第16話 私のことをわかってくれるんだから。

 真波は五年前の事件を追っている警視庁の捜査本部に顔を出した。伊達はあの日の二日後、自ら出頭した。証拠がない反町殺害についても自供し、その罪を認めているおかげで、この捜査本部にも事実上の勝利宣言が出ていた。

 人気アパレルの不祥事とあって、マスコミは一斉に食いついた。業績の悪化は避けられないが、きっと大沢が被害を最小限に食い止めることだろう。その実績を引っさげ、今度はリスクマネージメントの分野にも手を広げるかもしれない。

「よう、ネエちゃん。アンタも頑張ったな」

 ベテラン刑事から褒められた真波は、照れくさそうに笑った。

「皆さんが足で情報を稼いでくれたおかげですよ」

「俺たちは大したことしてねえよ。まあ、神奈川は大変だったらしいけどな。髪の毛を探したり、半径二キロの映像を探したりで、徹夜続きだったらしいぜ。それでも犯人が捕まれば、労われるってもんだよな」

「ホント、それは実感します」

「それにしても、アンタの啖呵は見事だったな。あのベラベラ能書き垂れる博士がタジタジだったもの」

「いやいや、みっともない所を見せてしまって」

「そんなことねえよ。神奈川の連中も言っていたけど、スカッとしたぜ。正直言うとよ、サッチョウの人間は気取っていて、感じが悪い印象があったんだけど、ネエちゃんを見て見直したよ。また調整が必要な時には、アンタと仕事がしたいね」

