第133話
水中でもコンパスは機能していた。アイコンタクトを取りながら、神殿を探す。
(廃墟……か)
湖の底では建物の残骸らしいものが埋もれていた。風下の廃墟と造りが似ており、同じ建築様式であることが窺える。
道なりに進むと、壮麗な神殿が見えてきた。
その神殿だけは毀れもせず、水中でも完全な姿を保っている。
正面の門は固く閉ざされていた。
(びくともせんな。壊してしまっていいものか……)
(こっちだ、ハイン)
しかし街で聞いた通り、神殿の手前には抜け穴がある。
(待ってください。水圧の変化が急ですから)
先頭のイーニアに歩調を合わせて、セリアスたちはゆっくりとそれを通り抜けた。
小さな水面を抜け、神殿へと足を踏み入れる。
「ふう~! 中は空気があんだな」
「なんとも面妖だのう」
抜け穴からはこぽこぽと泡が昇ってきた。内部に空気を供給しているらしい。
「そのままじゃ風邪をひくぞ」
「火はやめておいたほうがよかろう。燃え広がっては、逃げ場がない」
びしょ濡れの一行は上着の水を搾りつつ、魔法の熱源を囲んだ。防水鞄から地図や触媒を取り出し、探検の体勢を整える。
「思ったよりも明るいんですね。てっきり、坑道みたいに暗いものと……」
「ああ。これなら地上と変わらないな」
陽光は水深五十メートルの神殿にも届いた。おかげで照明の必要もない。
ただ、それは『異様』でもあった。いくら湖の水の純度が高いとはいえ、普通は日差しがこうも届くものではない。
入り口の抜け穴にしても、あとから掘られたものではなかった。まるで神殿が湖に沈むのを想定したかのように、合理的に造られている。
ハインが自慢の拳をこきりと鳴らした。
「そろそろ始めるとするか。ところで……おぬしら、得物はそれでよいのか?」
神殿の探索にあたって、セリアスは愛用の剣ではなく槍を携える。
グウェノも今回は弓を辞め、短剣を携帯していた。
「神殿の中もあちこち水に浸かってるって話だからさ。弓矢じゃ役に立たねえだろ」
「剣もな」
経験豊富なリーダーは仲間に念を押す。
「いいか。水中では絶対にモンスターを相手にするんじゃないぞ」
「わかりました」
備えはあるとはいえ、水の中で戦うべきではなかった。物理攻撃は威力がガタ落ちするうえ、使える魔法も限られる。
交戦を避けるには、第一に『見つからない』こと。
「この静かな湖に、それほどのモンスターがおるのかのぉ」
「慎重に行こうぜ。ミスで全滅、明日は我が身ってな」
記憶地図でも位置を確認しつつ、セリアスたちは湖底の神殿を進み始めた。
侵入者の気配を察したのか、蜥蜴のようなモンスターが姿を現す。ポイズンリザードは続々と集まってきて、紫色の舌を伸ばした。
グウェノが面食らう。
「気色悪ぃなあ、もう……!」
「なんだ、グウェノ。ああいうタイプは苦手か」
「あれが得意なんてやつ、いるわけねーだろ。なあ? イーニ……」
一方、イーニアは平然と魔導杖を構えた。
「来ます!」
「グウェノ殿より肝が据わっとるじゃないか。はっはっは」
ポイズンリザードの群れが後ろ足をバネにして、一斉に飛び掛かってくる。
セリアスの槍はモンスターの舌に絡め取られてしまった。しかしそれは作戦のうちで、敵の動きを止め、その隙にイーニアが魔法を放つ。
「ウインドカッター!」
ポイズンリザードは長い舌もろもと切り裂かれ、ばらばらになった。
グウェノもタリスマンの力で突風を起こし、モンスターをまとめて吹き飛ばす。
「へへっ! どうよ? オレの魔法は」
「やるじゃないか」
今までは魔法全般に疎かった彼も、知識と技術を伸ばしていた。負けじとセリアスも槍を駆使し、最後の一体を仕留める。
いの一番に構えたはずのハインに出番はなかった。
「蜥蜴に触りたくねえからって、オッサン……」
「い、いやいや! もう一匹おれば、この拳でと思ったんだがのぅ」
画廊の氷壁での探索を経て、セリアス団のチームワークも洗練されつつある。それに加え、タリスマンの加護も心強かった。
「槍も使えるんですね、セリアス」
「武器は一通りな」
水中でない限り、ここのモンスターとは対等以上に戦える。
だが、探索のほうは簡単にはいかなかった。
構造が単純なのはエントランスだけで、神殿の内部は『迷宮』と呼ぶに相応しい。水中のルートをあとまわしにしていると、早くも行き詰まる。
「コンパスはこの向こうを指してるんですけど」
「……………」
怪しい場所はザザとグウェノのふたり掛かりで念入りに調べた。
「どっかからまわれってことか。……こりゃあ、一筋縄じゃいかねえぞ?」
「……ああ」
迷宮は思いのほか『上下』にも幅がある。
行き止まりのようでも、道は頭上に続いていた。階段や梯子の類は見当たらない。
「グウェノ、お前のタリスマンで登れないか?」
「それがよ……風がねえとこじゃ、ほとんど飛べねえんだよ、これ」
クライミングするにしても道具がなかった。
続いて、水中のルートに当たる。
水面の下には大きな通路があり、そこから細い道が枝分かれしていた。ただしサメのモンスターが泳ぎまわっており、抜けるに抜けられない。
(あれを片付けないことには進めないな)
街でも噂の『ハンターファング』だった。これまでに何度も冒険者に倒されたが、不思議なことに一週間ほどで戻ってくるらしい。
ほかのパーティーは脈動せし坑道の新エリアに熱中していた。残念ながら、ハンターファングを倒してもらうことは期待できそうにない。
一旦、エントランスまで引き返す。
「邪魔だよなあ、あいつ……どうやって片付けるよ? セリアス」
「ああ……」
総力戦で挑めば、おそらく勝つことは可能だった。しかし被害は最小限に抑えたい。
「罠を張るのはどうでしょうか? グウェノにおびきよせてもらって……」
「なんでオレなんだよ……オレが戻ってきてからの扱い、酷くね?」
「……………」
「お前もなんとか言えっての。作戦会議だろーが」
輪になって相談していると、ハインがくしゃみを噴いた。
「へっぶし! ……すまん、すまん」
エントランスの天井を見上げ、セリアスは息をつく。
「明るいうちに引きあげるか」
「そうですね。記憶地図と市販の地図との照合もしたいですし」
探索の成果はまずまずといったところ。急ぐことはないはずだった。
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