第109話

 おそらくセリアスたちの捜索は中断されていた。イーニアがバルザックの要請を受け入れない限り、再開されない手筈なのだろう。

 彼らを助けたければ従え――バルザックはイーニアにそう要求している。

「考えてもみたまえ。たった数人で大穴を歩きまわるなど、危険なことだ。これまでのように次も上手くいくとは限らない。だが、われわれはれっきとした『軍』なのだよ」

 彼の言葉は正しくもあった。

 また六大悪魔に襲われようものなら、次こそ命はないだろう。フランドールの大穴がいかに危険か、すでにイーニアは身をもって思い知らされている。

 当然、全滅の際は自分が死ぬだけでは済まされなかった。

(セリアスも、ハインも……)

 仲間も死ぬ。白金旅団のターナと同じ悲壮な最期が、現実のものとなる。

 一方で王国軍の力を借りれば、大きなリスクは回避できる期待があった。桁違いの人員と物資を投入し、あっという間にタリスマンを集めてしまえる――かもしれない。

「悪い話ではないだろう? イーニア君。コンパスや記憶地図は君でないと使えないというし、君の魔導の知識も頼りにしてるんだ。もちろん、相応の礼はするとも」

 バルザックの話しぶりは自信に満ちていた。

「私と君でタリスマンを集め、決着をつけてやろうじゃないか」

 イーニアは俯き、両手でスカートを握り締める。

(決着を……)

 タリスマンが手に入るのだから、まさに願ってもない申し出だった。昔の自分なら歓迎し、王国軍への協力を惜しまなかっただろう。

 だが、そもそも自分は何のためにタリスマンを探しているのか。

『そんなことを言い出したら、俺の理由なんて単なる『好奇心』だぞ』

 セリアスの動機は好奇心に過ぎない。また、ハインやグウェノが求めているのは霊薬であって、タリスマンの探求は情報収集の一環でしかなかった。

 イーニア自身、師のアニエスタに命令されただけ。

 それでも――セリアス団にとって、タリスマンは唯一無二のものとなりつつある。

 ようやくイーニアの唇が開いた。

「……バルザックさん。私、お断りします」

 バルザックが眉をあげる。

「どうしてだい?」

「私が……セリアス団と一緒に探したいから、です」

 我ながら幼稚な理由が口をついて出た。

 王国軍とともに探すほうが利口だと、頭ではわかっている。仲間にタリスマンを持ち逃げされるようなこともない。

(グウェノだって大事な仲間なんだもの)

 それでもイーニアは、ハインを、グウェノを、セリアスを信じたかった。

 タリスマンを見つけるのは、彼らと一緒でなければ意味がないのだ。自分にとって。

「私を帰してください。セリアスたちを助けに行かないと……」

 いつしかイーニアの顔つきは毅然と引き締まっていた。

 バルザックが肩を竦める。

「意外に強情なレディーだね。……サフィーユ君!」

 彼の合図を待っていたかのように、女性騎士が飛び込んできた。

「きゃっ? か……返してっ!」

 力ずくでイーニアからコンパスと記憶地図を奪い取り、バルザックに手渡す。

「話をつけるのではなかったのですか? 少佐」

「痛いところを突いてくれるね。悪いが、あとは頼むよ」

 バルザックは去り、イーニアの傍には見張りの騎士サフィーユが残った。

「少し頭を冷やすことね、あなたも。セリアス団のことは心配いらないわ。今後の不干渉を約束するなら、これまで通りの冒険稼業に戻れるはずだから」

「で、ですけど……」

 丸腰のうえ触媒もなくては、逃げようがない。

それに、バルザックら王国軍に逆らうのも得策ではなかった。イーニアの決断にはセリアスたちの身の安全が懸かっている。

(どうすればいいのかしら……セリアス、私は……)

 夜空の月に厚い雲が掛かった。


 がちゃり、と音がする。

「さすがだな、ザザ」

 地下牢にて、連れの忍者は呆気なく牢の鍵を外してしまった。

「ついでにあいつも出してやってくれ」

「それには及ばん。ぬぅんっ!」

 ハインのほうは力任せに鉄格子を曲げ、脱出を果たす。

「わっはっは! これしきの牢で拙僧を捕らえられるものか。のう? セリアス殿」

「だったら、最初から捕まらないでくれないか」

 牢屋を抜け出すくらい、この面子なら訳もなかった。見張りの兵はすでにザザの手で昏倒させられている。

「相変わらず、鮮やかな手並みだな。メルメダは……放っておこう」

「にしても、警備が甘いのではないか?」

 ハインの危惧する通り、王国軍のほうにも落ち度はあった。ソールの地下迷宮から生還してきたような男たちを、この程度の牢で監禁できるわけがない。

 それはバルザックも重々承知しているはず。

「……とにかくイーニアを回収して、さっさと逃げるぞ」

「本当にイーニア殿もここへ?」

「バルザックの目の届くところにいるはずだ。ザザ、わかるか?」

「……………」

 ザザのあとを追って、セリアスとハインも忍び足で階段を上がっていった。

 セリアスの読みが正しければ、バルザックはイーニアに交渉を持ちかけるだろう。タリスマンの捜索に力を貸して欲しい、と。

「コンパスだけ取りあげて、自分で探すのではないか?」

「あれはイーニアでないと使えんし、丸め込めるようなら、そうするさ」

 強引な手段で事を進めては、イーニアの保護者であるマルグレーテと紛糾する恐れもある。最悪、友好関係にあるギルドと対立してしまう可能性もあった。

「イーニアが王国軍に従うなら、それまでだが……」

「やれやれ。拙僧らの立場も危ういものだ」

 ここでセリアスたちが暴れたところで、バルザックに大義名分を与えることにしかならない。今はイーニアを連れ、マルグレーテに頼るしかなかった。

 ザザがマスクの前で人差し指を立てる。イーニアの居場所に見当がついたらしい。

(……………)

(わかった。任せたぞ)

 道中で見かけた騎士は、セリアスとハインで落とす。

「鍛錬がなっておらんな。暇な時にでも、拙僧が鍛えてやるか」

「僧侶なら説法にしておけ」

 プロのザザは音もなく衛兵を沈めつつ、角の部屋へと近づいた。

丁寧なノックに応じ、女性騎士が出てくる。

「少佐ですか? 彼女なら……うっ!」

 それをザザの手刀が一撃。

(確か……タブリスの天才少女、サフィーユだったか。相手が悪かったな)

 忍者は素手でこそ真価を発揮する。無論、格闘技においてはハインも同等であり、この面子ではセリアスに出番などなかった。

 部屋の中でイーニアが驚く。

「ザ、ザザっ? セリアスも無事だったんですか?」

「話はあとだ。行くぞ」

 セリアスは彼女の手を引き、詰め所の廊下を駆け抜けていった。

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