第40話 若き日の戦い

 そんな彼に肩を貸しながら、セリアスはエスメロードに問いかけた。

「あなたはバロンと違って、理性を保ってるようだが……城下町で、いや王国じゅうで大騒ぎになってるのを、知らないわけじゃないだろ?」

「ええ。陛下の乱心だなんだと、根も葉もない噂が流れてるようね」

 あくまでもエスメロードにとって『王は正義』らしい。

「これより我が王は異界の魔王すら従え、完全無欠の支配者としてお目覚めになるの。私の役目はその儀式が終わるまで、誰ひとりとして城へは近づけないこと」

 エスメロードが手をかざすと、ゾンビ兵らは一斉に武器を構えた。

「冒険者風情が首を突っ込むべきではなかったわね。悪いけど、死んでもらうわ」

 セリアスとニッツはウォレンを担ぎつつ、その場を退く。

「ウォレンがこれじゃあ、戦えねえ! ここは一旦退却するぜ、セリアス!」

「ああ! やってくれ!」

 ニッツの火炎魔法が真っ黒な煙を巻きあげた。聖なる灰を触媒としたため、邪悪なゾンビ兵どもは近寄れずにたじろぐ。

 その隙にセリアスたちはエスメロードから距離を取った。

「ウフフ! 無駄なことを……逃がすと思って?」

 彼女もゾンビ兵も追いかけてこない。

 なんとか三階には戻ってこられたものの、二階への階段は結界で封鎖されてしまっていた。外壁の窓にも同じ障壁が張り巡らされている。

 ニッツは苛立ち、柱の根元に蹴りを入れた。

「あのアマッ! オレたちなんざ、いつでも簡単に料理できるってか」

「まずいな……」

 エスメロードとの力量差を痛感させられ、セリアスの顔も曇る。

 とりあえずウォレンを休ませるべく、バロンの部屋へ。悪いと思いつつ骸骨の妻子をベッドからのけ、彼を寝かせる。

「すまない、ふたりとも……おれとしたことが」

 その表情は疲れ果て、額に玉の汗を浮かべていた。蛇に変化せずとも、呪いによって精神的な消耗を強いられているのだろう。

 四騎将のエスメロードとは、ウォレン抜きで戦わなければならない。

 セリアスは水筒に口をつけ、ふうと息をついた。

「さっきから気になってたんだが……なぜ彼女はあんなにも悪魔の力を使って、自我を保ってられるんだ?」

「バロンの書き置きによりゃあ、ヤツも何か失ってんだろォ?」

 四騎将はスタルド4世に唆され、力と引き換えに大きな代償を支払っている。そのために先ほどのバロンは最愛の妻子を奪われ、狂ってしまった。

 同じことがエスメロードにも当てはまるはず。

「それでも陛下のため、なんていう健気なタイプじゃねえよなァ、あれは」

 彼女はロイと顔見知りのようだったが、まるで容赦がなかった。エスメロードにそうまでさせるものが、忠誠心だけとは思えない。

「フォッフォッフォ! お困りのようじゃの、お若いの」

 不意にしわがれた声がした。セリアスとニッツはぎょっとして振り返る。

「あ、あなたは?」

「何者だい、ジイさん」

 そこには粗末なローブをまとった、うらぶれた老人がひとり。彼は真っ白な眉の下で目を見開き、とりわけセリアスの顔つきをまじまじと眺めた。

「わしが誰であろうと、今は構わんじゃろう? それよりエスメロードの弱点を教えてやろうと思うてな。どうかね? フォフォフォ」

 セリアスはウォレンを庇いつつ、剣に手を掛ける。

 只者であるはずがなかった。この老人はセリアスたちの今の状況を知っている。しかし信用できるかは別として、エスメロードの弱点とやらは無視できなかった。

 ニッツが投げやりに肩を竦める。

「聞くだけ聞いてやるぜ。話してみな」

「うむ! 年寄りの言うことはちゃんと聞くもんじゃ」

 老人は顎鬚を撫で、思わせぶりに鼻を鳴らした。

「鏡じゃよ。あのベッピンに鏡で、自分の顔を見せてやってみい」

 呆気に取られ、セリアスとニッツは顔を見合わせる。

「……鏡って、これですか?」

 バロンの部屋には妻子のためのものらしい鏡が置いてあった。そこに老人の、年老いながらも気さくな笑みが映り込む。

「おぬしらがエスメロードを倒せるとすれば、それしかあるまいて。健闘を祈るぞ」

 彼は杖で身を起こし、よたよたと部屋を出ていった。その言葉を鵜呑みにできるほど、セリアスたちは迂闊でいるつもりはない。

「どうする? ニッツ」 

 今なお苦悶するウォレンを一瞥し、ニッツはにやりと唇を曲げた。

「そりゃ、潮時ってこったろ? オレはテメエらと一緒に死ぬ気はねえ」

 期待はあっさりと裏切られる。

「……本気か?」

「テメエこそどうなんだよ。ここで死ぬつもりかァ?」

 もとよりセリアスにしても、見ず知らずのスタルドの民のために命を賭しているわけではなかった。この国の港に用があった、それだけのことに過ぎない。

「ちょいと癪だが、オレはあの女につくぜ。じゃあな、セリアス、ウォレン」

 ニッツは悪びれもせず、セリアスたちに背を向けた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る