第98話 忘却のタリスマン#3
昨夜のうちにグウェノはタリスマンを持って、故郷へ帰った。翌朝になってから、セリアス団の屋敷で事の顛末を聞かされ、イーニアは残念そうに肩を落とす。
「グウェノにそんな事情があったなんて……考えもしませんでした」
叡智のタリスマンを持ち去られたことよりも、グウェノの悩みに気付かずにいたことがショックだったらしい。セリアスとて後悔はあった。
「気にするんじゃない。詮索はしないルールで、と言い出したのは俺だからな」
さすがのハインも今朝は消沈する。
「そうか……やはりグウェノ殿は恋人のもとへ」
「知っていたのか?」
「前に飲んだ時に少しのう。実を言うと、拙僧も霊薬を探しておるのだ」
大きな手が取り出したのは、一通の手紙だった。御仏の都シャガルアに住む彼の妻子からのもので、これまでに何通も届いている。
ある一枚には文字でも絵でもなく、ぐちゃぐちゃの模様が書き殴られていた。
「拙僧の息子は……邪悪な呪いに掛かってしもうて、目が……」
大男のハインが涙を滲ませる。
父親が泣くには充分な理由だった。年端もいかない息子は呪いで光を失ったという。
「なのに……それでも笑っておるあの子が健気で……不憫で、拙僧は……ッ!」
「もういい、ハイン」
彼が大僧正の命を受け、フランドールの大穴の調査に来たのは本当のこと。だが、それはハインのため、あえて僧正が命じたものだった。
任務の間は好きにせよ、と。
「じゃあ、ハインもグウェノも同じエリクサーを……?」
「うむ。拙僧が診療所に務めておるのも、霊薬の情報が欲しくてのう」
エリクサーの力はセリアスも知っていた。不治の病に冒された者さえ、たちまちに完治し、活力を取り戻すことができる。
それだけに、王侯貴族は『命の保険』としてエリクサーを欲していた。フランドールの大穴でもすでにいくつか発見され、グランシード王国がまんまとせしめている。
(グウェノは秘密にしていたわけか)
セリアス団の目的が今、ひとつ増えた。
純度の高いエリクサーを探すこと。リーダーとしてセリアスは気を引き締めなおす。
「すまない、イーニア。せっかくのタリスマンをあいつに持たせてしまって……」
「……いいえ、いいんです」
イーニアはかぶりを振って、顔をあげた。
「私たちだけでも頑張りましょう。けど、トレジャーハンターはどうするんですか?」
「しばらくの間、ザザに働いてもらうさ」
タイミングを見計らったようにジュノーが居間にやってくる。
「グウェノさんのお部屋、荷物はほとんど残ってますよ。身体ひとつで帰ったみたいですね……故郷のほうで何かあったんでしょうか?」
「家族が事故に遭ったそうでな」
イーニアたちの手前、彼のことはあくまで『部外者』の体で通しておく。
(今回の件はザザを通じて、マルグレーテにも流れてるはず……興味がないのか?)
ザザの、ひいてはマルグレーテの目的は読みきれなかった。タリスマンを狙っているのなら、グウェノを見送るはずがない。
「……さて。ギルドで次の秘境に見当をつけるとするか」
「すまぬ、セリアス殿。拙僧は診療所で患者が待っておるのでな」
「構わないさ。俺とイーニアで行ってくる」
当分はリーダーの仕事も増えそうだった。情報通で顔の広いグウェノがいなくなったことで、不便も多くなるだろう。
(俺にないものを全部持ってたからな、あいつは……)
不愛想な自分が商談に出張っても大丈夫かと、不安になる。
「行ってきます、ジュノー」
「お気をつけて」
セリアスはイーニアを連れ、ギルドへ。
掲示板の前にはいつも以上のひとだかりが出来ていた。一際大きな依頼書を眺め、冒険者たちは口々に意見を交わす。
「王国軍主導の作戦だってよ。どうする?」
「報酬はあんのか? これ。おれたちに何をさせる気でいるんだか……」
セリアスたちも輪に入り、王国軍からの依頼に目を通した。
『軍は現在、脈動せし坑道を走りまわっている、例の化け物を討伐するための作戦を検討中である。作戦にあたっては冒険者諸君の力も借りたい。積極的な協力を求む』
脈動せし坑道の噂を思い出す。
「これって、トロッコのお化けのことでしょうか?」
「ああ」
坑道では最近、奇怪なトロッコが縦横無尽に走っていた。すれ違いざまに軽度の毒ガスを吐きかけてくる程度だが、その正体は未だ掴めていない。
王国軍はその討伐に乗り出し、人員を募っていた。どうやら大規模な作戦を計画しているようで、情報部の騎士が律儀に質問に答える。
「今回の作戦は本国の了承を得ておりませんので、報酬のほうは……ただ、みなさんにお楽しみいただけるものを企画しております」
「はっきりしねえなあ。まっ、気が向いたら手ぇ貸してやるよ」
王国軍と冒険者の関係は以前ほどギスギスしていなかった。バルザック少佐がギルドや冒険者たちに色々と便宜を図ったこともあり、互いに歩み寄りつつある。
イーニアが小声で囁いた。
(タリスマンは絡んでると思いますか? セリアス)
(いや……だが、気にはなるな)
坑道ではすでにコンパスが役目を果たし、セリアスたちは氷壁への道を開いている(その先に結局タリスマンはなかったのだが)。トロッコも六大悪魔ではないだろう。
とはいえ、まだ次の目的地は見当もついていない。それにセリアス団だけがハイペースで大穴を踏破していては、怪しまれる恐れもあった。
「俺たちにも手伝わせてくれないか」
「もちろんです! では後日、作戦会議にお越しください」
セリアス団が名乗りをあげたところへ、ひとりの冒険者が近づいてくる。
「その話、俺のキングスナイトも乗ったぞ」
実力派のパーティー、キングスナイトを率いる強面の騎士。グランシード王国の出身であり、その名をデュプレといった。グウェノとは付き合いが長いらしい。
「グウェノがいないとは珍しいな。やつはどうした?」
「里帰りしてるんだ」
「ほう……まあいい。少し付き合え」
セリアスとイーニアは首を傾げつつ、デュプレとともに外に出た。
念入りに周囲を警戒したうえで、彼が口を開く。
「気をつけろ。お前たち、王国軍に目をつけられてるようだぞ」
「……なんだって?」
心当たりなどなかった。セリアス団は表向きごく普通のパーティーを演じている。
「どうして王国軍が私たちを?」
「うちの仲間が情報部を探った時、そんな話があったとさ。やつらは秘境にも出入りしてるが……つけられたりしたことはないか」
セリアスたちははっとした。
画廊の氷壁のベースキャンプで一度、セリアス団は情報部の一行と鉢合わせになっている。あの時、バルザックたちは長い道のりをUターンで帰っていった。
ベースキャンプの視察が目的で、早々に用事を済ませたとしても、不自然ではない。しかしバルザックの思わせぶりな態度は引っ掛かった。
「バルザックか。あの手合いは敵にまわすと、厄介そうだな……」
「同感だ。忠告はしたぞ」
デュプレは踵を返し、ギルドへ戻っていく。
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