第15話 それでも人間ですか!

 静寂の会議室で、有吾は表情を歪めていた。正面に座る大沢は真顔で、その表情を読み取らせまいと抵抗しているように見える。その隣にいる伊達は縋るような視線を大沢に向けていた。

「この仮説はやはり、成立したようだな」

 有吾は満足そうに頷く。訳がわからない真波は訊ねた。

「なぜ、そんな結論になるんですか」

「五年前の事件から順を追って説明してやろう。まず、向井は殺害現場にいた『YES』と新島がそれを目撃した『YES』の場合、それでも向井が犯人である『NO』が成立する条件を考えた。走って逃げたという状況から導かれたのが『向井は事件の目撃者』という端子だ」

「ちょっと待ってください。殺人現場を目撃していたのなら、真犯人を知っているはずでしょう。誤認逮捕を受けた時点で、真犯人を告げれば済む話しですよ」

「当然そう考えるよな。現場は目撃したが、薄暗くて犯人の顔が見えなかった可能性もあるが、そうであるならば向井が救急車なり警察なりに通報していたはず。なにもせずに現場を離れた条件を満たす端子は、『犯人を庇った』から」

「だから裁判において、真犯人に対する言及を避けていたんですか」

「殺害現場を目撃した向井は勘違いをしたんだ。社長は嫌がらせを受け、アイディアまで盗まれた自分のために反町を戒めてくれたが、それが元で二人は揉み合い、殺害にまで発展したと。まさに『認知の歪み』だな」

「事実は違うんですか」

「ああ。だが勘違いした向井は、事実を墓場まで持って行く覚悟で裁判を受けた。伊達はただの社長ではない。学生時代から経済的な援助までしてもらっていた恩人だ。裏切れないという気持ちが強く働いたことだろう」

 有吾は余裕ある笑みを浮かべながら伊達を見た。

「ここまでで、何か言いたいことはあるか?」

 伊達は思わず身を乗り出したが、大沢がそれを止めた。不利な言質を取られないよう、黙っているように助言する。

「何も言わないのなら続けさせてもらうぜ。アンタの元夫人から話しを聞いたんだよ。離婚原因について口封じの契約がなされていたから、自分の気持ちだけを語ってもらった。彼女が言うには元夫の浮気を疑っていたという。だが、相手が誰なのか最後まで明らかに出来なかった」

 伊達は口をつぐんでいたが、忙しなく指先を動かしていた。

「一方、反町は向井に嫌がらせをしていたが、その手口があまりにも女々しい。だが、誰に聞いても反町から女の存在が浮かび上がらない。女の陰を感じながら、その存在が見えないんだ。アンタと反町、似たような状況にあると思わないか」

 伊達は貧乏揺すりまで始めた。有吾はジワジワと攻めていく。

「そこで俺は一つの仮説を立てた。もしも反町が『女の脳』を持っていたとしたら」

「それってもしかして……」

 気づいた真波が目を見開いた。有吾はゆっくりと頷く。

「アンタと反町がデキていた、そうだろ」

 伊達はキツく目を閉じた。心をえぐられたような痛みを感じたのかもしれない。

「母一人子一人の反町は、幼少の頃から自分がしっかりしなければという思いが強かった。知らぬ間に周囲がそれを期待していたのかもしれない。しかし、成長するほどに自分の性別に悩むことが多くなっていった。その迷いを振り払うように男らしさを追及した。女の脳が強くなるほど、より男らしく振る舞う。だが本能の疼きは抑えきれず、プライベートでは女の一面を見せるようになっていた。そうさせたのは伊達社長、アンタかもしれないが」

「だったら伊達社長も性同一性障害ということですか?」

「コイツは同性愛者だよ。いや、正確に言うとバイセクシャルか。俺は別に恥じることではないと思うぜ。信長が蘭丸を愛でたように、戦国大名も男遊びをすることは往々にしてあったからな。だが、世間の目はそうはいかない。ダテ・モードは男らしさを追及しているブランド、そのトップが男と寝ているとあっては、イメージダウンは避けられない。さらに年頃の娘もいる。善悪の区別が未熟な子どもは遠慮を知らねえからな。学校で何を言われるかわかったもんじゃない。アンタとしては隠しておきたい事実だよな」

