日常の終わり
「よいしょっと」
帰ってきてから、俺は詩織から頂いたぬいぐるみを飾っていた。
右からクマ、ヒヨコ、オオカミ。そして、隣に今日のウサギを置いていた。……うん、こうして見てみると、やっぱ可愛いよな。みんな。
男の俺がこういう趣味を持ってるというのは恥ずかしい気がするけど。
まあ、可愛いからしょうがないよなぁ。どうしようもないよなぁ。
「おーい、道也~。今日はうちの家で食べるからもう帰るね~」
ぬいぐるみを満足して眺めていた俺の後ろから、照の声が聞こえてきた。
「そうか。今日は寂しい夕食になるな」
「私はそれ以上に心配だなぁ……。ちゃんとお皿洗える? 電子レンジ使える? 食べ終わった後の炊飯器の釜には水を張るんだよ? かぴかぴになるからね?」
「大丈夫だって! てか、お前は俺の母親かよ!」
確かに一昨日は炊飯器に水張り忘れて大変な目にあったけど!
とまあ、こういう照の冗談に、俺はいつものように答えた。
変な意味なんて何もない、極めて普通の軽口だったはずだ。
だけど、対する照の顔は微かに笑ってるだけだった。目は笑っていなかった。
「そっかぁ。私は道也のお母さんか」
ぼそっと呟かれた照の言葉が部屋の中に響いた。それぐらい静かだった。
……なんか気まずい空気。何だ、そんなに俺の母親呼ばわりが嫌だったのか?
そんな冗談が頭に浮かんだけど、多少の冗談すら許さない雰囲気があったから言い出すことができないでいた。どうしよう、何をすれば良いのか。
「あ、うさちゃんのぬいぐるみだ~! かっわいい~!!」
と、思いきや、そんな雰囲気をぶち壊したのも照だった。
あれこれ悩んでいた俺を傍目に、ウサギのぬいぐるみを弄っている。
……何が何だか分からない。けれども、ひとまずこの場を収められたようだ。
「これってさ、手作りだよね。道也には作れそうにないのに」
「あ、ああ。それは俺の親切なクラスメートが」
「うん、知ってるよ。吉永詩織さんでしょ。あの金髪で、キレイな娘」
「えっ……。話したことあったっけ?」
照が、詩織を知ってたとは。俺の知らない裏で面識があったのか。
不思議に思った俺に対して、照はちょっとだけ口元を緩ませた。どこか悲しさを隠しているような、そんな感覚を覚えさせるものだった。
「ないよ。でも知ってるよ、知ろうとしてるから。だけど道也は、私のこと」
「わ、私のこと?」
「ううん、何でもない。じゃ、また明日ね、ばいばい!」
心が引っかかることを呟いて、照は部屋を出ていった。
帰り際の彼女は笑顔だったけど……得体の知れない陰りがあった。
「だー! またかよ! ボス前でよー!」
夕飯を食べ終えて、お風呂にも入って、もう寝る支度が終わった俺。
そんな俺は今日も今日とてパソコンに向かってゲームをやっていた。
やってるのは有名な、とあるブラウザゲー。今の俺が1番ハマってる奴だ。
……本来なら、明日が締切だった課題をやらないといけないんだけど。この手のゲームって、ついついやっちゃうんだよな。姑息な真似を。
課題はクエストが終わってからで良いか。そんな言い訳をしてゲームに没頭する。
そして、その裏ではネットサーフィン。ゲームの攻略記事を見るためだ。
いつもならWikiとまとめサイトの2つだけど、イベントになると高速で攻略する廃人レベルのブログ管理人が出してる記事の方が早いからブログを見ていた。
俺が特に信頼するサイトの記事を見ていると、下に気になるものが目に入った。
「何これ、怪物の出る悪夢……?」
普段は見向きもしない、オカルトサイトの胡散臭い見出しだった。
特にこれは嘘っぽい。何だよ、怪物って、悪夢って。意味がわからねぇ。
それなのに、今の俺は何故かクリックしていた。不思議なことに。
中継のサイトを経由して、飛び出した黒いページ。そのサイトの記事を読む。
――夜の12時ちょうどに寝ると、奇妙な悪夢を見ることがあるという。
気づいた時には変な屋敷の中に居て、そこには“怪物”がいるらしい。
それは友人、彼女、あるいは家族。夢を見た本人の身近な人を模したもの。
その夢を見てしまったら、朝を迎えるまで怪物たちから逃げなきゃならない。もし逃げ切れなかった場合は、その怪物に残酷なやり方で殺されてしまう――
と、まあ、変な脚色を抜きにすると、このような内容が書かれていた。
……まあ嘘だよな。この手の話は。すぐにそのウインドウを閉じた。
ホラゲーとか怖い話は嫌いじゃないけど……信じられないよな、普通。
というか、情報が少なすぎる。本来、こういったお話ってひとりかくれんぼみたいに特定の儀式だとか条件とかあるはずなのに。まったく書かれていない。
それに知り合いに似た怪物が出るとか。俺が見たなら照や詩織、ゆのねぇとか?
うん、やべぇ。みんなが怪物になってるところ、まったく想像できねぇな。というか、怖くなさそう。いや、照やゆのねぇあたりは怖そうだな。いろいろと。
まっ、あれこれ考えたけど現実味がなさすぎるんだよな、やっぱ。
気を取り直して、今やってるゲームの攻略記事でも見ようとした時だった。
「ふわぁぁぁ……」
大きな欠伸が出た。自分でも驚くほどの。
何故だか知らないけど眠い。急激に眠気が襲ってきやがった。
それも頭が回らない、それどころか寝ること以外を考えられないくらいの。
「もう寝るかぁ。ふわぁ」
パソコンを閉じて、布団のところで横になった。
そうすると瞼の重さが加速する。そして、俺は眠りに落ちていく。
眠りにつく直前に見えた時計の針は、偶然にもちょうど12時を示していた。
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