まずは形から
民兵指揮官の地下のお楽しみ部屋。
確かに、彼の言う通り、彼が持つ鍵でしか入れず、無駄に金を賭けた防音性能付きだ。
しかし、悪者という者は古来より、秘密の隠し通路を用意しているものだ。
例えば、下水道に繋がる隠しトンネルなど……そんな、ありきたりなものは戦場が実家のジークにしてみれば、隠しているの部類に入らないのだ。
とにかく、音も、気配も無く近づいたジークは男の背後から注射器を奪うと、有無を言わす隙すら与えずに、針を突き刺したのだ。そして、感度千倍となった男の指を逆方向へと。恐らく、これは男が想像していた使い方とは違うだろう。
だが、男が言った感度千倍というのは、あながち嘘でもなかったようだ。
「んあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!
たずけてぐれぇ!」
男のサイレンのような絶叫が部屋中に響き渡り、先ほどの威勢は何処に行ったのか、陸に上げられた魚のように、ピチピチと床を転げ回っていた。
尚、男自慢の邪魔者が入らないようにするための防音室は、完璧に機能しており、誰の耳にも命乞いは届かなかった。
ジークはその様子を失笑しながら、暫くの間眺めていたが、飽きたと呟くと、囚われのエミリーの元までやって来た。
「あ、ああ……」
一応は、物語の騎士のように、囚われの姫君を颯爽と助けに来たジークではあるが、如何せん行いが惨すぎるので、エミリーは怯えてしまった。
だが、それを気にすることなく、ジークは彼女の拘束後を外すと、静かに床に座らせ、床に捨てられていた彼女の軍服の外套を着せた。
妙に手馴れているのは、ジークが囚われの女性を助けたのが、これで二度目だからだ。
少し落ち着きを取り戻したエミリーは、ジークにお礼を言おうとした。
だが――。
「あ、ありが――」
「殺れ」
ジークは拳銃を彼女に手渡し、もう片方の手で、今だ激痛から脱せず、転がり回っている男を指さした。そして、殺せと言った。
「い、いや……! それは……出来ない。
そいつは我が軍が追いかけて居た大物なんだ。
当局に引き渡して、罪と仲間の居場所を追及する。罪を償わせるのは、正義たる我が国の司法が――」
「途中からしか話を聞いてなかったが、大体想像つく。
どうせ、この男とこの国の偉いさんは繋がっていたんだろう?
こいつをムショ送りにしたとしても、どうせ、直ぐに出て来るさ。
それどころか、お前のことを怨みながら出て来るぞ。こういう奴のプライドの高さは異常だからな。
まぁ、別にまた同じ目に合いたいのなら止めはしない。その時に、俺が来るかどうかは気分次第だがな」
「……っ」
先程の恐怖を思い出し、エミリーは思わず自分の身を抱き寄せた。
そして、腰を抜かしたまま、拳銃を構えたものの、指が硬直してしまい弾丸を放てない。
その様子を見たジークは軽く笑うと、先ほど渡した拳銃を彼女の手から抜き取った。
「大体、俺みたいなテロリスト野郎なんて……じゃなかった。
こんなテロリスト野郎の死にざまなんて、こんなものでいいのさ」
一度、自身のとんでもない言い間違いに苦笑した後、ジークは泣きわめいている男の足に向かって、拳銃を乱射した。
「んがああああああああああ! やめてくれぇ! ああああああああああああああ!」
「見ろ、オットセイみたいだ」
感度が何倍であろうが、普通鉛球を撃ち込まれたら痛いものだ。しかも、見事なコントロールで的確に致命弾を避け、傷めつけることに特化した射撃を繰り返されれば、なおさらだ。
鬼畜の所業をいとも簡単にやってのけるジークに、エミリーが怯えていると、ジークは彼女に言った。
「これは俺から警告だ。
死にたくないなら、お前もやれ」
「死にたくないなら……?
まさか、私が加担しなきゃ、私を殺す気なのか……!?」
「いいや、お前がお前自身に殺されるんだ。
もし、お前が何もせずにここを出られたとしても、毎日、毎晩、今日のことを夢見るだろう。嘔吐、失禁、眠れない日々を何回繰り返す気だ?
そんな夢を見た次の朝、大勢の部下の前に立って、今まで通り堂々と演説できるのか?
街を歩くことは出来るのか?
誰かと目を合わせて話せるのか?
俺はそうして案山子みたいになった奴を何にも見て来た」
「そ、それは……もしかして、貴方は復讐を遂行した人なのか……?」
「まぁ、そうだったかもしれない。
復讐は自分の手で完遂しろ。
何で、自分の恨みを、他人頼みにしないといけないんだ?
それで何が拭われる?
此処でこいつを殺せば、夢で出て来るこいつだって殺せる筈だ。
そもそもトラウマにすらならない。
自分で踏みつぶしたゴキブリ野郎に怯える馬鹿が何処に居る?
――殺せ」
物騒な言葉遣いと裏腹に、エミリーに拳銃を握らせるジークの手は温かかった。
その手を包むように、拳銃を受け取ったエミリーは、身体中の震えを断ち切り、男の元へと歩み寄った。
「痛いぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!」
「……さっきから五月蠅い、私は彼の言葉を一音も聞き流したくないんだ」
「うがあああああ、何をいってるのか、よくわかんなぁい! ああああああああああああ! 痛いんだよぉぉぉぉぉぉ!」
「っ……。本当に、怯えていたのが馬鹿馬鹿しい。
分かった、楽にしてやろう」
エミリーは極めてまじめな性格だ。
何かに憧れると、その為に懸命に努力する。
彼女はジークに憧れ、ジークのようになりたいと思った。
恐れる気持ちを抑え、上から見下すように。
まずは形から、ジークの真似から入ろうと思った。
「待ってくれ! 待て、待って、待ってくれぇ! 殺さない――!」
「ああ、分かってる。
ふふ……急がず、ゆっくりな」
だが……そう時間がかからないうちに、彼女は自分の意思で引き金を引き始めた。
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