「そんな愛し合っていた二人が、なぜ殺人に発展したんですか」

「発端は単なる嫉妬だろ。イケメンでモデル体型の向井を伊達が何かと面倒を見ている。金銭的援助だけでなく、入社後も即戦力扱いだ。特別な存在に見えたんだよ」

「デザイナーとしてではなく、恋愛感情のもつれから嫉妬していたということですか」

「だから他のデザイナーが仕事で認められても素直に喜んだが、向井にだけは嫌がらせをした。アンタの元奥さんも言っていたぜ、男は浮気した恋人を責めるが、女は浮気相手を責めるって。女の脳を持つ反町も、矛先を向井に向けた」

 伊達は大沢のアドバイス通り何も言わないが、その目は有吾に釘付けだった。真波は真実に近づいていることを実感する。

「向井のデザインを盗んだのも、奴の才能に嫉妬したからではない。アンタの意識を自分に向けさせるためさ。愛する人の目撃証言をした新島の心理と同質だ。反町はきっと、アンタが自分の味方をしてくれることを望んでいたはずだぜ。だが、社長の采配はどっち付かずの中途半端なものだった。反町の中で愛憎相半ばするが確立した瞬間だな。そして反町はすべてをぶちまけるとアンタを脅した。いや、本気でそうするつもりだったのかもしれない」

「あの日の夜、反町がコンビニでワインを買っていたのは、伊達社長のためだったのですか」

「急に会いたいとでも言ったのだろう。愛する人が自宅に来るとしって、反町は急ぎワインを購入した。ようやく自分の方を向いてくれる気になったかと、ぬか喜びをしたのかもしれない。だが、アンタの心は冷めていた。いや、むしろ危険分子にしか見えなくなっていた。反町宅へと向かっていたアンタは、コンビニ帰りの反町と公園で出くわした。最後の説得をしたのか、それともいきなり殺害したのかはわからない。だが、殺意があったことは明白だ。予め刃物を用意していたんだからな。アンタが反町を殺害した理由は向井のためではない。自分のためだ」

 伊達は怯え、大沢は明らかに警戒心を見せている。有吾の攻め手は止まらない。

「反町を殺害したアンタは、遺体から自宅の鍵を取り、反町の自宅へ入った。自分と反町の関係を結びつけるような贈り物を持ち出すために。あの長篠の戦いをコピーした高価なタペストリーもそうだろう。あれは反町の趣味ではない。サムライブランドと名付けるほど歴史好きなアンタが、あの部屋へ遊びに行ったとき、眺めて楽しむためのものではないのか」

 疑問形だったが、伊達は答えようとはしなかった。代わりに真波が訊ねた。

「なぜ持って出なかったんですか」

「日当たりの良い場所にかけられていたせいで、壁に日焼けの跡が残っていた。空き巣による犯行に見せかけたかったアンタは気になったんだろ。盗み出すのに苦労するような大きなものがなくなっていると、空き巣以外の可能性を疑われるのではないかと」

 反町が鍵をかけずに出かけたのではなく、すべては空き巣が入ったように偽装した伊達の作為だった。

「計算外だったのは、その付近に向井がいたという証言が出たことだ。向井は反町にデザインを盗まれ、相当頭に来ていたという。いても立ってもいられず、深夜でありながら反町の自宅へ直談判に行ったのか、アンタに相談しようとしたら、怪しい動きがあったので付いて行ったのか、とにかく向井が現場を目撃してしまった。慌てたアンタは確認しただろうな、何を見たんだと。向井は正直に答えたか? それとも何も見ていないと嘘をついたのか?」

 間を置くことなく大沢が割り込んだ。

「答える必要はありませんよ、伊達社長」

 有吾が鼻で笑いながら言う。

「反駁を加えなくていいのかよ」

「博士が気分よく話しているようですから、最後まで聞かせてもらいますよ」

「いいだろう。とにかくアンタは向井に実刑が下されたら、控訴審で全てをバラされるのではないかと危惧していた。一方で、大沢も独立に向けて大口の顧客を探していた。どちらが先に声を掛けたのかは知らないが、二人の利害は一致し、裁判を戦った。見込み通りに大沢は勝利を掴み、向井は無罪放免となった。これにて一件落着、そうなるはずだった。伊達社長、アンタが何もしなければな」

