第138話

「そいつはタリスマンを見つけて欲しくて、言ったんだろーなあ」

「では、タブリスも踊らされておると……?」

 しかし意見を出しあったところで、今すぐ答えが出るはずもなかった。セリアスは息をつき、神殿の探索へと意識を戻す。

「続きは帰ってからにしよう。モンスターのお出ましだぞ、ハイン」

「どぉれ、軽く捻ってやるとするか」

 通路の角から蛙のモンスターが襲い掛かってきた。気色の悪い舌を伸ばし、鞭のようにしならせる。

 それをハインが引っ掴もうとするも、手が滑ってしまった。

「うおっ? ……こやつめ、ヌルヌルと!」

 油じみた唾液のせいで掴むに掴めない。逆にハインの腕を捕らえ、引きずり込む。

「ハイン、今助けるぞ!」

 変幻自在の動きをされては、槍で貫くのも難しかった。セリアスはハインの脇に隠れつつ、モンスターの本体に目掛けて突きを放つ。

 しかしモンスターはさらに舌を伸ばし、大きく距離を取った。

 ヌルヌルで締めつけられ、ハインは顔を赤くする。

「ぐぬぬ……大した力ではないのだが、気持ち悪くて敵わん……っ!」

 正直者のイーニアはあとずさった。

「あ、あのぅ……セリアス?」

「わかった、わかった。俺とグウェノでやろう」

「しょうがねえな」

 水中戦を想定しての装備のため、セリアスは剣を、グウェノは弓を持っていない。

 とはいえ、ふたりとも冷静に敵を見据えた。

「ありゃあドゥームトードだぜ。体液が油になるんだと」

「ここで火をつけるわけにはいかないな」

 セリアスはスクロールで氷を生成し、魔法剣の要領でそれを槍の穂先に留める。

厄介な粘液も冷気には弱く、あっさりと氷漬けになった。すかさずグウェノが二本のナイフを交差させ、モンスターの舌を地面に押さえつける。

「待たせちまったな、オッサン!」

 分厚い舌がぶちっと切れ、モンスターはのたうちまわった。

 とどめはセリアスが槍を投げ、口の中から喉を貫く。

「ふう……どうということはなかったな」

「待ってください!」

 ところが、後ろのイーニアが慌てて防壁を張った。ドュームトードの死骸から噴き出す毒素を遮断し、セリアス団は難を逃れる。

(……まあ、毒を持ってることは知ってたんだが)

 しかしセリアスもグウェノもモンスターの特性は熟知していた。ハインにしても、得意の法力で対毒の防御を固めている。

「イーニアらしくもねえな。モンスターにゃ詳しいほうだろ?」

「あ、はい。そうなんですけど……さっきのモンスター、前にも戦った気がしたんです」

 不安そうにイーニアは胸元に手を添えた。

「戦った気が、した? うろ覚えなのか、イーニア殿」

「夢で……私は火炎のスクロールで倒しました」

 セリアスたちは一様に首を傾げる。

「えらく実戦的な夢だのう」

「ああ」

「単なる夢だろ? 気にすることねえよ、イーニア」

 イーニアの顔色に引っ掛かるものを感じながらも、一同は探索に戻った。



 女神像を経由して、その日の夜には城塞都市グランツへ帰還する。

「ちょいと遅くなっちまったなぁ……」

「向こうで寝るよりはよかろう。イーニア殿、気をつけてな」

「はい。それじゃあ、また明日」

 先月で十六になったらしいイーニアは、早々にグレナーハ邸へと引きあげていった。男だけの面子となり、セリアスは肩の力を抜く。

「さすがに今回は、女子が一緒だと気を遣うな……」

「タオルとか共有するのも、あれだしなあ」

 何しろ頻繁に水中に潜っては、ずぶ濡れになるのだ。女子の場合は男性のように上着を脱いで乾かすわけにもいかず、大体の苦労はセリアスたちにも察しがつく。

「下着も気にしてたっぽいよな」

「……口に出すんじゃない」

 その反面、ハインはまるで平然としていた。

「そんなことを考えておったのか? おぬしら。けしからん」

「オッサンに言われたくねえっての……おとなしいじゃねえか、今回は」

「ソアラが待ってる。帰るぞ」

 ムッツリスケベの追及はほどほどにして、ロータウンの屋敷へ急ぐ。

 温かい夕食で迎えてくれたのは、メイドのソアラではなくジュノーだった。

「遅かったですね、みなさん。さあ、どうぞ」

 グウェノほどではないにせよ、男子にしては上出来のメニューがテーブルに並ぶ。

「やりぃ! タイミングがいいじゃねえの」

 ソアラが堂々と胸を張った。

「たとえマスターが遠くにいらしても、ちゃんとわかりますの。ついでにグウェノとハインの分も用意してあげたんですから、感謝してください」

「作ったのはジュノーじゃないか……」

 変わり者の女子が多いせいで、ますますイーニアがまともに思えてくる。

 セリアスたちは席につき、ささやかに乾杯を交わした。

「探索のほうはどうなんですか? セリアスさん」

 最近はザザが同行していないため、具体的に伝えておく。

「――こんなところだ」

「失楽園の壁画ですか……意味深ですね」

「ロッティ殿のほうの進展も気になるのう。だが、急かすのも……」

 とりわけ今回の神殿には、今までの秘境にはない『歴史性』が見え隠れした。水没した経緯も含めて、何かしらの謎が隠されている。

「メルメダさんもご一緒で?」

「いや……ザザのやつは何度か来てくれてるんだが」

 ザザが探索に来ないのは、音楽家としての方面が忙しいせいらしい。ジュノーは苦笑しつつ、素っ頓狂な話題を提供してくれた。

「そういえば、マルグレーテさんから妙な依頼を受けたんですよ。イーニアさんに近づく悪い虫を追い払って欲しい、と……どうして僕なんでしょう?」

 グウェノが笑い声をあげる。

「わはははっ! お前が手ぇ出したら、マルグレーテはどんな顔すんだろーな」

「七つくらい違うんですよ? まあ、魅力的な女の子とは思いますが」

「さすが美男子、そうやって女を口説いてきたわけか」

 セリアスも若い頃は爽やかな外見のおかげで『女磁石』などと呼ばれたが、すっかり縁がなくなってしまった。当然、イーニアやロッティは選択肢に入らない。

「しかし悪い虫を追い払うなど、どうやるのだ?」

「さあ……」

 もしかするとマルグレーテはジュノーではなく『ザザ』に命じたのかもしれなかった。

「そこらの男に『オレの女だから手を出すな』って言っときゃ、いいんじゃね?」

「誤解されそうなんですが、それ」

 セリアスは食事の手を止め、腕組みを深める。

「また若い連中が増えてきたからな……」

 マルグレーテの懸念はわからなくもなかった。このグランツには冒険活劇を夢見て、少年少女のパーティーが続々とやってくる。

 彼らに同世代のイーニアが声を掛けられることもあった。

 だが、フランドールの大穴は『冒険小説の舞台』ではない。生半可な実力では自分のみならず、仲間まで危険に晒す。

 湖底の神殿を目指す途中で全滅してしまった、素人同然のパーティーもいた。

 そのようなレベルの連中に関わっては、イーニアのほうが危ない。最悪、全滅の窮地で生き残ったとしても、その後の人生に大きな影を落とす恐れがあった。

「まあ確かに……イーニアはほいほい着いていっちまいそうで、怖いよなあ」

「あれで結構、器量よしだしのう。下心のある輩もいようて」

 誰もカシュオンの名を出さず、沈黙が続く。

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