第7話 配属
研修期間が終わり、明日から新人官吏たちが各部署へ配属される。今日は配属先が発表される叙任式があるから、新人官吏たちはみなそわそわしていた。
研修室に新人官吏たちが集められ、叙任式が始まった。カクが一人一人を前に呼び、巻物に書かれた配属先を読み上げて巻物を渡す。
カクが、
「ジョ・リョク」と、リョクを呼んだ。
リョクが返事をして、カクの前へ進み出た。
「ジョ・リョク。都省への配属を命じる」
その瞬間、新人官吏たちが騒めいた。みなの表情は、感嘆と納得といった表情だった。
都省は官吏のごく一部のエリートのみが配属される部署だ。新人から配属があるのは数年に一度で、滅多に配属はされない。
レンも、リョクなら当然の事だと、友が抜擢された事をうれしく思った。
そして、いよいよレンの番がやってきて、カクが、
「ソウ・レン」と、レンを呼んだ。
「はい」
レンは、カクの前に進み出た。
「ソウ・レン。都省への配属を命じる」
それを聞いたレンは頭が真っ白になった。
他の新人官吏たちも、先ほどのリョクの時とは比べ物にならないぐらいに騒めいた。今度はみな、驚きに満ちた表情を浮かべていた。新人が二人も都省に配属されるのは前代未聞の事だったからだ。
茫然とするレンにカクが、
「受け取りなさい」と言って巻物を差し出した。
「はい。謹んでお受けいたします」
レンは巻物を受け取って、深々と頭を下げた。
叙任式が終わると、レンはすぐにリョクの元へ駆け寄った。リョクもレンの方に駆け寄ってきた。
「リョク、俺も都省だって」
「ああ。これからレンと一緒に働けるなんて、うれしいよ」
レンとリョクは、互いを名前で呼び合うようになっていた。
「でも、いいのかな。俺みたいな身分で都省なんて」
「身分なんて関係ない。レンほどの才能があれば、都省に配属されるのは当たり前の事だ」
「ああ、でも、うれしいな」
レンは、手にした巻物を見つめながら、しみじみと言った。
リョクが、
「なあ、今日お祝いに一緒に食事しないか?」とレンを誘ってきた。
「え? でも、今日は家族でお祝いしないのか?」
「家族でのお祝いは明日する事になってる。明日が赴任初日だろ?」
「ああ、そうか」
「だから、今日行こう」
「ああ」
その日の夜、レンとリョクは連れ立って、市中の料理屋に入った。奥の席に通され、向かい合わせで椅子に座る。
この店にはリョクと二人で何度か来ている。庶民的な店だから、リョクのようなお坊ちゃんには抵抗があるのではないかと思ったが、リョクは最初から全く臆することがなかった。今日はお祝いなのだから、本当はもっと良い店に行けたら良いのだろうが、新人官吏のレンの禄では限界がある。
やろうとすれば、リョクはレンにおごって、もっと良い店に行く事もできるだろうが、リョクはそれをしようとはしなかった。それは決して金の出し惜しみをしているわけではなく、レンを対等の人間として尊重してくれている事の現れだった。それは、リョクの言動から伝わって来る。こういうところが、リョクを人として尊敬できるところだと、レンは思っていた。
二人は、酒は飲まず、お茶を酌み交わし、食事をした。
「都省だと、ジョ・ハク様とも接点があるよな」
「そうだね」
「ジョ・ハク様はどんな方だ?」
「政治に精通した方だよ。ただ、もしかすると、レンの事は厳しい目で見られるかもしれない」
レンは驚いてリョクを見た。
「どうして?」
「他の新人官吏と同じだよ。父は私が首席を取る事を期待していたから、私がレンに負けた事が面白くないんだ」
レンはリョクに申し訳なくて目を伏せた。
「ごめん。俺、そんなつもりじゃなかったんだけど。嫌な思いをしたろ?」
リョクは首を振った。
「何言ってるんだ。首席を取ったのはレンの実力だ。それなのに、レンに厳しく当たる方が間違っている。ちゃんと父には念を押しておくから」
今度はレンが首を振った。
「いいよ。そんな事したら、リョクがジョ・ハク様と気まずくなるだろ?」
「別に構わないよ」
「だめだ。俺は大丈夫だから」
「まあ、父もレンの才能を間近で見たら、分かってくれると思うけど。実は正直、うちの家族はみんな性格がきつめなんだ」
「え? そうなのか?」
「ああ。まあ、それぐらいじゃないと、宮中であの地位を保つ事なんてできないのだと思うけど。父も母も妹も、敵になった相手には容赦なくて。間近で見ていて、怖いと思うし、標的になった人たちには申し訳なく思っているよ」
「そうなのか……」
それを聞いて、レンは不安になった。ジョ・ハクに敵認定されたら終わりという事ではないだろうか。そして自分は、すでにジョ・ハクの愛息子のライバルとして、敵視されている。
「レン、大丈夫だよ。父にはレンは友だちだと言ってあるし、レンが優秀なのは周知の事実なんだから」
レンはため息をついた。
「だけど、そんな環境で育って、リョクはよくきつくならなかったよな? 他の家族はみんなきついんだろ?」
レンはそう言って、リョクの妹、ジョ・スイは皇后、つまり、ケイの妻なのだという事に思い当たった。皇后も性格がきついと言う事は、ケイは大丈夫だろうか、とレンは少し心配になった。
「私は幼い頃から教典に学んで、いつどんな時も徳は保っていたいと思ったから。ちゃんとできているのかは自信がないけど」
「リョクはちゃんとできてるどころか、人徳の塊だよ」
レンが言うと、リョクが笑った。
「そう言ってもらえるとうれしいよ。でも、私もいつか人徳を失うかもしれないから、その時はレンが私を正してくれ」
「分かったよ。その時はな」
二人は笑い合い、食事と談笑を続けた。
翌日。レンは緊張しながら、都省の官吏が詰める舎殿へ向かった。
レンとリョクは他の官吏たちの前で挨拶し、その後、舎殿の中の部屋の配置や、しばらくの間二人が行う業務など、基本的な事項の説明を受けた。
レンとリョクは、早速書物を書庫へ戻す用を言い渡され、二人で舎殿を出て渡り廊下を歩いた。
「本当にリョクが一緒で良かったよ。すごく心強い」
「私だって、レンがいてくれて良かった」
そんな事を話しながら歩いていると、正面からジョ・ハクが歩いてきた。
ハクは、目つきが鋭く、怒っている訳ではないのであろうが表情が険しいため、近寄りがたい雰囲気を醸し出していた。リョクとはあまり似ていない。リョクは母親似なのかなと、レンは思った。
レンとリョクはハクに頭を下げた。
「早速働いているようだな」
ハクがリョクに声を掛け、それからレンに目をやった。
昨日のリョクの話を聞いているから、レンは緊張しつつも、
「本日より都省へ配属となりました、ソウ・レンです。よろしくお願い致します」と挨拶をした。
「噂は聞いている。稀代の秀才らしいな。これからもリョクの助けになってくれ」
ハクはそう言うと、二人の前から去って行った。一見、穏やかだったように見えるが、先ほどの言葉は、リョクよりも上には出るなと釘を刺されたのだと、レンは思った。
その日の業務を終えると、リョクは早めに帰って行った。今日は家族で祝宴があるからだ。
レンも宿舎へ帰ろうとしたが、
「ソウ・レン」と呼び止められた。
振り返ると、いつものケイの側近が立っていた。
「皇帝陛下がお呼びだ」
レンは、
「はい。かしこまりました」と答えて、いつもケイが待つ舎殿へと向かった。
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