第159話
竜骨の溶岩地帯。
画廊の氷壁と同じく、そこはフランドールの大穴において『難関』に数えられる。火山の中に広がる巨大な洞窟であり、あちこちで真っ赤な溶岩が煮え立っていた。
冒険者らは当然、高熱に行く手を阻まれる。
溶岩地帯の気温は高いところで百度を優に超え、とても人間が出入りできる場所ではなかった。勇み足で踏み込んだがために二度と帰ってこない者も、あとを絶たない。
ただ、それだけなら『火山の迷宮』で済むだろう。
不思議なことに、この火山には熱の排出口に当たる『火口』がないのだ。それどころか近辺の秘境も一切影響を受けず、溶岩地帯だけが超高熱を独占している。
また、夥しい数の『ドラゴンの骨格』も議論を呼んだ。
溶岩程度では皮膚が爛れることもない強靭な竜が、ここでは肉を焼き尽くされ、骨格標本に成り果てている。そして、それは決して崩れることがなかった。
ある調査団はこう警告する。
『これはドラゴンの火葬場だ。人間の骨が残っていないのは、蒸発するせいだろう』
溶岩地帯は数多の竜を焼いてなお、激しく燃え盛っていた。
セリアス団は早くも高熱にうなされる。
「あっちぃ~! んだよ、ここは?」
自称・根性なしのグウェノは当然のこと、ジュノーも大粒の汗を浮かべていた。
「今回ばかりは覆面がなくて、助かりましたよ。ふう……」
滴る分の汗は、地面でジュッと音を立てる。
間違っても裸足で歩けなかった。剥き出しの岩肌に触れるのも危ない。
「前の神殿に戻りたくなりますね」
イーニアも熱に参る一方で、ハインだけは平然としていた。
「心頭滅却すれば火もまた涼し。拙僧には温いくらいだぞ? わっはっは!」
「オッサンは氷壁でもケロッとしてたよなあ……」
さすがに熱の対策もなしに、これ以上は進めない。汗を拭ってから、セリアスはスターシールドをかざした。その裏面にフレイムソードを重ね、フィールドを張る。
「……どうだ?」
フィールドが熱を制御することで、溶岩の熱気もいくらか和らいだ。スターシールドとフレイムソードの併用はニッツの発案で、どうやら正解らしい。
イーニアがほっと胸を撫でおろす。
「冷却を続けるより長持ちしそうですし……すごい盾なんですね、それ」
「曲がりなりにもスタルド王国の秘宝だからな。……メルメダには内緒だぞ」
本当はほかにソルアーマーを持ち込む方法もあった。しかしソアラを同行させることになるため、スターシールドを採用している。
のみならず、メンバーは耐熱性のグローブやブーツを新調していた。下手に肌を出しては火傷の恐れもあるため、なるべく全体を保護しておく。
ハインが熱気で揺らめく溶岩地帯を見渡した。
「本番はここからだぞ? こいつはまた迷子になりそうだわい」
洞窟といっても相当な広さで、天井も高い。モンスターと戦う分には、フォーメーションを阻害されることもないだろう。
「地形は僕も記憶していくつもりですが、手書きの地図もお願いしますよ。グウェノ」
「へいへい」
赤々と燃える溶岩のおかげで、内部は明るかった。
早くも骨だけのドラゴンに迎えられる。
「……今にも動き出しそうだな」
そんな経験がセリアスにはあった。ボーンドラゴンという魔物も実在する。
骨格はほぼ完全な姿で残っていた。錬金用の希少な素材を見つけ、イーニアが呟く。
「竜の牙を集める分には、いい場所かも……」
しかしグウェノはかぶりを振った。
「そう思うだろ? ところがどっこい、使いものにならねえって話でさ」
「使えるなら、とっくに根こそぎ歯抜けにされとるか」
金にはならない類の骨らしい。
「あとはなんだっけ……そうそう。崩れても、自然と元に戻るんだと」
「誰かがパズルのつもりで作ったんでしょうか?」
ジュノーの冗談が、セリアスには的を射ているように聞こえた。
(聖杯の力か? いや……まだ判断できんな)
イーニアがコンパスを取り出す。
「外に女神像があったのは、ラッキーだったよな~」
「はい。多分、この中でも反応が……」
近くに女神像があることからしても、この溶岩地帯には何かが隠されていた。これまでにもセリアス団は女神像を辿って、タリスマンの発見に至っている。
「……あっ!」
期待通り、コンパスの針が敏感そうに振れた。
「間違いありません! このどこかに、きっと最後のタリスマンが……!」
「うむ。そうとなっては行くしかあるまい」
コンパスを頼りに、セリアス団は竜骨の溶岩地帯を突き進む。
足場は悪く、一歩でも踏み外そうものなら溶岩の餌食だった。耐熱のフィールドがあるとはいえ、完全には熱を遮断できない。
「こりゃ遭難なんてすりゃ、それだけでお陀仏だぜ?」
