第169話
レリーフの悪魔が右で一体、左でも一体、壁から剥がれる。それは石像でありながら羽根を広げ、まるで生き物のように雄叫びをあげた。
「やはりガーゴイルだったか!」
石の悪魔こと『ガーゴイル』が青い炎を吐き散らかす。
セリアス団は一旦後ろにさがり、フォーメーションを切り替えた。しかしグウェノは動揺するばかりで、弓を構えもしない。
「あ、あれが……ガーゴイルだってぇ?」
「しっかりしてください、グウェノ! 魔法も来ます!」
続けざまにガーゴイルの手から黒い電流が放たれた。それをイーニアがアースガードで遮り、パーティーには届かせない。
グウェノは首を振って、力いっぱいに弓を引いた。
「てめえらに恨みはねえが、こっちは色々と借りてるんでなあ!」
「相手が石像なら、拙僧の拳打も有効なはず!」
グウェノの援護射撃を追うように、ハインとジュノーも敵との間合いを詰めていく。
ところが、それを慌ててセリアスが制した。
「待て! 攻撃するんじゃない!」
間もなく右のガーゴイルはジュノーの刀に一刀両断され、左のガーゴイルはハインの鉄拳で真っ二つに割られる。
と思いきや、ガーゴイルは分裂してしまった。
「……げ、げえっ?」
周囲の岩を集め、大きさも元に戻る。皆が驚く中、セリアスは溜息をついた。
「せっかちなやつらだ……面白いモンスターだろう? グウェノ」
「面白くねえっての! 最悪じゃねえか、こいつら」
ガーゴイルは斬られた分だけ分裂する性質を持つ。これを力ずくで突破するには、周りの岩も含めて粉々にしなくてはならなかった。
イーニアは得意の水魔法で攻めるも、分厚い障壁に阻まれる。
「魔法抵抗のレベルも高いです! ど、どうやって戦うんですか? セリアス」
「そうだな……」
厄介な相手とはいえ、セリアス団が総力戦で挑めば、勝てる見込みは充分にあった。しかし溶岩地帯の奥で力を使い果たし、進退窮まってもまずい。
「一時退却だ」
「へ? あっ、逃げんのか?」
ひとまずセリアス団は全速力で引き返し、ガーゴイルの群れを振りきった。
「追ってはこんのう」
「監視場所からは離れられないのさ」
スターシールドで防壁を張り、休憩にする。
「あれが先生の言ってたガーゴイルなんですね。びっくりしました」
単に『知っている』だけで危機は回避できない。あと少しセリアスの制止が遅ければ、泥仕合に陥っているところだった。
グウェノは思い詰めた表情で黙り込む。
「……」
「どうしたんですか? グウェノ。らしくありませんよ」
「いや、その……ガーゴイル病って病気を思い出しちまってさ」
躊躇うような話しぶりから、察しはついた。
(恋人はあの奇病を患ってるのか)
身体が徐々に石と化すのが、ガーゴイル病。一部のモンスターに触れることで感染し、発症してしまうと、もはや手の施しようがない。
だからこそ、彼は完全純度のエリクサーを捜しているのだろう。
「大丈夫だ、グウェノ。やつに触ってもガーゴイル病になったりはしないさ」
「あれは名前を取っただけですから」
グウェノは顔をあげ、いつものお気楽な調子ではにかむ。
「おうよ。悪ぃな、さっきはペースを乱しちまって」
「それより面倒なことになったのぅ。こいつは骨が折れそうだわい」
セリアスはちらりとジュノーに視線を返した。
「いの一番に斬りかかったのは、お前だったな……まったく」
「僕だけのせいにしないでください。ハインさんも同罪ですよ? ねえ、グウェノ」
「素直に認めろっての。ハハッ」
尻尾を巻いて逃げたのは正解だったらしい。メンバーは落ち着きを取り戻す。
「やつはどういった魔物なのだ? イーニア殿」
「原理はゴーレムと同じで、作った者の命令に従うんです」
この手の『作り物』は食事も睡眠も不要のため、見張り役に重宝された。真夜中に宝物庫に忍び込んだところ、ゴーレムに返り討ちに遭った盗賊の話は、あちこちで聞く。
名誉を挽回したいのか、ジュノーは真剣な表情で眉を顰めた。
「エクソダスが置いたわけではなさそうですね。黒き使者の仕業でしょうか」
「違うと思います。聖杯だったら、もっと大変なことに……」
ガーゴイルには何かしらの意図を感じるものの、まだ断定はできない。
「壁にずら~っとレリーフが並んでたよな。ひょっとすっと、まだいるんじゃねえ?」
「かもな」
ただ、突破はそう難しいことでもなかった。
ゴーレムやガーゴイルは侵入者を察知しない限り、決して動かない。また、感知する方法も限られていた。例えば『音』か、もしくは『熱』か。
「こういう場合、宝の持ち主は通れるように、隠し通路があったりするんです」
「忍者ならではの発想だのう」
問題の通路には悪魔のレリーフが並んでいた。あの『目』が怪しい。
「色々試してみましょう」
「よし。行くぞ」
セリアスたちは改めて悪魔だらけの一本道へ。
ガーゴイルは四体に増えながらも、壁際で静止していた。壁の悪魔たちは瞬きもせず、通路の全体に睨みを利かせている。
ジュノーが音響弾を投げ込んでも、石像は動かなかった。
「うーん……音ではないみたいですね」
「熱もないかと。これだけ熱い場所ですから」
あたりの壁や床を一通り調べ、グウェノはてのひらをひっくり返す。
「隠し通路もねえぜ? ここを通るしかねえってよ」
ハインは目測で距離を測った。
「ここから射撃だけで、あの石像を倒せんか?」
「魔法は効果が薄いですけど、グウェノの矢なら……多分?」
「待て待てっ! 何本いると思ってんだ? それこそキリがねーっての」
イーニアやグウェノの言葉にも耳を傾けながら、セリアスは昔のことを思い出す。
「俺が前に遭遇した時は……床に仕掛けがあってな。魔法の絨毯でやり過ごしたんだ」
「色んなところを旅しとるんだのぉ、セリアス殿は」
ガーゴイルの習性を踏まえ、ここでも閃いた。
「イーニア、魔法で目くらましはできるか」
「簡単なものでしたら。……あ! それで悪魔の目を?」
「ああ。試してみる価値はある」
セリアス自身も半信半疑だが、動かない相手に焦ることもない。
イーニアの魔法が黒いもやを呼び、悪魔どもの視線を遮った。そのうえでセリアスが通路に踏み込んでも、ガーゴイルたちは微動だにしない。
「……成功だな」
「簡単じゃねえか! おかげで手間が省けたぜ」
セリアス団は上手い具合にガーゴイルの監視をすり抜け、通路を突破した。
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