 伊達は下唇を噛んだ。後悔の念が滲む。

「離婚と殺人を立て続けに起こしたアンタは、流石に大人しくしていた。だが、五年の歳月が過ぎて本能が疼き始めた」

 伊達は黙秘を貫いたが、生理現象は止められない。徐にハンカチを取り出すと、額に浮かんだ脂汗を拭った。

「なぜ弱冠二十九歳の若者に、社運をかけた大型プロジェクトのデザインリーダーを任せたのか。それは見返りを望んでのことだろう。アンタはそっと、その触手を向井に延ばしたんだ」

「向井を口説く気だったんですね。反町と同じように」

「それで向井はすべてを察した。社長と反町の関係も、反町を殺害した本当の動機も。殺害される数日前、向井は酷く思い詰めていたそうだが、真実を打ち明ける覚悟を決めていたのだろう。五年前の目撃証言を警察へ通報する前に、まずは被害者の反町京子へ謝罪の意を込めて伝えたかった。こんな内容、電話で伝えるようなことではない。会って話しがしたいとアポを取る連絡を入れていた。同時に大沢、アンタにも連絡を入れたんだよ。社長を警察に突き出すとなれば、ダテ・モードは大荒れだ。ここで働き、生活費を稼いでいる社員とその家族が路頭に迷う。被害を最小限に食い止めるため、顧問弁護士に相談したんじゃないのか」

「それがあの電話の正体だったんですか」

「その内容がなぜか社長に伝わった。伝えたのは大沢、お前だろ。何を狙ってそうしたのか、お前の厭らしさから考えれば容易に想像がつく」

「それは褒め言葉として受け取っておきますよ、調子博士」

 年下に呼び捨てられても、大沢は表情一つ変えずに敬語で返した。見えない火花が二人の間で散っているのが伝わってくる。有吾は伊達に向き直った。

「五年前の悪夢が蘇ったアンタは、同じ手段で危険分子を排除しようと考えた。向井の決断は固く、とても説き伏せられるようなものではない。そこでアンタは迷惑をかけた向井に直接謝罪をしたいと申し出たんじゃないのか。おそらく、自首をすると告げて。その気持ちを酌んだ向井は、塀の中に入れば味わうことは出来ないであろうアンタの好きなワインを用意して待った。武士の情けだよ。アンタはそれを開ける間もなく、招かれてすぐに殺害した。返り血が問題にならないよう、殺害方法を絞殺に変えたのは学習の成果だな」

 すべての説明が終わり、沈黙が流れた。やがて大沢がパチパチパチと緩い拍手をした。

「さすが調子博士、名演説でしたよ」

「本来ならチケット代を取りたい所だがな、今日は特別にサービスしてやる」

「素晴らしい舞台でも、証拠がなければただの作文に過ぎません。名演説ならぬ、迷演説です」

 大沢が探るような目を有吾に向けた。証拠はあるのか、それともないのか。有吾はゆっくりと伊達に訊ねた。

「向井が殺害された夜、アンタはどこにいたんだ」

「……その二日前から海外出張をしていまして、帰国したばかりでしたから自宅に戻って休んでいましたよ。私も一人暮らしなので、証人はいませんが」

 酷く細い声だった。有吾は低い声で迫る。

「本当は向井の自宅へ行ったんだろ」

「行っていません。あの日どころか、彼の自宅へ行ったことなんてありませんよ」

「本当に? あとで『勘違いでした』なんて証言を翻すなよ」

「本当に行っていません……」

 伊達の挙動は乱れ、その目は真っ直ぐに有吾を向いている。嘘をついている時に見せる仕草がそこにあった。

「証拠はあるんですか、調子博士」

 大沢が訊くと、有吾は首を振った。

「ない」

 それを聞いた大沢と伊達は、自然と体に入っていた力を抜いた。場の空気が弛緩していくのがわかる。

「そんな独り言を聞かされるために、私たちは時間を取られたのですか」

 余裕の表情を取り戻した大沢が嫌味を告げた。真波は心配そうに見つめるが、有吾に慌てた様子は見られなかった。

「勘違いするな。『今はない』ということだ」

「……これから見つかるとでも?」

「神奈川県警が向井の自宅を再度、鑑識に回している。殺害された日の昼間、向井はルームクリーニングを頼んでいるんだよ。ワックスを塗るほどの特別コースだ。その部屋に、アンタの髪の毛が一本でも落ちていたら変だよな」