立っているだけでも徐々に体力を奪われた。そこかしこが高熱を帯びているせいで、座って休むこともままならない。
「今日は早めに切りあげるか……」
「僕も賛成です。慌てることはないでしょう」
タリスマンはあとひとつ。だからといって、気が逸っては危険だった。セリアス団は慎重に歩を進め、少しずつ溶岩地帯の地形を把握していく。
ついにはモンスターに遭遇してしまった。
「サラマンダーです!」
大トカゲが二匹、口の両角から火炎の息を漏らす。
「俺は防壁を強化する! ハイン、ジュノー、お前たちで頼むぞ」
「任せておけ!」
セリアス団に目掛け、サラマンダーどもは先制のブレスを浴びせてきた。しかしスターシールドが障壁を前に押し出し、それを阻む。
ジュノーが脇を駆け抜け、サラマンダーの側面を取った。サラマンダーは燃える尻尾を振りまわし、ジュノーを遠ざけたがる。
「今です、グウェノ!」
「わかってらあ」
そのためにモンスターは動きを止め、格好の的となった。
間髪入れず、グウェノの矢が唸る。矢は旋風を起こしつつ、サラマンダーの喉笛をクリーンヒットで貫いた。
それが絶命する間にも、ハインがもう一匹と間合いを詰める。
「震・撃っ!」
ハインの拳が地面を殴りつけると、衝撃波が生じた。サラマンダーは急な揺れに足を取られ、四つん這いの動きを鈍らせる。
「そこです! アイススピア!」
すかさずイーニアの氷結魔法が襲い掛かった。
氷の槍が突撃し、サラマンダーを喉から背中まで串刺しにする。
「ヒュウ! さっすがイーニア、やるじゃねえの」
「ハインが足止めしてくれたおかげです」
ここに来て、セリアス団の連携も磨きが掛かってきた。イーニアの魔法も的確で、余力を残しながらも、出し惜しみはしない。
メンバーの目的がはっきりしているのだ。全員で生き残ること――その意識が自然と最適かつ最速の手段を選び、その実現力も充分にある。
「セリアスの出番がありませんね」
「その分はお前が働いてくれ」
だからこそ、リーダーのセリアスは守備に専念することができた。ジュノーが加わった今、セリアスまで攻撃に急く必要もない。
探索がてら、不思議そうにグウェノは竜の骨格を見上げた。
「ドラゴンってやつは、色々と種類があんだなあ……ほら、こいつとか、レギノスとは全然違う形じゃねえ?」
「シャガルアで『龍』といえば、もっと、こう……蛇に似た姿なんだがのう」
セリアスにとっても初めて見るものが多い。
「ドラゴンは逃げるのが一番だからな。俺も詳しくはないぞ」
地上を這うタイプは胴体がずっしりとして、腹を引きずっていた。翼竜には前足と翼が一体化している個体もある。
どれも顎が発達し、岩くらいなら噛み砕けそうだった。
「どうしてドラゴンだけなのかしら……」
「ほかのは蒸発しちまうって話だろ? 人間も含めてさ」
ただ、一言で『ドラゴン』と括るには種類が豊富な気もする。形状もサイズもばらばらで、大きいものは十メートル以上にも渡って、横たわっていた。
やがてセリアス団は壁に突き当たる。コンパスは大体の方角しか示さないため、こうして壁に遮られることは多々あった。また、針は少し『下』を向いてもいる。
「近いようで遠い気がするなあ」
「どこかにプレートがあるはずだ。そいつを探そう」
脈動せし坑道ではプレートが足元にあった。コンパスが足の下を指しているのなら、今回のプレートも地面に埋まっている可能性が高い。
「あの……私、少し思ったんですけど」
「どうした? イーニア殿」
「ひょっとしたら、プレートは溶岩の中、なんてことも……?」
それは最悪のパターンだが、考えられない話でもなかった。
竜骨の溶岩地帯は大半がマグマに沈んでおり、探索できるエリアは限られる。記憶地図を眺めていると、どことなく既視感があった。
「……読めてきたぞ」
セリアスの脳裏に閃きが走る。
「湖底の神殿と同じで、溶岩の……水位といっては変だが。それを上下させることで、新しいルートが開けたりするんじゃないか?」
グウェノがぱちんと指を鳴らした。
「それだぜ! てぇことは、溶岩の下にお宝が……」
「地図を吟味してみないとなりませんね。でも、面白い発想だと思いますよ」
探索の方針も固まってくる。
「何はともあれ、いよいよ最後のタリスマンだ。心して挑むとしよう」
「はい。きっと、もうすぐ『すべて』が明らかに……」
タリスマンの探求も佳境を迎えつつあった。
セリアス団の行く先には真実が待っている。白き使者と黒き使者の思惑、そして三人目の『旅人』という言葉の意味――溶岩くらいで怖気づいてなどいられなかった。
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