第14話 なんですかこの空気は。

 大沢が指定して来た面会場所は、大沢事務所の応接室だった。汐留にあるビルの8階に事務所は置かれていた。

「小さなファームのくせに、良い所を借りているじゃねえか」

 有吾がぼやきながらエレベーターに乗った。真波は無言でその後に続く。8階で降りると、目の前に受付があった。スーツ姿の若い受付嬢に、真波がバッチを見せる。

「大沢弁護士と面会を取り付けている、警察庁の北条です」

「御待ちしておりました、どうぞこちらへ」

 通されたのは、壁の一辺がガラス張りになっている、広い部屋だった。楕円形のテーブルが置かれ、その周囲に椅子が十脚置かれている。すでに男が二人、座っていた。有吾と真波を見るなり、二人は立ち上がる。

「調子博士と北条警部補ですか。どうぞこちらへ」

 グレーのスーツを来た四十代半ばの男が二人を中へと招いた。流行のアラフォー俳優のように見た目が良く、声も渋い。

「アンタが大沢か、ようやく会えたな」

 年下からぶっきらぼうに言われても、大沢は表情一つ変えなかった。

「博士が私の周囲を嗅ぎ回っていることは察しておりましたが、いかんせん忙しいもので」

「一時間六万円を払えば悪魔でも助ける、法の傭兵だからな」

「否定はしませんよ」

 余裕ある受け答えだった。その大沢のとなりに座っていた、綺麗なグレーの髪をオールバックで撫で付けている浅黒い男、それがダテ・モードの創立者で最高責任者である、伊達社長だった。犯人だと名指しされて呼びつけられているせいか、表情が強ばっている。

 有吾と真波はテーブルを挟んだ二人の真向かいに座った。三者三様のイケメンに囲まれ、真波は少しドキドキした。

「それでは早速、本題に入って頂けますか」

 大沢から促されると、有吾は真波を見た。

「な、なんですか」

「お前が訊問したいんだろ」

「あ……はい。では私の方から質問させて頂きます。向井さんが殺害された夜、あなたはどちらにいましたか」

 真波の視線が大沢を向いていたため、彼は眉を顰めた。

「私……ですか」

「ええ。答えてください」

「なぜ弁護士である私のアリバイを調べるのです?」

「答えられませんか?」

 大沢は有吾を見たが、博士は何も言わずに肩を竦めるだけだった。質問の意図が理解できないまま、大沢は愛用のスマートフォンを取り出し、スケジュールの確認を始めた。

「その日は消防設備点検で、午後六時前には事務所を出ていますね。その後、自宅へ戻っていますよ」

「それを証明してくれる人は?」

「私は一人暮らしなものでね、誰もいません」

「ということは、アリバイはないということですね」

 大沢は質問に質問で返した。

「今日は調子博士が私のクライアントである伊達社長を疑っているということで、面会に応じたはずですが」

「まずはあなたについて確認したいんですよ、大沢弁護士」

 真波はボロを出させようと必死に食いついていく。大沢はやれやれと首を振った。

「まるで私が疑われているようですが、お門違いもいい所だ」

「果たしてそうでしょうか。殺害される数日前、向井さんはあなたに連絡を入れていますよね。その内容は一体なんだったのでしょうか」

「ただの挨拶ですよ。今度大きな仕事を任されることになりました、これも五年前に無罪を勝ち取ってくれた先生のおかげですと、改めてお礼を言われただけです」

「その電話以外に、メールや個人のスマホに連絡はありませんでしたか」

「あの一度きりですね」

「ではあなたのパソコンやスマホを調べさせてください」

 大沢は呆れた笑いを浮かべながら言う。

「何の権限があってそんな要求を突きつけるんですか」

「調べられたら困ることでもあるのですか」

「私の端末には様々なクライアントの情報が詰まっています。弁護士には守秘義務があるのですから、守るのは当然でしょう」

 うんざりした様子で、大沢は有吾に視線を送った。

「あなたのことは調べさせてもらいましたよ。大変優秀な経歴をお持ちの博士だ。その博士が私のクライアントを犯人だと断定しているというから応じたのに、これは何の真似でしょうか」

「今は私が質問しているんですよ、大沢弁護士」

 いつになく刺のある口調で真波は責めて行く。

「当日のアリバイがないあなたが情報端末の開示に応じない。やましいことがあるからではありませんか」

「何を根拠にそんな妄想を描いているのでしょう」

「向井さんがあなたへ連絡を入れたのは挨拶ではなく、本当は自白の相談だったのではないですか」

 大沢は虚をつかれたように一瞬動きが止まった。その隣で伊達も複雑な表情を浮かべている。

「五年前、向井さんは反町さんを殺害した。にもかかわらず、あなたが無罪を勝ち取った。そのことをずっと思い悩んでいた向井さんは堪え兼ねて、遺族である反町京子さんに真実を打ち明けようとしていたのでしょう」

