振り向いた包帯の子は、口だけで微笑んで返す。


「“隻眼の魔術士オーディン”。うん、もう大丈夫だと思う」


 その身体の小ささゆえに、声だけでは男の子か女の子かの区別がつかない。その身体の大きさは、明らかに声変わり前の、おそらく12歳前後のものだった。


「王様って何だ?」

「誰?」


 安芸が発した声に“王様”は疑いの声を漏らす。言術士はしかし微笑みを歪めずに、狐のように目を細めてその子の頭を撫でる。


「不安がることはありません、王様。この者たちは、この異界を救いに来たとのことです」

「はあ?」


 またも疑問符を声に出す安芸に、心ちゃんがこれ見よがしに咳払いをする。あたしも安芸の声には賛成だけど、今は静かに見守った方がいいと思うから黙っておく。


「本当ですか?――でも、迷惑でしょう、私のために……こんな……」


 俯く包帯の子。言術士はいかにも「どうする?」とでも言いたげな顔であたしたちを見遣る。あたしたちもその場の雰囲気が読めないわけでもない。王様というのが何なのかはよく解らないけれど、見合わせた顔をあたしたちは頷かせた。


「――迷惑に思うのは、あなたの方かもしれません、王様」


 心ちゃんがそれを伝え、安芸は一人背中を向けて面倒臭そうに頭を掻いている。

 そしてあたしも、王様と呼ばれたその子に向かって、言葉を放った。


「もしそれでもいいのなら、あたしたちに何が出来るか、教えてくれますか?」

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