 伊達は目を見開いた。大沢も表情を一変させる。

「人間は一日で50から100本の髪の毛が抜ける。力を込めて向井の首を締めたんだろ、落ちている蓋然性は高いぜ」

「仮に落ちていたとしても、その日のものとは限らないでしょう。同じ会社で働く者同士、コートやジャケットに付着していた髪が落ちたとしても不思議ではないのだから」

「確かに見たこともない女の毛が自宅で見つかることはある。おそらく電車に乗った時に付着したのだろう。だが、証拠はそれだけではない。向井のストーカー、新島があの日も向井の自宅付近で張り込んでいたんだよ」

「なんだって……」

「新島はマンションの正面玄関から反町京子の出入りはなかったと聞いた時、酷く青ざめた表情をしていた。なぜなら裏口は自分が張り込んでいたから。そしてストーカー規制法に基づいて警告を受けている自分が殺害当日に現場付近にいたことがバレたら犯人扱いされる、そう考えて怯えていたんだよ」

「彼女が目撃していたという証言は出ていないはずだ」

「アンタのことを知らないからだよ。だが、写真は撮っている。シャッターチャンスを逃さないよう、裏口から出てくる人を誰彼構わず捉えていたからな。そこにアンタの姿も映っていたら、変な話しだよな」

 伊達は天を仰いだ。投了寸前の棋士のように。そして有吾は最後の一手を放つ。

「半径二キロ以内の防犯カメラも調べている。タクシーを使ったのか、マイカーを使ったのか、それとも駅から歩いて来たのかは知らないが、アンタがマンションへ向かっている姿が確認できるだろう。さあ、どうする?」

 伊達は項垂れた。『負けました』と宣言している棋士のように見えた。だが、大沢は粘る。

「五年前の事件についての証拠が出されていませんが」

「残念ながらそっちは見つからない。五年も経過していては、流石の俺様でも無理だぜ」

「そうですか。では五年前の事件は否認します。向井君の件については、検討させて頂きますよ」

 まるで単なる事務手続のように大沢は言った。有吾は弁護士を相手にせず伊達を見つめる。

「身勝手な犯行だが、初犯の殺人なら十年で出てくるだろう。だがアンタはもう、六十五になっている。殺人で前科一犯の六十五歳がシャバに出て来て、何が出来る? 地位も名誉も、なにもかも失ったアンタが」

「伊達社長、聞く必要はありませんよ」

 大沢が助言したが、伊達の視線は有吾に向いていた。

「罪に問われなくても、マスコミは五年前の犯行はアンタによるものだと断定したような記事をバラまくだろう。残された社員やアンタの家族はどんな気持ちになるのか、考えてみろ」

「調子博士、誘導訊問は止めて頂きたい」

「二人殺しても、自ら出頭すれば情状酌量が得られる。反省した態度を見せれば無期懲役か、良ければ二十年くらいだ。アンタの年齢なら終身刑みたいなものだが、それですべての罪を償えるんだよ」

「これ以上勝手に喋るのなら、出て行ってもらいますよ」

「最初は娘にも恨まれるだろう。だが、時が経ち精神が落ち着けば、罪を償う父親を想う気持ちが蘇るかもしれない。そんな娘が面会に来た時、アンタは堂々と顔を合わせられるのか」

「今すぐ出て行ってください、調子博士!」

 大沢にしては珍しく怒気が含まれていた。そんな弁護士に、真波が怒りをぶつけた。

「あなたは一体、何を守ろうとしているんですか! 証拠がなくても、罪を犯したのは明白でしょう!」

「それを決めるのは裁判所であって、あなたではない。私の仕事はクライアントを守ることですから」

「だからって、罪を隠していいことにはならないでしょうが! 罪を犯した人は裁かれるべきです。そしてその罪を償うべきなんです」

「償うべき罪の有無を決めるのが裁判所なんですよ。裁判官が罪の存在を認めなければ、そもそも償う必要なんてありません」

「そんな……そんなバカな話しはない!」

「そもそも償いとは何ですか? 塀の中に入り、その行動範囲に制限を設ければ、それで償ったことになるというのは、人間が勝手に作ったルールでしかありませんよ。そして裁判もまた、人間が作ったルールです。ルールの範囲内でクライアントを守り、報酬を受け取る。それが私の仕事なんですよ」

