第19話 告白
ケイと湖で話をしてから二か月余りが過ぎ、レンの心も大分落ち着いてきた。最近は、ケイが都省をうろつく事もなくなり、あれ以降ケイを遠くに見かける事はあっても、言葉を交わす事はなかった。
レンが渡り廊下を歩いていると、リョクの姿を見掛けた。リョクは、渡り廊下に立ち、一人庭の方を見つめていた。
レンはリョクに近づいて、
「リョク」と声を掛けた。
リョクがびくりとしてレンを振り返った。レンが近付いて来ていた事に気付いていなかったようだ。
レンは慌てて、
「ごめん。びっくりした?」と謝った。
「いや、大丈夫だ」
「考え事してたのか?」
「ああ」
ここ最近、リョクはレンを食事に誘って来なかったし、レンが誘っても断られていた。話ができないうちに、何か悩み事でもできたのだろうかと、レンは心配になった。
「大丈夫か? 何か悩み事があるなら、相談してくれよ」
「ありがとう。でも、大丈夫だ。戻ろう」
リョクはいつもと変わらない、穏やかな笑みを浮かべた。
その日、レンはリョクの事が気になって、度々リョクの様子を伺ったが、リョクの様子は普段と変わりがなかった。
《なんでもなかったのかな》
レンは一先ず、そう思って安心した。
それからさらに数日後の夜の事だった。
レンは宿舎に戻り、寝る準備をしていたが、深夜に部屋の扉を叩く者がいた。
こんな真夜中に誰だろうと思いつつ、レンは扉を開けた。そこにいたのはリョクだった。
「リョク⁈ こんな時間にどうしたんだ?」
レンは驚いてリョクに尋ねた。
「ごめん。話があって。少しだけいいか?」
「ああ、いいよ。入って」
レンはリョクを部屋の中に促した。宿舎の部屋は狭く、寝台と小さな椅子と机しかない。
レンは、椅子を少し移動させ、
「ごめん。狭くて。ここに座って」とリョクに椅子を勧めた。そして、自分は寝台に腰を下ろした。
リョクが宿舎にやってくるのは初めてだった。時間帯も時間帯だし、それに、部屋の明かりに照らされたリョクの表情が明らかに暗かったので、レンは嫌な予感がして仕方がなかった。
リョクは少しの間黙っていたが、やがて口を開き、
「レンは、今でも皇帝陛下の事が好きなのか?」と尋ねてきた。
レンはドキリとしつつも、リョクには何でも正直に話したいと思っていたから、
「好きだ」と答えた。
「そうか……」
リョクが視線を落とした。
「どうして、そんな事訊くんだ?」
「レン、もしも……だけど、私が、私と本当の恋人になって欲しいと言ったらどうする?」
レンは驚いて息が止まりそうになった。もしも、と言っているが、リョクはひょっとしたら本気なのではないだろうか、と思った。だとしたら、リョクの気持ちを考えると、罪悪感で胸が引き裂かれそうになる。レンはどう答えたら良いのか分からなかった。
すると、リョクが寂しそうな笑みを浮かべて言った。
「ごめん。そんなの答えられないよな。レンは優しいから。でも、今のでちゃんと答えは分かったよ」
「リョク……」
リョクが、
「そんな顔するなよ。もしもの話だって言っただろう?」と言って笑った。
レンは、絶対に変だと思った。リョクが何の理由もなく、こんな話をしに来るとは思えない。
「リョク、本当に話したい事って何?」
レンは不安に思いつつも、リョクにそう尋ねた。すると、リョクは迷っているような様子で、しばらくの間考え込んだ。それから、覚悟を決めた様子で視線を上げ、レンを見つめた。
「レン。私にとってレンは本当に大切な人で、何があってもその気持ちは変わらない。レンのためを思えば、言わない方がいいって分かってる。だけど、どうしても、偽ったままではいられないと思ったんだ。レン、私はレンの事が好きだ。友だちとしてではなく……。レンに本当の恋人になって欲しいと思っている」
