爆発と断末魔と愛を込めて
壁が爆破され、その土煙が視界から取り除かれると、二勢力は相対した。
一秒よりも短いほんの一瞬、どちらの勢力とも、この光景に唖然としていた。
その一秒以下の時間、一番先に動いたのはやはりこの男だった。
「――撃て」
ジークは短い命令を下すと、本人は即射撃を開始した。
それの声に弾かれるように、リストニアの兵達は、民兵集団よりも先に射撃を開始した。
確かに動揺を隠せなかったが、嘘か真か、ジークは戦闘が起きると連呼していたので、しっかりと遮蔽物の後ろに隠れて、構えては居たからだ。
一方、自分達の目前に現れるのは、哀れな子羊ばかりだと思い込んでいた民兵たちは完全に胴体を無防備にさらけ出した状態で、思考停止していた。
だが、無慈悲に容赦のない射撃は、そのことを考慮しなかった。
「ま、待ち伏せだ!」
「後ろから来ている奴を止めてくれ!」
「あ、足がぁ!」
勢い良く突撃したのは良かったが、その分、勢い余ったせいで前方の部隊は、事態を把握しきれていない後方部隊の突進をもろに受け、総雪崩を起こした。
「やったぞ!」
「訓練通りだ!
いつまで経っても、俺達が何もしてこないと思うなよ!」
「何が解放戦線だ! 勝手に居座る居候の分際で、生意気だったんだよ!」
逆に喝采を上げたのは、リストニアの兵達だった。
彼等もまた、ラッセル解放戦線に苦しめられていた立場なのだ。
先程までの動揺は何処かに消え失せ、勢いそのままに、壁の中に逃げ込もうとする民兵たちを追いかけようとした。
だが、冷静な声が彼等を止めた。
「待て」
「ジーク少佐殿、しかし、これは好機ですぞ!
奴らを根絶やしにできるのは、今しか――」
「拠点防衛シナリオ、状況3、忘れたのか? 」
それは、机上訓練で兵達がジーク相手と戦い木っ端みじんにされたシナリオの名だった。
「そ、それは……はっ、承知しました」
兵達は名残惜しく、壁に空いた大穴を見つめたが、敗北から学んだ訓練通りに、事前に用意したバリケードから散らばった遮蔽物ガレキに身を隠した。
暫し、無音が続き、やはり敵を追い詰めるべきでは、と誰かが再度進言しようとした時だった。
壁の中から、空気を引き裂く音がし、直後、兵達が身を隠していたバリケードが木っ端みじんに吹き飛んだ。
再び立ち上った土煙を、どかすようにして、がたがたという騒音と共に現れたのは、灰色の戦車だった。
戦車は獲物は何処だと、言わんばかりに砲身であたりを見渡す。
だが、視界の悪い戦車では、物陰から自分を見ている者達の存在に気づけていないらしい。
「……訓練の時は、理不尽だと思ってた。
だって、たかだか、民兵が戦車を持ってるわけないと思い込んでた。
本当に持ってたんだな……」
「しかも、リストニアの旧式戦車じゃないか、畜生。
……とにかく、ジーク少佐の命令に従って良かった。飛び込んでたら、肉片になってたぞ」
「だが、此処からどうするんだ?
この部隊には、バズーカ砲なんてないぞ。
訓練では、特殊編成部隊が対応すると言った話だったが……」
「ああ、ジーク少佐と、隊長がって。
本当にできるのか、そんなこと」
ジークの作戦によると、瓦礫の中から様子を伺う兵達がやるべき行動は待機だ。
だが、まごまごしていると、先程帰っていった連中が戻ってくるだろう。
彼等ははらはらと状況を見守った。
◇
戦車の右方に飛び散った瓦礫の影に、二人の人影が潜んでいた。
「……それで、本当に私達二人で戦車を破壊するのか?」
「ああ、何か問題でも?」
「これでも私は士官学校では、中々頭が良い方だった。
教本通りに採点するなら、対戦車兵装が無ければ、友軍が来るまで、逃げるのが最適解。
よって君の考えはバッテンだ」
「確かに、そのとおりだ。
……さぁ、早く友軍を呼んできてくれ」
「来てくれるわけが無い。
事態を知って、末端から、方面軍司令部に情報が行って、軍のお偉いさんが政府のお偉いさんに言って、宰相閣下殿の顔色を確かめながら行うのが我が国の政だ。
そんなものを信じるぐらいなら……な」
エミリーはジークの方を横目で見た。
どうやら、ジークは完全に彼女の信頼を勝ち取ったらしい。
ジークは自分の足元に攻城の作業員が落としていったのだろうか、バールのようなものを見つけ、それを拾うと満足げな表情を浮かべた。
幾つかのやり方から、より良い方法を思いついたようだ。
「じゃあ、始めるか。
俺が戦車を仕留める、その背後にスモーク散布を頼む」
「了解!」
やはり、狭い視界で苦労している戦車が向こうを向いた隙に、エミリーはその後ろにスモークを投げつけた。
白い煙が、体制を立て直そうとしていた戦車と民兵たちを遮断する。
その時、ジークは戦車の下へと、駆け足の速さで近づくと、戦車に飛び乗った。
そして、混乱し、ゆっくりと砲塔を振り回している戦車の上を悠々と歩くと、持っていたバールを使って、ハッチをこじ開けた。
「何も見えない、歩兵を呼ぶのだ! ――誰だお前は!?」
「そんなとこからじゃ、何も見えないだろう?
せっかくの最期の景色なのに」
そして、狭い内部に手榴弾を投げ込み、丁寧にハッチを閉めなおすと、煙の中、悠々とエミリーの元へと帰って来た。
背中に爆発と断末魔を添えて。
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