第27話
少し行った先にはテントが張られている。
「自己紹介が遅れたな。おれの名はキロ。白金旅団で僧魔法を担当していた」
「俺はセリアス。それから、こっちが……」
このテントは白金旅団がマンドレイク採取の際、使っていたものだろう。テントの中には寝袋のほか、スコップやバケツなど、道具も一通り揃ってあった。
「そっかあ……さっきの群生地は白金旅団のだったのか」
「探索のルールは知ってるだろ? その時採取できたやつのものであって、おれたちが独占してたわけじゃない。……ここのは、おれたちしか知らない穴場だったらしいが」
キロの言葉は節々が過去形になっている。白金旅団は彼を残し、全滅したのだ。
「ここまで来るとは大した連中じゃないか。……っと、適当に座ってくれ」
「拙僧にはちょいと窮屈だのう。もう少し詰めてくれんか、グウェノ殿」
「へいへい。……さて、と」
全員で両脇に詰め、中央にハインを迎える。
普段は口達者なグウェノも押し黙り、セリアスに目配せした。一行のリーダーとして、セリアスはおもむろに口を開く。
「……聞いていいのか?」
「そのつもりで来たんだろ? いいさ、おれも聞きたいことがあるんだ」
キロは俯き、痛々しいくらいに唇を噛んだ。今度はグウェノが慎重に問いかける。
「あんたはもうグランツを出てったものと思ってたぜ」
「逃げても、すぐに捕まると思ったのさ。ほとぼりが冷めるまで、身を潜めていようってな。……ここなら、しばらくは過ごせるだろ」
徘徊の森ならグランツから近く、大したモンスターも出なかった。それでいて、大抵の冒険者は木々に惑わされ、ここまで辿り着くことはできない。
物資も充分にあり、隠れ場所としては最適だった。グランツから逃亡した者が、まさか秘境に潜伏しているとは、誰も思わないだろう。
「街のほうはどうなってる?」
「オレが話すぜ。多分、あんたも想像してんだろうけど……」
キロは目を瞑り、グウェノの話に黙々と耳を傾ける。
白金旅団の壊滅によって、城塞都市グランツに激震が走ったこと。王国調査団や軍部、貴族の間で長らく緊張が続いたこと。
一時はタブリス王国が近隣諸国から責任を問われる事態にもなった。
キロが突然、笑い声をあげる。
「はーっはっはっは! タブリス王国の連中め、ざまあねえな!」
セリアスたちは一様に目を点にした。仲間を失ったばかりの冒険者が、こうも能天気に笑えるはずがない。
「……キロ、何がそんなにおかしいんだ?」
「いいぜ、お前らには教えてやるとも。城塞都市グランツの真実ってやつをな」
ひとしきり笑ってから、彼は声のトーンを落とした。
この地はかつて未曽有の災厄に見舞われたという。大穴から這い出てきた、生ける屍――彼らは『シビト』と呼ばれ、大陸じゅうのひとびとを恐怖に陥れた。
そして大穴を領有していたために、フランドール王国は防衛ラインとして、シビトとの熾烈な戦いを強いられたのである。
近隣諸国もフランドール王国への援助を惜しまなかった。無論、それはフランドール王国を『盾』としたかっただけのことだろう。
フランドール王国がシビトを滅ぼすことに成功したのは、五十年ほど前のこと。
「子どもの頃、昔話で何度も聞かされたさ。英雄キースがシビトの王を倒した、とな」
「あんたはフランドールの出身なのか」
その甲斐あって、フランドール王国は大穴に関して強い発言力を持ち、『大穴に関わってはならない』と諸国を抑制し続けてきた。
しかし長い年月を経て、ひとびとはシビトの恐怖を忘れてしまった。
「タブリスも大穴とは昔から隣接してたからなぁ……これだけの土地だぜ? フランドールが引くんなら、チャンスだと踏んだんだろ」
「そう。まさに『咽から手が出るくらいに』ってやつさ」
フランドール王国に代わって、北東のタブリス王国が大穴の権限を掠め取り、今の状況ができあがっている。その目的は第一に資源であり、大穴の西方面でゆくゆくは海上交易も視野に入れていた。城塞都市グランツはそのための足掛かりとなる。
キロが口元に人差し指を添えた。
「……おかしいと思わねえか? 災厄の当時は『大穴にタリスマンがある』なんて、誰も知らなかった。噂が流れ出したのはほんの十年前だ」
セリアスの脳裏で点と点が繋がり、線となる。
「冒険者はタリスマンを求め、グランツに集まる……なるほどな」
「え? どういうことですか?」
まだイーニアはそこまで推測できていないらしい。ハインは神妙な面持ちで、今まさに皆が思っている結論を口にした。
「タリスマンの伝説はタブリス王国のでっちあげ、ということだ。イーニア殿」
すべてはフランドールの大穴にひとを集め、開発を進めるため。
タブリス王国が大穴へ派兵し、本格的に制圧を進めようものなら、近隣諸国の反感を買うことになる。そこでタブリス王国は冒険者らに目をつけた。
冒険者が自由に探検する分には、タブリス王国の関与するところではない。だからこそ表向きはギルドに権限を与え、好きにさせている。このほうが他国出身の冒険者も集まりやすいうえ、タブリス王国が兵力や人材を損耗することもなかった。
「そうとなりゃ、大穴で見つかったっていう『宝石の剣』も怪しいぜ?」
グウェノの推察にキロが頷く。
「おれたちもこの五年間、馬鹿正直に探検してたわけじゃない。王国を探って、掴んだのさ。……あの剣はタブリス王家に代々伝わる、秘密の宝だってな」
タブリス王家の宝剣が元・フランドール王国領から出てくるはずがない。彼らは宝剣の存在が秘匿されていることを利用し、さも大穴で見つかったかのように演じたのだ。
「俄かには信じられんな……よもや、裏でそのような策謀があったとは……」
「信じるも信じないも、お前らの自由さ」
かくしてフランドールの大穴には大勢の人間が集まり、城塞都市グランツはなおも発展を続けている。それだけに、白金旅団の一件はタブリス王国の出鼻を挫いた。
馬鹿馬鹿しそうにキロが肩を竦める。
「だからよ、タブリス王国の口車に乗せられて、命を粗末にするこたぁねえ。タリスマンなんてものは存在しない。……いいじゃねえか、それで」
「で、でも……」
イーニアは困惑しつつセリアスに目配せした。
(コンパスは反応しているんだ……魔具はあるのか?)
セリアスは意を決し、白金旅団の唯一の生存者であるキロに尋ねる。
「そろそろ教えてくれないか。このフランドールの大穴で白金旅団は……何を見た?」
「……いいだろう。遭遇しちまったんだよ、おれたちは……やつに」
いよいよ核心に迫りつつあるのを予感し、皆も息を飲んだ。
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