第87話

「そうだ、もうひとつだけ教えてくれ。何十年か前に、ここに妙なやつが来なかったか」

 不老不死の彼であれば、知っているかもしれない――そんな期待があった。

「……ふむ。やつらのことか」

「じゃあ、白き使者も黒き使者も、あなたと……?」

 タリスマンは白き使者がフランドールの大穴に隠したと、ロッティは推測している。また、それを黒き使者が攪乱したらしいことも、可能性として考えられた。

 白き使者は何かしらの意図をもって、それを実行したのだろう。

「探求を続けていれば、わかる時が来る。私に言えるのはそこまでだ」

「……そうか」

 エディンは黙して語らず、疑問だけが残る。

 そんな彼の態度にセリアスは一種の違和感を覚えた。

(言いたくないのか……言えないことなのか?)

 道化のチャリオットは別として、この王にセリアスたちをからかう素振りはない。六大悪魔に対処できるよう、コンパスに新しい力も与えてくれた。

 ただ、真剣な表情でありながらも、大事なところで口を閉ざす。

 エディンは最後に少しだけ仄めかした。

「剣士よ。タリスマンをみっつ集めたら、再びここへ来るがよい。その時こそ、すべてを教えてやろう。タリスマンの意味と、そなたのなすべきことを」

(……剛勇のタリスマンがあることはお見通しか)

 何もかも見透かされているらしい。

「色々と世話になったな。礼はいつか、必ず」

「ありがとうございました」

 セリアスたちが部屋を出ると、扉は固く閉ざされる。

「あのひとは一体……」

「俺たちのような凡人には理解できんさ」

 シビトの王エディンとの邂逅。そして六大悪魔の脅威。フランドールの大穴で何かが始まろうとしている――セリアスはそう予感せずにいられなかった。


 エディンの背後で青い炎が揺らめく。

「……お前か、クロノス」

 それは奇抜な風貌の青年となって、にんまりと笑みを浮かべた。顔の左半分を仮面で覆い、右腕にはチェーンつきのロケットをぶらさげている。

「さっきの剣士と少女、どちらに興味がおありで?」

「両方だとも」

 不老不死のエディンとて、この世のすべてを知りはしなかった。

だが、あのハーフエルの少女を見た時、ぴんと来た。フランドールの大穴で今、何が起こっているのか――エディンには想像がつく。

 白き使者と黒き使者の思惑にも。

「付き合いの悪いお前が、今夜に限ってどうした?」

「聡明なる我が王のことですから、お気付きになったのかと思いましてね」

 ただ、それは決して口にしてはならなかった。たとえシビトの王であっても、パラドクスを生み出せば、クロノスによって消去される。

「忘却されしタリスマン……か」

 夜空では月がこうこうと輝いていた。


                  ☆


 翌朝、グウェノは元気に目を覚ます。

「迷惑掛けちまったな、みんな。本当にすまなかったぜ」

「あれに襲われて、この程度で済んだのだ。グウェノ殿が気に病むことはない」

 デュラハンの追撃を振りきることができただけでも、昨日は御の字だった。しかし荷物のほとんどを失い、セリアス団は早朝から途方に暮れる。

「ヒッヒッヒ……何かお困りで?」

「うわっ? なんだよ、こいつ……骨しかねえぞ?」

 チャリオットのおぞましい風貌には、さしものグウェノもたじろいだ。

 イーニアはもう慣れたようで、平然と不気味な道化師に尋ねる。

「チャリオット、このあたりに女神像はありませんか?」

「はて、女神……あれのことでしょうか? お庭にございますとも」

 幸運にもシビトの城には、あの『女神像』があった。セリアスもほっとする。

「これで街へ帰れるな。まったく……一時はどうなることかと」

「こんなとこに長居は無用だろ? 帰ろうぜ」

 セリアス団はコンパスで女神像の力を引き出し、風下の廃墟へと転移した。

 雨には降られてしまったものの、ここからグランツまでの道のりなら、距離もモンスターもたかが知れている。

「また改めて礼に行かねばならんなあ、セリアス殿」

「そのことだが……昨夜、俺とイーニアはあの城の城主と会ったんだ」

 歩きながら、セリアスは昨夜の件をハインとグウェノにも伝えた。

「シビトの王エディン、か……」

「ひょっとして、タリスマンを狙ってんじゃねえのか?」

「どうかな……」

 エディンの意図が知れず、セリアスたちは頭を悩ませる。

 彼は『タリスマンをみっつ集めたら、再びここへ来るがよい』と言った。全部ではなくみっつ、というのも引っ掛かる。

「……とりあえず、第二のタリスマンを見つけ出すのが先決か」

「それなんだけどよ。オレ、わかったんだ」

 グウェノが調子よく指を鳴らした。

「コンパスはずっと画廊の氷壁を指してただろ? あれって、脈動せし坑道からのルートじゃなくて、正規のルートのほうってことじゃねえ?」

 セリアスもはっとする。

「なるほど。その可能性はあるかもな」

 脈動せし坑道からなる『裏のルート』は、女神像に導かれ、辿り着いた。その先にはセリアスたちを試すような仕掛けがあり、タリスマンの存在を仄めかしている。

 ところが終点にはドラゴンの巣があっただけで、画廊の氷壁から出てしまった。

 イーニアが推測を立てる。

「徘徊の森の大樹と同じで、ほかのタリスマンも白き使者が誰かに託したとしたら……それが、あの巣のドラゴンだったんじゃないでしょうか?」

「だが、竜は巣におらなかった。……ふむ」

 ハインにも察しがついたらしい。

 周囲に足跡が見当たらなかったため、おそらく巣の主は翼を有していた。それがタリスマンを持ったうえで、大穴の上空を飛びまわっているのかもしれない。

「動きまわられちゃあ、探すのも骨が折れそうだなぁ」

「しかしコンパスに変化はない。もしかしたら、ほかにも巣があるんじゃないか?」

 とにもかくにも次の方針は決まった。

 やがて城塞都市グランツのゲートが見えてくる。

「やっと帰ってこれましたね」

「ああ。……酷い目に遭ったもんだ」

 セリアス団は無事にグランツへ帰還し、その日は羽根を伸ばすことにした。

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