第141話
しかしクラーケンが大きすぎるうえに水が張っていては、時間が掛かってしまった。触手の叩きつけにも晒され、絶好の位置を押さえきれない。
ただ、ザザとグウェノは速かった。忍者は波の上をひた走り、グウェノのほうは叡智のタリスマンで水面すれすれを滑空する。
ふたりの俊敏な動きが触手の空振りを誘った。
「舐めてんじゃねえぞ、こんにゃろっ!」
だがグウェノの短剣では、太い触手には刃が通りきらない。
「……………」
それに対し、ザザは鮮やかに剣閃を放った。クラーケンの触手がチーズのように伸び、ぶちりと千切れる。
(……ん?)
不意にセリアスは違和感を覚えた。
ザザの太刀筋がいささかぎこちないのだ。いつもの彼なら、分厚い触手も綺麗な輪切りに仕上げられるはず。なのに切断面の端が潰れた。
「セリアス、来ます!」
「っ!」
触手を傷つけられ、クラーケンがいきり立つ。
クラーケンの吐き出す水泡は、アクアスプレッドにも匹敵した。
「こ、これしき……ぬおっ?」
直撃を受け、ハインが弾き飛ばされる。
「大丈夫か、オッサン? このクラゲ野郎っ!」
すかさずグウェノのタリスマンが暴風を起こし、残りの水泡を逸らした。
減らした分の触手が増え、本体の守りを固める。波も激しくなり、しっかり踏ん張っていないと、立ってさえいられなかった。
「捕まるんじゃないぞ!」
水中に引きずり込まれては成す術がないため、セリアスは攻めるに攻められない。
何よりの問題は、クラーケンの本体が穴の中央に陣取っていることだった。これではセリアスの槍やハインの拳は届かない。
「俺たちで引きつける! イーニア、お前は魔法で本体を狙え!」
「や、やってみます!」
ザザに庇ってもらいながら、イーニアが渾身のアクアスプレッドを放った。しかし大海の王に高水圧の弾丸は効果が薄く、二発目は触手で受け止められる。
セリアスも援護したかったが、水で濡れては台無しになるため、スクロールの持ちあわせがなかった。手当たり次第に槍で触手を突き、少しでもクラーケンの注意を引く。
「ウインドカッターで攻めるんだ!」
「はいっ!」
「そっか、そんならオレにも」
グウェノも叡智のタリスマンをかざすも、魔法に不慣れなせいか、風の刃を飛ばすことはできなかった。イーニアのウインドカッターは本体の手前で触手に阻まれる。
「だめです……私のウインドカッターでは切断できません」
「オレなんて撃てもしねえぞ? タリスマンさんよぉ」
セリアスの頭に作戦はあったが、メンバーは混乱しつつあった。
(敵が水の中にいるなら……)
グウェノが今考えているに違いない作戦(逃走)を、採用したくもなる。
セリアスの後ろから急にザザが飛び出した。
「……………」
「ザザ! お前、いつからそこに……」
水面を走り抜け、愛用の『菊一文字』で触手を引き裂く。
今度は綺麗に真っ二つになった。ザザはクラーケンの本体に肉薄し、すれ違いざまに変移抜刀・十文字を刻み込む。
「拙僧も負けておれんのう。どおーりゃあっ!」
ハインが触手の一本を逆に捕まえ、剛勇のタリスマンを輝かせた。桁外れの馬力を発揮して、クラーケンの巨体を引っ張り寄せる。
クラーケンの水泡はグウェノが竜巻で散らした。
「その調子だぜ、オッサン!」
さしもの大海の王も引っ張られ、切り刻まれて、のたうちまわる。
ザザは的確に片付ける触手を『選んで』いた。イーニアの前が開ける。
「離れてください、ザザ! ブリザード!」
真っ白な冷気が瞬く間に水面を凍てつかせた。
クラーケンはブリザードに煽られ、巨大な氷塊と化す。それと同時にセリアスとザザは足場を得て、クラーケンの本体に迫った。
「俺に合わせろ!」
「……………」
ザザの刀とセリアスの槍が、クラーケンの額を前後から串刺しにする。そこから氷が左右に割れ、ばらばらに砕けた。残っていた触手は倒れ、波も穏やかになる。
グウェノやイーニアは胸を撫でおろした。
「ふう~。ここじゃなかったら、もうちょい楽だったんだけどな」
「手強い相手でしたね……さっき『敵が弱い』なんて言ってたのが、恥ずかしいです」
ハインは首筋をこきりと鳴らす。
「タリスマンがなかったら、潔く退却しとったわい」
「オレはもう、セリアスがいつ『撤退』っつーてくれんのかと……?」
だが、セリアスとザザはまだ構えを解かなかった。
「逃がすか!」
セリアスの投げた槍が触手を掠める。
その陰から出てきたのは『ザザ』だった。しかしセリアスの隣にも彼はいる。
まさかの怪現象にイーニアやハインは困惑した。
「ザ、ザザがふたり……?」
「なんと面妖な……どうなっておるのだ?」
グウェノは驚きながらも、何かを悟ったようににやつく。
「どっちかが偽者ってことか。そいつの素性までは読めねえけど……ザザの格好なら顔を隠せるし、喋る必要もねえからな」
「で、では……今までも偽物だったかもしれぬ、と?」
ザザがセリアス団とともに湖底の神殿を訪れたのは、二回だけ。その前回にしても、セリアスは彼に少し違和感を覚える場面があった。
(俺やメルメダと一緒に坑道で戦ったザザは、本物だったはず……)
おそらく偽物は神殿の探索から紛れ込んでいる。
ふたりのザザは水面に立ち、穴の真上で合間見えた。片方は無名の刀を上段に、もう片方は菊一文字を下段に構え、静かに必殺の気を漲らせる。
セリアスたちは穴の脇で合流した。
「どっちが本物なんだよ? セリアス」
「すぐにわかるさ」
ザザとザザが跳躍するように水面を走り抜け、真っ向から激突する。
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