「被害者遺族の気持ちを考えたことがあるんですか! 反町京子さんはたった一人の息子を失ったんですよ!」

「遺族感情は罪や罰を決める裁判とは関係がないことでしょう。当事者ではないですから」

「あなた、それでも人間ですか!」

「私は事実を言っているまで。罪や罰を決める行為と被害者遺族の感情は別次元の話しです。混同しないで頂きたい」

「本来なら敵を討ちたいところ、国や法がそれを奪っているんです。被害者遺族の感情がまったく関係ないとは言わせない!」

「何を勘違いしているのかわかりませんが、法が裁きを下すのは仇討ちのためではありませんよ。法秩序を維持するための手段に過ぎません」

「ふざけないで!」

 キレた真波が立ち上がろうとした。その肩を有吾が抑えて座らせる。大沢はやれやれと両手を広げた。

「随分と甘い考えをお持ちの方のようだ。調子博士がこのような方と行動を供にするとは、意外ですな」

「確かに口うるさくて妄想癖で、天然な上にウザい小娘だ」

「ちょっと!」

 真波は睨んだが、有吾は笑いながら言う。

「だがな、俺はそんな小娘の戯れ言が嫌いじゃない」

「博士……」

 真波の気持ちはようやく落ち着いた。大沢は理解できないと首を振る。沈黙していた伊達が、その重い口を開いた。

「時間を頂けませんか……会社や娘のこともありますし、なにより自分自身の気持ちを整理したいので」

「社長、弱気になる必要なんてありませんよ」

「もういいんですよ、先生。もういいんです……」

 伊達はすっかり観念していた。有吾が真波に言う。

「令状がないから逮捕は出来ないだろ。本来なら任意同行を求めるところだが、どうせ弁護士が拒否する。出直そうぜ」

「……わかりました」

 二人は立ち上がった。有吾と大沢の視線が交差する。何も言葉を発しないが、二人の間で何かが交わされた。

 オフィスビルを出たところで有吾は言った。

「俺はこのまま自宅に戻って久々に自分のベッドで寝る。お前は捜査本部に戻って報告してこいよ」

「了解です。それにしても、よく事件の全容がわかりましたね。いつから伊達社長を疑っていたんですか」

「ボジョレーヌーボの存在に気づいたときだ。この事件の関係者でワインを好む人物は伊達と大沢だが、反町がコンビニでワインを購入した時点ではまだ、大沢はダテ・モードと関係を持っていない。つまり反町が用意したボジョレーヌーボは、伊達のために用意されたものだと考えられるだろ」

「あっ、そうか」

 五年前と現在を行ったり来たりしているうちに、いつのまにか真波の中で時系列が乱れていた。

「ただ五年前の事件は時間が経ち過ぎて立証が難しい。そこで今回の事件に絞って嘘つきをあぶり出そうと思ったが、上手くいかなかった。そこで発想の転換をしたんだ」

 有吾は自分のこめかみの辺りを人差し指でトントンと叩いた。

「人はいつでも嘘をつけるからな。誰かが嘘をついていたのではなく、事件の関係者全員が少しずつ嘘をついていると考え直し、すべての『YSE』『NO』の組み合わせを分析したんだよ」

 反町はアイディアを盗みながらそれを認めず、向井は殺害現場を目撃していながら付近にはいなかったと嘘をついた。新島はストーキングを続けていながら止めたと言い、反町京子は警察に一泡吹かせようと黙秘を続けた。社長の伊達は事件当日の行動で嘘をついた。大なり小なり、みんな嘘をつく。

「じゃあな」

 有吾は軽く手を振って駅へと向かった。得られた証言から膨大な組み合わせを分析した苦労を微塵も感じさせずに。

 その背中を見つめながら真波は想う。博士は一体、どんな嘘をついているのだろうか、と。

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