Track.2-18「お前ら何か趣旨忘れて無ぇか?」

「安芸さん、前衛まえ行けますかっ?」

「問題無ぇっ!」


 どうやら安芸少年は波動弾を受ける際、自ら後方に倒れ込むことでその衝撃を緩和していたらしい。

 直ぐに戦線に復帰し、二人の戦士は入れ替わり立ち替わりながら俺を追い詰める。


 転移直後の遠隔斬撃は安芸少年がことごとく打ち消す。対抗するように鹿取ちゃんは黒曜石の短剣をこれでもかと投げつけてくる。おかげで、オフィスの壁や天井、地面のあちらこちらに黒曜石の短剣が突き刺さっている。

 接近戦に転じると、俺の斬撃を安芸少年はあの不可解な障壁で弾き、また鹿取ちゃんも生意気にも黒曜石の細剣で剣戟に応じやがる。

 基本的には一撃離脱、前衛と中衛を入れ替わりながら戦うことで、俺の混乱を誘っているのか――全く、未来は明るいってことだ。


「鹿取!」

「あと一本待ってください!」

「おっけー!」


 あと一本の意味は測りかねるが、そもそもブラフや陽動の可能性もある。

 気にしなければ命を落とすのが戦場だが、気にしすぎても命を落とすのが戦場。それに――さっきから一切姿を表さなくなった森瀬の動向も気になるところだ。

 【暗視オウルサイト】での索敵に引っかからないところを見ると、遮蔽に隠れてうずくまっているのだろう――【霊視イントロスコープ】にも引っかからないのは、呼吸法により霊銀ミスリルの活性を抑えて静かにしているからか。覚えることは覚えているらしい。


「おいおい、敵前で話し合いたぁ余裕じゃ無ぇか!」


 "飛翔せよとべ"を連呼し、三発の遠隔斬撃を放り込む。

 角度の違う斬撃を無視するように安芸少年はその身体で分解しながら突進を続ける。

 しかしその背後に転移した俺は振り上げた飛燕を唐竹割りに振り下ろした。先ほどと同じであればこの斬撃を受け止め、しかし前方からも斬撃はふたつ飛来している。さぁどうする安芸少年?


「――マジか!?」


 しかし安芸少年は俺の気配を察知すると即座に体内の霊銀ミスリルの流れを切り替え、右手で虚空を押した。しかしその手は空を切らずに安芸少年の身体が横に流れ、今度は左手で虚空を押して身体を持ち上げると足で虚空を蹴り、あの前進からまさか真横に身を翻させたのだ。


 ガギンッ――オフィスの床に振り切った飛燕の刀身が食い込み、その隙を衝いて離れた場所の壁と天井を蹴った鹿取ちゃんが黒曜石の短剣を投擲する。

 武器を抜いては間に合わないと判断した俺は、その柄から右手を放し、転移するため左手の親指と中指とを擦り合わせた。


「鹿取っ!」


 その、俺の予備動作を視認した安芸少年が叫ぶ。解っていると言わんばかりに目を見開き、鹿取ちゃんが吼える。


「"万象鎖す凍雲の綸イツラコリウキ"!」


 瞬間。短剣が爆ぜ――あちらこちらに突き刺さっていた短剣も誘発して爆散する。

 爆炎の代わりに巻きあがったのは黒い冷気。それがオフィスの部屋を縦横無尽に繋ぐいくつもの氷の線を形成し――俺はまずいと悟った。


 【座標転移シフト】などの転移魔術は、術前の術者の体勢のまま転移するのが殆どだ。

 そして、転移先は――それが視界内指定でも、予め定めておく座標指定であっても――転移前の自身の体勢が収まる空間が存在していなければならない。

 こういった転移魔術は、転移先の座標に十分な空間が無い場合、術そのものが発動しないか、もしくはある程度の範囲までだが十分な空間がある近似の座標にスライドするかのどちらかだ。


 そして緊急回避に使用することの多い俺の【座標転移シフト】の挙動は後者だ。

 見渡す限りびっしりと空間を覆いつくすように張り巡らされた氷の糸。それは俺の術を妨げ――そして俺は、金属板の真横にされ転移する。


 淡い光を放つ、幅1メートル、奥行10センチ、高さ3メートルの金属板。

 森瀬はその裏に潜んでいた。


 なるほど――独り言ちて納得する。

 確かにこれだけの遮蔽だ、身を隠すには十分だ。しかもポートの役割を果たす金属板は霊銀ミスリルの流れがあるから、その裏の人一人分の霊銀ミスリルなど感知できない。【透視クレアボワイアンス】でも無ければ見破ることなど出来ない。


「っ――ここで、か!」


 跳び出した森瀬に咄嗟に波動弾を振舞うも、その表面に絡んだ黒い防御魔術が痛みと衝撃とを無いものへと変える。

 俺の首元に伸びた手を斬り落とす獲物を俺は手にしていない。それを避けようにも、咄嗟の連続で重心が凝り固まっている。


「森瀬、行けぇっ!」

「先輩、行けぇっ!」


 二人が同時に叫ぶ。二人は、いや三人はいつからこの未来ビジョンが見えていたのか――これは、だな。


 伸びた左手が、俺の首元のネックレスを掴み――俺は、その腕を両手で捕まえた。


「森瀬、つっかまっえたー♪」

「――あ?」

「――え?」

「――は?」


 そりゃそういう反応だよな。解る。でもな――


「お前ら何か趣旨忘れて無ぇか?俺たち鬼はさ、両手で同時にタッチしたら捕まえたことになんだって」


 氷の糸の向こうで、安芸少年が思わずぽんと手を打った。


「この試験テストで大事なのは、どうやって出口ゴールに到達するか、ですよ」


 いつからどこにいたのか、オフィス内に入ってきた間瀬がそんなことを言う。


「勿論、機動力、索敵能力、検索力。それらに関しては、僕が言うのも何ですが三人とも合格点だと思います。いつ異界入りさせてもいいかと――戦闘に於いても、非常に連携が取れていましたし、四方月さんが術の行使を抑えていた手を抜いていたとは言え、その若さでここまでの戦線を張れるのは非常に心強い。僕が採点する側なら容赦なく高得点つけますね――しかしだからこそ、鬼の策略に引っかかったのが痛い」

「策略?」

「え、トラップは全部避けてましたよ?」

「オレなんて踏んで解除しまくってたし」


 そうだ。こいつらは俺が齷齪あくせくと仕掛けたトラップを全く踏まないどころか、安芸少年に至っては謎の霊銀ミスリル分解能力で以てわざと踏んで無効化までしていた。


「いえ、策略というのはそうじゃありません」

「え、じゃあ何?」


 俺に左腕を掴まれたままの森瀬が尋ねると、間瀬は溜め息をひとつ吐いて答えた。


「何での言うことを真に受けてるんですか――出口に鍵なんて要りませんよ」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る