第23話

 イーニアの朝はグレナーハ邸の一室から始まる。

 フランドールの大穴を探索するため、当主マルグレーテの厚意もあり、イーニアはここで世話になっていた。支度を済ませたら、マルグレーテとともに朝食の席につく。

「おはようございます。マルグレーテさん」

「ええ、おはよう」

 今朝のメニューはきつね色に焼けたトーストと、黄身のぷっくりとした目玉焼き。グレナーハ邸のシェフが腕によりをかけ、ポテトサラダも添えてくれる。

 窓の外はぽかぽかと陽気が満ちていた。週末にはうってつけの快晴ぶりで、散歩にでも行きたくなる。

「いいお天気ですね。マルグレーテさん、今日はどちらへ?」

「花壇でも弄って、ゆっくり過ごすつもりでしてよ」

 先日の演奏会を経て、白金旅団の件も落ち着いた。マルグレーテもようやく激務から解放され、穏やかな笑みをたたえている。

「ところで……イーニア、今日はあなたにやって欲しいことがありますの」

「なんですか?」

 マルグレーテは温かいミルクの香りを煽った。

「セリアス団のことですわ。私、まだセリアスさんやグウェノさんのことをよく知りませんから……あなたに一度、彼らの調査をお願いしようと思いまして」

 彼女の真意が読めず、イーニアはきょとんとする。

「……どうしてですか?」

「つまり……」

 マルグレーテによれば、スポンサーとして、セリアス団のメンバーのことはプライベートもある程度は把握しておきたいという話だった。お抱えの冒険者の素行に問題があるようなら、スポンサーの名誉にも関わってくる。

 ただしセリアス団には『互いに詮索はしない』というルールがあった。ハインが妻宛ての手紙で大陸寺院と連絡を取っているらしいことも、グウェノが何やら小遣い稼ぎしているらしいことも、メンバーの間では不問となっている。

「勝手に調べたりして、いいんでしょうか……」

「度を越えなければ問題ありませんわ。みなさんがどんなふうに休日を過ごしてるのか、それだけのことですもの」

 戸惑いはあったものの、彼女の依頼を居候のイーニアが断れるはずもなかった。

 それにイーニア自身、少し興味もある。

「そうそう。ついでに、ギルドにこの依頼書を出しておいてちょうだい」

「はい。わかりました」

 イーニアは依頼書を受け取り、席を立った。


 城塞都市グランツでも週末は大半の住人が休日を満喫している。

 大陸の西方諸国は週七日制であり、土曜の仕事は平日の半分、日曜は休日という習慣が当たり前となっている。行きつけの魔法屋も扉に『定休日』の札を掛けてあった。

 秘境から帰還してくる冒険者のため、ギルドは日曜日も営業している。とはいえ、受付の窓口がひとつ開いている程度で、冒険者も少なかった。

 常連の戦士がイーニアに声を掛けてくる。

「よう! セリアス団んとこの紅一点じゃねえか」

「おはようございます」

 最初の頃は『どこの小娘だ』と疎まれていたが、セリアス団の一員として実績をあげるうち、こうして話せるようになってきた。

「グウェノのやつが言ってたぜ。吟遊詩人に気があるんだって?」

「ジュノーのことですか? 考えたこともありませんけど」

 適当に相槌を打ちながら、イーニアは受付で依頼書の提出を済ませる。

「セリアス団のみんなは来ませんでしたか?」

「グウェノなら、さっきまでいたっけ。マーケットにだけ寄って、帰るってさ」

 セリアス団の情報通、グウェノの足取りは早くも掴めた。日曜は決まって彼が食事当番のため、マーケットで食材を調達するつもりだろう。

「ありがとうございます。それじゃあ」

「おう。不愛想な団長によろしく」

 不愛想という一言がツボに入り、噴き出しそうになってしまった。

(セリアスったら、もう……)

 われらがリーダーのセリアスは剣の腕前が一流で、サバイバル技術やスクロールの知識にも長け、とりわけ生存本能というべき勘に優れている。その一方で口数は少なく、誰に対しても仏頂面だった。

 それを傍で巧みにフォローしているのが、お調子者のグウェノ。

 イーニアはグウェノを追って、東通りのマーケットに向かった。道の両側では露店が所狭しと並び、呼び込みに精を出している。

「いらっしゃい! うちのフルーツはどれも新鮮だよー!」

「靴の修理でしたら、ぜひ当店へ!」

 グランツに来る前のイーニアは、ある魔導士とともに人里を離れ、暮らしていた。たまに近くの村に買い出しに行くくらいだったため、街というスケールは初体験となる。

(本当に大きなところね)

 十年前は前線基地でしかなかったグランツも、あちこちとパイプを繋げ、今では新鮮な食材が市場に並ぶほどになった。

 これではグウェノを見つけるのも難しい。

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