レンは、リョクの告白に衝撃を受けた。急激に心拍数が上がり、顔が熱くなっていく。目の前にいるリョクが、急に今まで知っていたリョクとは違う人になってしまったような気がした。
リョクが続けた。
「フリでも、恋人でいられて幸せだった。だけどいつも、本当の恋人だったら、どんなにか良いだろうと思っていた。レンの事が好きで、仕方がなかった。もう、限界だったんだ。『演技』をするのは」
リョクにとっては、友だちでいる方が演技だったのだろう。そして、これまでのリョクの言動が次々とレンの頭の中に蘇ってきた。演じていると思っていた数々の言動が、すべて本気だったのだと思うと、せつなくなる。
「ごめん……。俺、全然気づかなくて」
「なんでレンが謝るんだよ? 謝らなきゃいけないのは、レンを騙していた私なのに」
レンは首を振った。
「騙してたなんて、そんな事ない」
「いや騙してたんだ。友だちだと思っているフリをしていた。レン、ごめん。友だちでいられなくて……」
レンは、はっとした。リョクは今日を機にレンから離れるつもりなのではないだろうか。それはそうだ。告白をした以上、もう友だちではいられない。そして、レンがリョクを受け入れられない以上、恋人同士にもなれない。
レンは、このままリョクを失っても良いのだろうかと思った。
レンがケイを想い続けても、レンとケイは絶対に結ばれる事はない。ケイを想い続ける事は茨の道だ。一方、リョクとなら、すでに家族にも認められ、世間にも公認となっているから、何の障害もない。穏やかな日々を送れるし、リョクともこれまで通り一緒にいられる。
レンにとって幸せなのは、リョクを選んで、リョクと本当の恋人同士になる事なのではないかとレンは思った。
「リョク、少し考えさせてくれないか?」
レンがそう言うと、リョクが驚いた様子でレンを見た。
「それは、どういう意味だ?」
「俺は今まで、リョクをそういう風に考えてこなかったから……。だから、ちゃんと考えたい」
「それは、私の本物の恋人になってくれる可能性があるって事?」
「ああ」
「…………」
リョクは俯いて、深刻な表情で何かを考え込んでいた。しかし、急に立ち上がると、レンの両肩に手を掛けた。
「リョク?」
レンがリョクを見上げると、リョクが真剣な目でレンを見つめた。
そして、
「じゃあ、寝てみよう、レン」
と言うと、レンの両肩に力を掛け、レンを寝台に押し倒した。
「え? ちょっと待っ……」
レンが言いかけると、リョクの唇がレンの唇を塞いだ。そして、リョクがレンの帯に手を掛け、レンの服を脱がせ始めた。
レンは、リョクと触れ合う事にも口づけをする事にも抵抗はない。だからこそ、恋人になる選択肢もあるのではないかと思う事ができた。しかし、今、こうして実際に組み敷かれ、リョクに抱かれるのだと思うと、どうしても受け入れる事ができなかった。レンがこうして欲しいのは、やはりケイなのだ。
リョクは、レンに何も言わせないとするかのように、レンの唇を奪い続けた。レンはリョクの下でもがき、わずかにずれた唇の隙間から、
「やめ……」と言いかけたが、それは再びリョクの唇に飲み込まれた。
レンは、ありったけの力を込めて、両手でリョクの体を押し、リョクを引き離した。
「やめてくれ!」
リョクはレンの体に跨ったまま、レンを見下ろした。その目はとても悲しそうだった。
「分かっただろう? レンは私と恋人になる事はできない」
レンは胸が締め付けられた。安易に楽な道を選び、リョクの好意を利用しようとした自分に嫌気がさした。
「ごめん。リョク……」
リョクは寝台を下り、衣服を整えると、
「レン、おやすみ」と言って、部屋を出て行った。
レンはしばらくの間身動きせず、天井を見つめたまま茫然とした。
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