第144話

 夜は久しぶりに皆で酒場に繰り出す。

「そんじゃあ、乾杯~!」

 泣き止まぬ湖(湖底の神殿)の探索は大きな稼ぎにもなった。まだ全部を売却できていないものの、当面は資金不足で喘ぐこともない。

 今夜は慈愛のタリスマンを見つけ、またジュノーを迎えての席となった。

 早くもグウェノが一杯目のグラスを空け、おかわりを注文する。

「いや~、まさかジュノーがザザだったなんてなあ。セリアスは知ってたのか?」

「気付いたのはフェスタのあとだ」

 内緒話をするには少々場所が悪かった。とはいえほかの客も口々に談笑しており、聞き耳を立てている様子はない。

「みなさん、このことは、その……メルメダさんには秘密でお願いします」

「あいつに知られたら、一気に広まるからな」

 ハインも顔を赤くして上機嫌に酔った。

「これで合点が行ったわい。だからセリアス殿はジュノー殿に部屋を提供したわけか」

「ああ。フランドールの大穴に誘ったのも、俺だったしな」

 ジュノーが右手の傷を見せつける。

「実はこれ、ソールで去年、セリアスにやられたんですよ。で……ふたりして、地下迷宮に落とされてしまいまして」

「メルメダも一緒に脱出したんだったな」

 城塞都市グランツを訪れるより以前、セリアスはソール王国でモニカ王女の護衛と、行方不明の国王を捜索する任務に当たっていた。ザザは王女を狙う刺客として現れ、セリアスと一戦交えている。

(モニカ王女じゃなく俺を狙ってた気もするが……)

 男性陣がビールを味わう一方で、イーニアとソアラはディナーをよそっていた。

「あまり飲みすぎないでください。マスターは『お弱い』んですから」

「……」

「ザザみてぇに黙ってないで、なんとか言ってやれよ? ハハハ」

 メンバーの関心はもっぱらジュノーに向けられる。

「本当にジュノーがザザだったんですね……」

「みなさんとは『こっちの顔』でも会ってましたから、驚かれるのも当然でしょう」

 ジュノーは音楽家として城塞都市グランツを訪れ、また同時に忍者としての活動を開始したという。その技量を高く買われ、マルグレーテに雇われた。

「僕の任務は第一にイーニアさんの護衛なんです。あとはセリアス団の動向を少し報告する程度でして……」

 そこまではセリアスたちも予想はついている。

「本当にそれだけなのか? あのマルグレーテは」

「はい」

 ジュノーは前のめりになって声を潜めた。

「僕も不思議なんですが……マルグレーテさんはタリスマンに興味がないみたいなんですよ。少なくとも、タリスマン絡みの指示は受けたことがありません」

 酒の味も忘れ、セリアスは険しい表情で腕を組む。

「どこかで介入してきそうなものだが」

「だよなあ……オレたちにまで無関心ってことはねえだろうし」

 マルグレーテ=グレナーハはグランツの名士にして、今やさまざまな方面でその手腕を振るっていた。白金旅団の件にも動じず、一ヶ月足らずで街を立てなおしている。

 ギルドとも巧みに足並みを揃え、開発に尽力してきた。

 最近ではバルザックの情報部とも連携を強化し、名実ともに城塞都市グランツの顔役となっている。当然、本国からの評価も高い。

 そんな彼女がスポンサーとして援助しているのが、このセリアス団だった。名士としての手前、馴染みのパーティーに支援しないことには示しがつかないのだろう。セリアス団くらいの規模のパーティーなら、分け前やらで軋轢を生むこともない。

「美味い話があったら乗せろ、ってだけで……基本的には放任主義だよなあ」

「とりあえずイーニアさんさえ無事なら構わないそうです」

 ジュノーは彼女の依頼を受け、イーニアの護衛に徹していた。ところが、正体を隠していられない事態となり、こうして素顔を見せている。

 それなりに酔っているはずのハインが、神妙な面持ちで呟いた。

「クロノスか……只者ではなかったのう」

「ああ」

 クロノスにはジュノーが煮え湯を飲ませてやったとはいえ、あれが全力とも限らない。あのザザになりすますなど、並みの芸当ではなかった。

「どうして偽物がいるってわかったんですか? ジュノー」

「僕は泣き止まぬ湖には一回も同行できてなかったんですよ。なのに、セリアスが『ザザも何度か』と話すものですから」

 顔の左半分が仮面の男、クロノス。彼の目的は『イーニア』だったらしい。

「イーニア殿は本当にあの男と面識はないのか? いや、疑っとるわけではないが」

「会ったことがありません……心当たりもなくて」

 当事者のイーニアは視線を落とすも、クロノスのほうはイーニアを知っている口ぶりだった。仮面から半分だけ見え隠れする、あの微笑が不安を募らせる。

「三番目の旅人、か」

「そんなことも言ってやがったっけ」

 何らかの比喩であるようにも思えた。クロノスから数えて、イーニアは三人目の『該当者』なのだろう。セリアスの脳裏でいくつかの推測が並走する。

「もしジュノーが来なかったら、あいつは何をした?」

 セリアスの謎掛けにメンバーは黙りこくった。

「そっちの店員! マスターにお飲み物を」

「ぶち壊すなっての。えぇと」

 グウェノがイメージを膨らませる。

「タリスマンを見つけたとこで、オレたちを後ろからバッサリ?」

「ついでに拙僧とグウェノ殿のを奪えば、一辺にみっつが揃うわけか」

 セリアスも最初に思い浮かんだのは、その展開だった。慈愛のタリスマンのもとまで道案内させたうえで、ほかのふたつも横取り――奪う分には賢い。

 しかしイーニアが口を挟む。

「待ってください。あのひとはタリスマンにさほど拘ってるようには……」

 その推理もおそらくは的を射ていた。クロノスの目的はもっとほかにあり、セリアス団の傍で虎視眈々とチャンスを窺っていたのかもしれない。

「僕の偽物も気になりますが……イーニアさん、セリアス、そろそろ『あの時』のことを詳しく教えてくれませんか」

 セリアスはイーニアと目配せして、ここは自分が話すことにした。

「わかった。実は――」

 赤い女神像によって『不気味な神殿』に転移し、そこで謎の女性に襲われたこと。撃退したあとで慈愛のタリスマンを発見したこと。セリアスにとっても少し現実味がない。

 ハインが大きな胸を撫でおろした。

「いやはや、セリアス殿が一緒でよかったのう」

「ハインさんの言う通りですよ。僕もあの時は失敗しました」

 やはりセリアスの読みは当たっている。

「あの女の狙いはイーニアだったな」

「私を……」

 湖底の神殿からして彼女の罠とも考えられた。

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