高みの見物B案
アリスは重々しい足取りで螺旋階段を上っていく。
囚われの塔には殆ど人気が無かった。
アリスのシルヴィアの待遇改善の嘆願書が聞いたのではなく、恐らく、戦いに備え、人員異動があったのだろう。
それに加え、カッとなったアリスがシルヴィアを殺してしまうというシナリオはもう既定事項なのだろう。
「……」
だが、扉の前に辿り着いたアリスは背中に手を回し、拳銃を隠し持つ。
家族からの愛情、それはアリスが生まれてからずっと欲しがっていたものだ。
アリスが扉に手を掛けた時、脳裏に様々なことが浮かんだ。
此処まで塔に人が少なくなっていたのだ、その内に逃げ出してくれてはいないか。今、この瞬間、トリスタン軍が彼女の救助に来ないか。
だが、しかし、扉を開けた先には――。
「アリスさん、御機嫌よう」
「シルヴィア……陛下」
やはり、変わらない光景が広がっていた。
憎むべき相手にも関わらず微笑みを浮かべるシルヴィアと、その傍らに居続けるエリー。
どこか、白い毛並みを持つ、人懐っこい、穏やかで気高い犬を思い出させるような二人だ。
「随分、人の気配が減ったように感じられます。
もしかして、アリスさんが便宜を図ってくださったのですか?」
「え、ええ……まぁ」
「やはり、そうですか。
私達の為に、ありがとうございます」
おっとりと微笑むシルヴィアを、直視することが出来ず、アリスは視線を逸らした。
今までいろんな相手と渡り合ってきた。工作員に、大使館員に、テロリスト相手に、拷問、尋問、交渉……だが、こんな純粋無垢な笑みを浮かべる相手は初めてだった。
まったくもって、銃口を向けることが出来ない。
「……ジークさんは元気にしていますか。
なんだか、外の様子が騒がしいようなので、気になってしまって」
「あっ……」
王国軍基地に赴いたときジーク・アルトが死亡したとの未確定情報も入っていたことを思い出し、アリスは思わず、間の抜けた声を上げてしまった。
まるで、ああ、そういえば、死んでいたと肯定するかのように。
その瞬間、シルヴィアの表情が一気に曇った。
「ジークさんに……何か、あったのです、か……?」
「い、いえ! まさか、そんなことは! 」
「……。
やっぱり、私は貴女の手のひらで踊らされていたのですね。
私も、私の大事な人も弄ばれていただけ……」
「話を聞いてください!
大丈夫です、確かに陛下が危惧されている通り、この国では現在、反乱が起きようとしています!
ですが、全て不確定なことです。ですから、ジーク・アルト少佐は無事な筈です! 」
アリスは顔面蒼白になって、シルヴィアを落ち着かせようとする。
幼少期から克服できずにいるアリスのトラウマ、ニムバスの顔を真っ赤にして怒鳴り散らす姿。
けれども、今はもっと恐ろしかった。
怒鳴られない、殴られない、それなのに、何が恐ろしいのか、具体的にはアリスにもわからない。ただ、シルヴィアの微笑みが一切消えたのが、恐ろしくて仕方ない。
そんなアリスの懇願を押しつぶすかのように、次はシルヴィアの瞳から光が消えた。
「では、先程から必死に何を隠しているのですか?」
「……っ!?」
「拳銃ですね、私を撃ち殺すための……」
「こ、これは只の護身用です……っ」
「ニムバス宰相は、国内での緊張、そして、首を縦に振らない私に嫌気がさし、貴女に始末を命じた。
そうですね?
……なら、もういいです」
「えっ……」
「エリーさんは解放してください。
その代わり、私の命を差し上げます。
アリス・アイロット大佐、私を撃ちなさい。
いいです、もう、助けなんて来ませんから。
私を助けてくれたあの人が居ないのなら、もうこの世界になんて未練はありません」
シルヴィアは凍てつくような眼差しで、アリスの瞳を見つめた。
額に汗をかきながらも、アリスは背中に回した右腕をゆっくりと動かす。
"お父様、私、試験で98点を――貴様、何故完ぺきではない!?
お、お父様、こんどこそ、満点を――つまらん、つまらん、インコのように同じような自慢をぺらぺらと!
今度のピアノの発表会には来られませんか、お父様……はっ、時間の無駄だ!
アリス、お前は優秀なのだから、私の期待に応えてくれるはずだ"
「っ……!
私は何も間違ってない!
親の期待に応えて何が悪い、私が正しい!
お覚悟を、陛下!」
一瞬の迷いの後、アリスは右腕を宙に払うようにして、その銃口をシルヴィアに向けた。
……筈だった。
だが、確かに手の中に収めていた筈の拳銃は宙へと飛んで行ってしまった。
勢い余ったわけではない、誰かが右腕を掴んでいる。アリスが唖然として振り返ると、そこには完全にノーマークだったエリーの姿があった。
シルヴィアと同じ、いや、もっと、漆黒よりどす黒い無機質な瞳を向けて。
「は、放せ……!」
アリスは必死に振りほどこうとするも、長身のアリスよりも一回りも、二回りも小さいエリーは全く放れそうになかった。
「ねぇ、お人形さん。
あなたはお人形、そうだよね?」
「何を言っている!? 私は誇り高き軍人――!」
「君主に使えている意味すらも分からないのに?
かわいそうなお人形、糸に操られているだけなのに、自分には意思があると思い込んでいる。
……その糸に操られている腕折ってあげるよ」
「や、止め――!?」
ボキ、そんな音と、甲高い悲鳴が塔に響いた。
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