Track.3-6「現時刻一四三〇を以て上番する!」
「さ、初陣だ。緊張してるか?」
四方月さんがそう訊ねると、安芸は「全然?」と即座に返した。
心ちゃんもそれに同意し、あたしは自分だけ取り残されていることに、この肩に走る強張りを睨み付けた。
その肩に、安芸の手がぽん、と置かれる。
「大丈夫だろ。初陣つっても、お前が一番経験者なんだから」
言われて確かに、安芸も心ちゃんも、今回のような“実戦”での異界入りは体験していない。あたしは先月に四方月さんと巻き込まれたあの飯田橋の事件で、念願の“実戦”を経験したけれど、思い返した途端に背筋を氷が滑っていく悪寒に囚われる。
ぽん、と、肩に置かれた手が今度は頭の上に跳ねる。
「今回はオレたちもいるし、他にも経験豊富なチームがいくつもいるしさ」
安芸の手は不思議だ。女の子にしてみれば大きく、ざらざらごつごつとした無骨な手は、ほどよい温みをあたしにくれる。
空手のために鍛え抜かれた五指は皮膚が硬くなっていて、それに傷だらけだ。女の子のしなやかな手とはとてもかけ離れすぎている。でも、あたしはその手が好きだ。
「大丈夫ですよ、先輩。ちゃんと、フォローします」
新術もありますし、と付け加えて、心ちゃんはあたしの手を両手で握った。
この子の手は安芸と丸っきり正反対で、まるで白魚のような手をしている。細くて長い指は、まるで
宝石に術を刻むというのは、とても繊細で高度な
それなのに、“魔術士ではない普通の生活”をも望む彼女は、この手と指を維持しているんだ。並大抵の意志と努力ではない。
「ありがとう」
あたしはその手を握り返して、真っ直ぐに心ちゃんを見据える。その頬は、ほのかに紅を差したように染まっている。
「よし。じゃあ行くか!」
そう言って四方月さんは、あたしたちのいるクローマーク本社4階の技術開発部にある
昨晩の常磐総合医院で起きた
あたしの身元引受人である
襲来した幹部二人はそれぞれ異なる異界から侵入を試みたため、間瀬さんが把握している異界の座標はこれで五つに増えた。そしてあたしたちは、その一つにこれから異界入りを行う。
一つの異界につき、一つの調査団――つまり計8人が入界する手筈になっている。
あたしたちとペアになるのは、間瀬さんが率いる調査団のうちの1チームだ。今朝方に間瀬さんの行使した光学魔術通信で
耳に装着した無線式イヤホン型の通信機を奥に押し込み、クローマーク社製の調査団員正式装備、
安芸もまた、支給された
心ちゃんが着るのはあたしと同じ
基本的に後方支援となる四方月さんが纏うのは安芸と同じ
そして、腰のハーネスにはあたしや心ちゃん同様に
まぁ、四方月さんはちょっと時間があればいつでも換装出来るから、その願望が叶うといいねと言っておいた。正直、使わざるを得ない場面になるのは御免だけれど。
「クローマーク調査団チーム“
「「「上番しますっ!」」」
「行くぞ――っ!!」
そしてあたしたちは、金属板の表面に空いた
極彩の渦を巻く捻れた空間を駆け抜け、身体が痛みなく拉げるような気持ち悪い感覚が通り抜けると、暗闇の果てに光が訪れる。
「――
光を潜り抜けて現れたのは、溶岩の冷えて固まった険しい岩肌と、今にも雷の落ちそうな曇天。
ぽつぽつと身体を小さな雨粒が叩いていると言うのに、硝煙めいた濁った大気はその熱を隠すことなく肌に伝える。
見渡す限りの火山地帯。それが、
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