「えっ、あ、はい。こちらこそ宜しくお願いします――」

 褒められて悪い気はしなかったが、真波には引っかかるモノがあった。それを確かめるため、再び氏家研究所へ足を運んだ。


 有吾の研究室前まで行くと、中からモーター音が聞こえて来た。なんだろうと思いながらノックする。

「どーぞー」

 いつもの間延びした声を受けて中に入ると、真波は有吾が乗っているモノを見て目を丸くした。

「な……なんですか、それ」

「セグウェイだよ、見りゃわかんだろ」

「研究費の臨時ボーナスでも入ったんですか」

「株取引で儲けた金で買った自前だ」

「へえ、いいなー。私も乗りたい」

「いやなこった。一昨日来て、顔を洗って明後日出直してきな」

「時系列がややこしいですよ。どうせすぐに飽きるでしょう。そうしたら乗せてもらいますよ」

「お前がいる限り、飽きても乗り続ける」

「これだよ……だからB型は嫌われるんです」

「嫌われてナンボの商売だからいいんだ」

「まったく意味がわかりませんけど」

「そこにチョコがあるから、食っていいぞ」

 応接セットのテーブルに、チョコレートの箱があった。真波はソファに腰掛けて手を伸ばす。

「ラッキー。疲れているので、ちょうど甘いモノが食べたかったんですよ。これって有名な高級チョコレートじゃないですか。すっごい高いやつ」

「俺クラスになると、高級でないと口に出来ないんだよ」

「ホットドックやドーナツで喜ぶくせに」

「なんだって?」

「なんでもありませーん。いっただきまーす」

 一口含む。コクと甘みが絶妙なハーモニーを奏でた。

「おいしー。それにしても随分と株で儲けたんですね。何の株を買ったんですか?」

「買ったんじゃねえ、予めダテ・モードの株を空売りしていたんだよ。下がったところで買い戻して、差額を手に入れたってわけ」

「さすが博士、頭良いですね。伊達社長が逮捕されてから、株価は急降下ですから相当儲かって……ちょっと待って!」

「なにか問題か?」

「それってインサイダー取引じゃないですか!」

「なぜ? 俺は会社関係者でも金融取引関係者でもない、氏家研究所の単なる研究者だぜ」

「だって社長が逮捕されること、知っていたじゃないですか!」

「でも法が定める定義には該当していない。無罪♪ 無罪♪」

 ノリノリの有吾に真波が白い目を向ける。

「法には触れていなくても、社会的には信用失墜行為でしょう」

「元々俺に社会的な信用なんてねえよ」

「それもそうですね」

「少しはフォローしろや。お前もチョコを食ったんだから、同罪だぞ」

「こんなあくどいことをするようでは、博士も大沢弁護士と同質ですよ」

「何を言っているんだ、俺はアイツよりも極悪非道だぜ」

「威張って言うことではないでしょうが」

「それで、今日はなにをしに来たんだよ。また新しい協力依頼か?」

「いえ、ちょっと確認したいことがあって」

 真波はセグウェイで動き回る有吾を見つめた。

「博士は心理学が専門なんですよね」

「心理学『も』専門な。今は噓発見器の開発に夢中だけど」

「人の気持ちがわかる博士が、自治体警察を怒らせた。それってわざとですか?」

 有吾はキョトンとした表情を見せた。

「当たり前じゃねえか。警察庁からの依頼には、調整を上手くやって自治体警察のポイントを稼ぐことも含まれていただろ」

「だから怒らせるようなことを言い、自治体警察がサッチョウへ信頼を寄せるよう、その相手役を私にさせたんですね」

「お前、わかっていてノッたんじゃねえの?」

「実は、今になって気づきました」

「取り調べの時にお前ら警察も使う手だろ。良い刑事と悪い刑事を同時に入れて、揺さぶりをかけるやつ」

「警察庁の職員は現場捜査なんてやりませんから、知りませんよ」

「アブねえ奴だな。一歩間違えば空振りで終わっていたのか」

「予め打ち合わせしてくださいよ」

「それくらいアドリブで対応しろっての。捜査は生き物なんだぜ」

「だから捜査なんてしないんですよ。今回がレアケースなだけで」

「自治体警察へ出向することもあるんだから、感覚を鍛えておいても損はないだろ」

「確かに、美しさと可愛らしさのハイブリット型である私が捜査能力も備えたら、向かうところ敵なしですもんね」

「……お前、みんなから嫌われるだろ」

「そうなんですよねえ。目上の人には特に。生理的に受け付けないみたいで」

「人間は上澄みしか掬わないからな。お前が『妄想女子』と自称するまでになった理由をわかろうとしねえんだよ」

「どういうことです?」

「満員電車の中で、若い男が優先席に座っていた。目の前には妊婦が立っている。お前はそれを見てどう思う?」

「席を譲れと思います」

「だろうな。以前にも話したが、生物はわずかな情報で瞬時に結論を出す仕組みになっている。襲われているのに考え込んでしまい、逃げ後れたら大変だからな。だが外見は普通でも、その若者が心臓に難病を抱えていたらどうだ?」

「……席を譲れなんて言えません」

「そう、真実を知れば見方も変わる。人は真実を追及せずに出した結論で思い込みを固めてしまうから、誤解してしまうし、何の罪もない人が冤罪に巻き込まれる」

 有吾は真っ直ぐ真波を見つめた。おもわずドキッとするほど、澄んだ瞳で。

「高校生の時、お前は父親を突然亡くした。上司から聞いた話しでは、心が壊れてしまうのではないかと周囲が心配するほど、泣き崩れていたそうだな。その時、お前の脳が自分自身を守るために、軽度な解離を始めたんだよ。何でもポジティブに考え、根を明るくしてキャピキャピと振る舞う新しい性格、今のお前だ」

 確かに真波自身が言った。中学生の頃の自分は、教室の隅でひっそりと咲く花のようだったと。

「その事実を知らないから、みんなお前を誤解して嫌う。だが、事実を告げる必要なんてない。告げなくても本当のお前を理解してくれる人はいる。わずか数名かもしれないが、多ければ良いというものでもない。その理解してくれる人たちこそ、お前が本当に大切にしなければならない存在なんだよ」

 自分の心を守るために、自分に嘘をついている。真波は無意識のうちに泣いていた。ハッキリと形のわかる雫が頬を伝う。それを拭いながら、真っ赤に晴らした瞳を有吾に向けた。

「だったら博士のことも大切にしなければいけませんね。私のことをわかってくれるんだから」

「俺様は天才だから見抜いただけだ。別にお前がどうなろうと知ったこっちゃねえよ」

 そう減らず口を叩く博士の瞳には、純真な真波の姿が映っていた。

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