Track.3-9「駄目っすね」
言術士の使う言術には、
神言術とは、事物・事象の真名である
言霊術とは、それとは異なり、言葉そのものが持つ影響力を増幅させる魔術だ。言葉を発することにより発生する未来改変の確率を増減させる、という術だと聞いているけど、実際にこちらの方を行使する魔術士に出会ったことが無いため分からない。
そもそも言術士は扱う術の難易度の高さから専門とする魔術士が圧倒的に少ない。同じく圧倒的に専門の数が少ない幻術士・弦術士と合わせて“不遇の三ゲン”と呼ばれるくらいだ。
しかし逆に、すでに極まった魔術系統だとも言える。世に十人といない
因みに、“
魔術士が他者と言語の別に関わらず意思疎通を可能とするのは、“
何も動くことの出来ない私は、頭の中でそんなことを思い返していた。何故動けないかと言われれば、あの言術士に「“動クナ”」と言われてしまったからだ。
勿論それは私だけじゃない、四方月さんや先輩、谺さんに鈴芽ちゃん、碧枝さん、百戸間さんも一緒だ。私たち七人は、その突拍子も無い魔術にこうして動くことを禁止された。
これでは身動ぎひとつ出来なければ、目線を泳がせることも出来はしない。
そして見詰める先では、安芸さんが単身必死に言術士と格闘戦を繰り広げている。
「しっ――!」
安芸さんの放った左
僥倖だったのは、神秘に包まれた言霊術も
しかし逆に、それは安芸さんから選択肢を奪っていた。【
『安芸、“
『駄目っすね、準備させてくれそうに無いです』
あくまで身体が動いていなければ、無音通信や魔術の行使は可能そうだ。ただ、私の場合はどうしても宝石を取り出す必要があるから、それが判ったところで意味は無い。
石柱の側面を蹴って跳び上がった安芸さんは、空中で身体を垂直方向に回転させながら胴廻し回転蹴りを繰り出す。それを再び後方に跳躍して躱す言術士。先程から、相手はまともに戦う動きを見せていない。舐めプなのか、それとも何か意図があるのだろうか。私は苛つくばかりで判断できない。
それでも安芸さんは再三の追従を見せ、石柱から石柱へと跳躍を繰り返しながら、四方月さんの指示通りに言術士をその地点まで誘導した。
『――お前ら、準備はいいか?』
安芸さんは器用だ。こと格闘に於いては特に。
それぞれの攻撃は全て防御、あるいは回避され、足場の悪さもあり決定打は一つとして無い。それなのに、全てが全ての布石となっている。繰り出した攻撃は、そのタイミングや方向性で防御させるか回避させるかの選択肢を限定させている。
「せぁっ!」
石柱をジグザグに跳ね上がった安芸さんの渾身の蹴り上げを、
そして石柱から台座へと移り渡った言術士。その姿を確認した私たちは、そうだと気付かれないよう呼吸法で隠しながら徐々に練り上げていた体内の霊脈を、意志とともに解放する。
『今だっ!百戸間!』
『はいっ――“
『“
『“
『“
身体を動かさなければ術を行使できない私と先輩そして碧枝さんを除く四人による遠隔魔術が隙間なく叩き込まれる。
先ず百戸間さんの方術結界で台座の外への逃げ場を失くし、鈴芽ちゃんによる高頻度の遠隔高速斬撃が、そして谺さんと四方月さんによる高濃度高威力の爆発が放たれると、その余波を受けた台座の表面から夥しいほどの粉塵が巻き上がり、四方月さんが張った結界の中は薄灰色で満ちた。
「解けた!」
予想通り拘束の解けた私たちは即座に散開し、事前に無音通信で打ち合わせた通りの陣形を敷く。
予想とは――“言霊術は重複しない”。ひとつの言霊が効力を発揮している時に新しい言霊を行使すると古い言霊は効力を失ってしまう。
つまり言術士はあの局面で、自身を守るために何かの言霊を発した筈だ。そのため、私たちを拘束していた“動クナ”の言霊はその効力を失った。
私たちは慎重に立ち回らなければならなくなった。私たちの目的地はここなのだ。敵から逃げ果せても、それでは目的を達成できない。ここに最深域への座標がある限り、そしてあの言術士がいる限り、どうにかしなければならない。
そしてこんな局面こそ、先輩の出番だ。すでに切り裂かれた左腕から、犇めき飛び交う赤い羽虫――
先輩の異術は血をどうしても消費してしまう。四方月さんも、出来る限りその術は温存すると言っていた。
やがて粉塵が晴れ、台座の中心に無傷の敵影を視認する。
「“
赤の軍勢が蹂躙を開始する。言術士はその様子に目を細め――
「――“戦イハ終ワリ”ですよ」
そう告げた。
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