Track.2-25「ハッピーエンド?そんなの要らないよ」

「――またきみを、ころせなかった」



 倒壊したビル群と、廃棄された車両の散在する道路。

 風化した砂地の荒野。そこに斜めに突き刺さったままもう灯らない信号機。

 退廃した風景は青空から降り注ぐ光の粒を受けて歪にキラキラと佇んでいる。


 生命いのちだけが過ぎ去った死んだ世界は、空間でさえあちらこちらにひびが入っている。

 その何もない、未来なんて何一つ何もない風景で、たしだけが唯一眺めている。

 自分で書き上げた筋書シナリオだっていうのに、自分の思い通りになんて何一つならない結末だ。この経験を、たしはもう何度も繰り返していた。


 だから、次の瞬間に訪れるモノも知っている。


「ごめんね――」


 黒く渦巻く、"死"の群体。

 螺旋を描く幾億本もの霊銀ミスリルの濁った黒い羽虫の帯が、

 その中心で佇む異人を黒く染め上げ、そして世界へと向けて"死"を放ち――



 ――また今日も、夢から醒めるのだ。



   ◆


「……ん、――ぁぁああ」

「おおそうございます、お嬢」


 その言葉に眠気を刈り取られたわたしは、掛かっていた毛布ブランケットを床に放り捨て上体を起こして伸びをした。

 べた薪の様子を見ているのか、薄暗い部屋の中でパチパチと火花を散らす暖炉の傍で佇んでいた阿座月あざつきくんは、その長い手足を見せびらかすようにのんびりと歩いてテーブルに着いた。


「紅茶、飲みますか?」

「淹れて」


 アンティークカップから紅茶を一啜りし、その傍らに置いてあったティーポットを取ると立ち上がる。

 白地に黒のステッチが小洒落たイラっとするシャツに細身のシルエットで足長効果を狙ったそれ以上足長く見せてどうする的な黒のスラックス、そして極め付けがシャツの上から羽織った焦げた茶色にこれまた刺繍がお洒落な胸糞悪い、中世ヨーロッパの貴族が着ていたっぽいジレベストって言えばいいじゃん。何、その格好。どこ狙いだよ。

 まぁそんな身なりをしたデルモみたいな風体が、白磁のティーポットを高く揚げてカップに紅茶を注ぐ姿は、もう完全に執事だ執事。本当に誰受けだよ。


「淹れたてですから、ですよ」


 どこがだよと毒吐くも、その言葉が発せられた瞬間にカップから湯気が立つのだから、言術というのは恐ろしい。


「ミルクは?わたし、ミルクティーが好きって言ったよね?」

「さぁ、どうでしたっけ」


 阿座月くんは歩きながら腕を組み右手を顎に当てる仕草で思案する素振りを見せる。何だよ、何やっても様になるってどういう生き物だ。


「お嬢、何やってるんですか?」

「え?」


 わたし?きみの真似だけど?


「ミルク、ありましたよ」


 そう言ってキッチンの冷蔵庫から牛乳を取り出し差し出す阿座月くん。ちんまりしたティーピッチャーにいちいち入れてからミルクを足す辺り、本当に几帳面だ。わたしだったら気が狂いそう。


「あ、そうだ。わたしってどれくらい寝てた?」


 テーブルに着いてほんのり生暖かいミルクティーを飲みながらわたしは訊ねる。


「そうですね――一週間、だと思います」

「あはは、寝すぎだね」


 阿座月くんもわたしに倣ってくすりと微笑む。どこかうれいを秘めたような柔らかくも繊細な表情は貴婦人のようだ。それでいて、鋭い目には強いこころざしが秘められていて、単純に美しいと感じられる。

 これでなぁ――爪に黒いマニキュアしてなければなぁ――


「お嬢。それで、この後はどういう動きで行くんですか?」


 テーブルについた両肘の先で、その黒いマニキュアの塗られた爪を冠する十指が組まれるも、わきゃわきゃと蠢く。指でダンスでもしてんのか。


「のんびり行くよ。どうせ“PSY-CROPSサイ・クロプス”との交戦は一か月も先の話だし。それまではまぁ、修行回かなー」


 わたしはティーカップの中身を飲み干して立ち上がる。

 それに合わせて阿座月くんも椅子を引いて立ち上がる。


「わたしは着替えてから行く。阿座月くんは、先行してて」

「――御意」


 そうして阿座月くんは、テーブルの上に無造作に置いてあった黒い布のような帯のようなものを取ると、それを頭に回して装着する――まるでそれは左目だけを隠したで、そして本来目が見えている筈の箇所には"眼"の意匠デザインが居座っている。

 ポールハンガーに掛けてあった外套コートを取ってそれを羽織ると、「では」とだけ呟いて、阿座月くんはこの空間から転移した。


 阿座月くんが去った後の霊銀ミスリルの残滓が、途端に寂しさを帯びた空間にひらひらと輝いて舞う。

 わたしはそれに、暢気に手を振って見せる。勿論、返事など無いのだけれども。


「お仕事頑張ってねー、"異端審問官インクィジター"さん」



   ◆



げ ん と げ ん


   Ⅱ ; げん 及 と げん 冬 ―――――Episode out.


 next Episode in ――――― Ⅲ ; げん 罪 と 顕 げん



   ◆



 さぁ――考えなければいけないことは色々とある。

 同じ結末にもそろそろ本気で飽きてきたところだ、バッドエンドが飽和している。

 グッドエンド、とは言わない。でもそろそろ、トゥルーエンドくらい見させてもらってもいいんじゃないだろうか。


「さーて、と――PSY-CROPSサイ・クロプスで一回でしょ、そしたらあと……ああ、あんまり時間無いなぁ、急がなきゃ――」



 ――ハッピーエンド?そんなの要らないよ。

 芽衣ちゃんところしあえるこの永劫回帰に、わたしは満足しているのだから。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る