「なにをバカなことを」

「自白されては困ると考えたあなたは、向井さんの自宅に押し掛けて説得を試みた。それが失敗に終わったあなたは、向井さんの首を絞めて殺害したのではありませんか」

「北条警部補、あなたは本気でそんなことを言っているのですか?」

「もちろんです。大沢弁護士はワインがお好きですよね」

「なんですか急に」

「答えてください」

「昔はスコッチ一筋でしたが、今ではワインをよく飲みますよ」

「向井さんの自宅冷蔵庫には、ボジョレーヌーボが冷やされていたんですよ。酒を飲まない向井さんの自宅に、なぜワインがあったのか、それはあなたのために用意されたものではありませんか」

 心配そうに見つめている伊達社長に「大丈夫です」と一声掛けてから、大沢は真波に訊ねた。

「仮に五年前の事件が向井君の犯行だとして、あなたはそれが公になると私が困ると考えているのですか」

「罪人を無罪にした、そんな弁護士を世間は批判するでしょう」

 大沢は卑屈な笑みを浮かべた。真波はついムキになって言う。

「何がおかしいんですか」

「あなたは何か勘違いしているようだ。私は清廉潔白を謳う人権派の弁護士ではないんですよ。一時間六万円ものチャージを頂くのは、クライアントの利益を最優先にするからです。そんな私を世間は非難するかもしれません。ですが私は弁護士としての職務を全うしているだけ、むしろ犯人を有罪に出来なかった検察側の失態を責めるべきであり、近年はそういった警察、検察のだらしなさを指摘する声も世間から沸き上がっていると思いませんか」

「それは、まあ……」

「刑事事件で弁護士を必要とするクライアントにとってはどうでしょう。黒を白に変えた弁護士として、重宝すると思いませんか。自分に何かあったとき、真っ先に浮かぶ弁護士が私になるんですよ。富裕層が頼りにするのは理想論を振りまく人権派ではない、自分の利益を最優先させる、私のような弁護士でしょう」

「だったら、向井さんが犯人だと公表されても構わないというのですか」

「向井君が犯人だったとしても、むしろ箔がつくというものです」

 不適な笑みを浮かべる大沢を前にして、真波は次の手が浮かばなかった。

「どうしました警部補、顔色が優れないようですが」

「いえ……別に」

「私の話しはこの辺でいいでしょう。そろそろ本題に入って頂きたい。私も伊達社長も忙しいので」

「……ですよね」

 どうしていいのかわからない真波の目は泳いでいた。すべてを見透かした上で大沢の厭らしい反撃が始まる。

「もしかして、本当の目的は私への訊問だったとか。私が事情聴取に応じないものだから、嘘をついて面会を求めて来たということでしょうか」

「そんなことは……」

「有り得ませんよね。でしたらどうぞ、本来の訊問を始めてください」

 真波は縋るように有吾を見た。だが、彼は目を合わせようとはしない。大沢は小さく頷いた。

「やはり嘘でしたか。いやいや、これは大問題ですよ、北条警部補。警察庁の職員が弁護士を騙したとあっては、上層部に対する責任問題を問わないわけにはいかない」

「いや、それはちょっと……」

「あなたも同罪ですよ、調子博士」

「なぜ? 俺は嘘なんて言っていないぜ」

「ちょっと、博士が責任を持つから面会を申し入れろって言ったんじゃないですか」

「それは言った」

「だから私がボロを出させるように訊問を続けたんでしょう」

 それを聞いた大沢の眉がピクリと動いた。

「ほう、私にボロを出させることが目的でしたか。権利を乱用した酷い捜査ですね。これは警察庁の組織的な悪行ですか」

「いや、違うんです……博士、なんとか言ってください」

「だから俺は嘘なんて言っていないって」

「やっぱり私に責任を押し付ける気じゃないですか! ああ、たった一口をケチる男なんて信じるんじゃなかった」

 真波は焦燥を浮かべながら頭を抱えた。責任問題を追及されたらどうしよう。私は懲戒免職になるのか、よくて諭旨免職か。顔面蒼白の真波だったが、よく見ると大沢の表情も凍っていた。隣に座っている伊達にも焦りが浮かんでいる。

「え……なんですかこの空気は」

 一人取り残されている真波は三人の顔を交互に見た。有吾が笑みを浮かべながら言う。

「俺はなんと言ってここに来た?」

「表向きは博士が伊達社長を犯人だと断定したから、話しを聞きたいと……ま、まさか」

「そのまさかだよ」

 有吾は伊達に視線を送った。蛇に睨まれたカエルのように伊達が身を縮める。

「反町と向井、二人を殺害したのは伊達社長、アンタなんだろ」

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