Track.2-20「こいつすげえな、って思ったんですよ」

「え、マジで?お前ら森瀬が発端かと思ってたわ」


 航が目をぱちくりとさせると、ミディアムレアに焼き上がった上カルビをご飯の上に載せながら茜は芽衣と心とを見比べて話を続ける。


「あー、意外っすか?鹿取と会ったのは――2月とかだっけ?」

「そうですね。私、まだ中学生でしたから」


 奏汰は二枚目の上カルビを網の上に載せながら、焼き色のいいハラミを隣の望七海に譲る。


「森瀬と会ったのは半年くらい前だっけか?」

「うん。あたしが17歳になる直前だよ」

「それで、私と先輩が出会ったのは高校に入ってからです。6月でしたけど」

「え、何、どういう知り合いなんだよ。安芸少年だけ学校違うんだろ?」


 望七海は奏汰にありがとうと返し、レモン汁にハラミをつけて頬張る。濃厚な肉汁とその風味に舌鼓を打ち、奏汰もまた片面の焼き上がった上ロースを引っ繰り返した。


「鹿取の兄貴と同じ学校なんすよ」

「兄貴は魔術士じゃないのか?」

「あ、いえ。兄には才能が無かったのと、他でやりたいことがあったので。私が継ぐことになっています」

「ふぅん……ま、そういうこともあらぁな」


 言って航はビールを煽り、空になったジョッキをテーブルの上に置いた。すかさず望七海が「飲み物、どうしますか?」と訊くも、「酒はもういい。ウーロン茶」と航は答える。


「で?安芸少年と森瀬はどうやって知り合ったんだ?」

「あー、それもまた話すと面倒なんですよねー」


 苦そうな表情で芽衣を見た茜に、ウーロン茶を飲み干した芽衣は頷いて返す。


「いいよ、話すよ。――あたしが強くなりたくて、それで、安芸に師事したんです」

「おー、随分と端折ったな」

「どこで出会ったの?」


 覗き込むように前傾姿勢で尋ねる望七海を向いて、芽衣は少しばかり思い出しながら答える。


「えっと――病院、だっけ?」

「いいや、ランニング中じゃなかったか?最初は――ああ、裏山だよ。あの、あそこ」

「「百合の丘」」


 二つの声が同じタイミングで同じ場所を発した。


「百合の丘って?」


 望七海が尋ね、茜が答える。


「今朝行った、常盤総合医院の裏手にある山の一画にある場所です。街が一望出来る高台に、一面に百合が咲いてる場所があって、たぶん正式名称とかは無いんですけど、勝手に"百合の丘"って呼んでます」


 懐かしさに目を細めた茜は、意気揚々と語りを止めない。


「で、当時のオレって病院のふもとからそこまでをランニングコースにしてて、決まってそこの丘に着いたら空手の型とかシャドーとかやってたんですよ。で、それを見た森瀬が、」

「教えて、って言ったんです」

「何で?ってなるじゃないですか、普通。そしたらこいつ、強くなりたいからって言って泣くんですよ。もうワケわかんなくて、で、着いて来るなり見るなり好きにしろって言ったんですよ。そしたら次の日から毎日、体操服ジャージ着て追い掛けて来るようになったんです」

「結局教えてくれるようになったのって一か月とかだっけ?」

「あー、そう。一か月毎日続けるから、最後の方とか病院に戻ってこれるようになって、あー、着いてこれるようになったんだなーって思って、――こいつすげえな、って思ったんですよ」


 自慢げに笑う安芸。その表情に嘘は無く、芽衣は何となくそこから目を逸らしてしまう。


「で、4、5月中はそんな感じで勝手に着いて来いってやってたんですけど、5月の半ばからは教えるようになりましたね。とりあえず学校には通えって言って、放課後と土日とかはずっと訓練してました」

「え、先輩が学校休んでたのって、安芸さんが訓練してたからなんですか?」

「違ぇよ。それはこいつの問題」


 そこまでを聞いて、航は星百合学園の教諭から聞いた話を思い出していた。

 もともと休みがちだったが、最近は比較的まともに通学している――敢えてそこに突っ込もうと言う気は無いし、あったとしてもそれは別の機会タイミングだと一人で納得してウーロン茶に口をつける。


「心ちゃんはどういう経緯で芽衣ちゃんと仲良くなったの?」


 望七海が穏やかな大人の笑みで尋ねると、急に話を振られた心は望七海に振り向くや否や、まくし立てるように言葉を紡いだ。


「聞いてくださいよ!先輩ってばめちゃくちゃ格好良くて、私の英雄ヒーローなんです!」

「おう、聞くから落ち着いて喋れ」

「私、中学は別の学校だったんですけど、星百合学園って中高一貫ってコも多くて、で、大抵の場合、他所よそから編入して来たコって苛められちゃうんですね」

「え、そうなの?星女もそういうことあるんだ」


 ナンセンスだと評した奏汰の言葉に、心は表情に影を落としながら「全くです」と返した。


「しかも私の場合、魔術クラスで特待生扱いだったんです。それが気に入らないコが結構いて、そのコたちから結構標的にされちゃって――」


 同じクラスに、心の家よりも由緒正しい魔術士の家柄を持つコがいたらしい。しかし魔術の修練度デキは遥かに心の方が上だったのを「調子に乗ってる」と、取り巻きと共謀して根も葉もないいやらしい噂を蒔いたり、持ち物を隠したり、時には誰かの紛失の犯人として密告されたりなどがあったと語る心の表情は、その内容に反して清々しささえ覚えた。


「それで、私は絶対に折れずに抵抗し続けていたんですけど、ある日その主犯格と取り巻きの、7人だったかな?放課後呼び出されて、人のいない多目的教室でリンチに遭いそうになったんです」


 ゴクリと唾を飲み、続きを待つ航。見れば望七海や奏汰までもが、焼肉を忘れ心の話に耳を傾けて集中していた。


「そしたらそこに先輩が通りかかって――」

「鹿取。よだれ

「あ、ごめんなさい、つい――」


 お絞りで口元を拭った心の先ほどの表情は、それはとても恍惚めいたものだった。それを見なかったことにして、航は「通りかかって、どうしたんだ?」と促した。


「はい――異術を使って、囮になったんです」

「はぁ!?」


 これには奏汰も驚き目を見開いた。


「びっくりしました。開いたドアの向こうでいきなり手首切り出リスカしたと思ったら、赤い羽虫がいっぱい教室の中に入ってきて、そしたら七人が一斉に後ろを振り向いたらと思ったら、廊下を逃げていく先輩を追い掛けていくんですもん」

「あれは別に助けたとかじゃなくて、ちょうどいい練習相手がいたと思ったから、」

「謙遜する先輩も素敵ですよっ」

「いや本当なんだけど……」

「……森瀬、練習相手ってどういうことだ?」


 開いた口をどうにか閉じて、ひとつ咳払いをして航が訊く。


「え?だから、"自決廻廊シークレットスーサイド"の練習。狙ったところに行くか、って。でも心ちゃんの一件から、ちゃんと狙ったところに行くようになったよ」


 奏汰もまた目を伏せて咳払いをした。


「森瀬さん――聞かなかったことにしますが、それ、違法ですからね」

「うん。もうしない」

「分かりました。それは今後のあなたの動きを見て確かめます」

「えっ、どういうこと?」


 芽衣が航を見ると、航は溜め息を吐いて「お前を監視するのが間瀬君そいつの今の主な任務だよ」と告げた。

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