第13話 何様のつもりよ!

 課は違うが、同じ警察庁に勤務する同期のリサと食事をすることにした。新しく出来たばかりのスペイン料理店で、パエリアを頬張りながら真波は唸った。

「ホントに自分勝手でワガママで、嫌みなケチ男なんだから」

「まあまあ、見た目はカッコイイんでしょ」

「あの博士はイケメンの上に胡座をかいているのよ。女の気持ちなんてこれっぽっちもわかろうとしないんだから」

「捜査には真面目に取り組んでいるんだから、そこは大目に見てあげたら」

「だけど仮説仮説と言うだけで、何も教えてくれないんだよ。自分で考えろなんて偉そうに言うだけで」

「実際問題、真波はどう思っているの?」

「じぇんじぇんわかんにゃい」

 口をもぐもぐしながら首を振る真波を見て、リサは吹き出しながら資料に目を落とした。

「五年前の裁判記録を見て、なんか引っかからない?」

「確かに逮捕や起訴は早計だったかな、とは思う」

「そうじゃなくて、担当した弁護士ってやり手なんだよね」

「クライアントのためなら、悪魔とも手を組むような渉外弁護士らしいよ」

「つまり被告人が無罪になりさえすれば良いわけでしょ。もしも自分が無実の罪に問われたら、最も有効な無実の証明は何だと思う?」

「そりゃ真犯人の逮捕でしょ」

「そう。でも弁護側の主張には、真犯人についての言及がない。クライアント以外の誰がどうなろうが知ったことではないのだから、誰彼構わず『あの人にも犯行は可能だ』『この人にも動機がある』と他人に押し付けてもおかしくないのに、目撃証言の曖昧さやその目撃者である新島の人間性、当日着ていたというシャツに血痕やルミノール反応がないことを反証材料にしているだけ」

「言われてみれば、手段を選ばずに攻めている感じがしないね」

 真波が首を傾げていると、リサは声を潜めて持論を展開した。

「思うんだけどさ、その向井って人が悩んでいた理由って、もしかしたら後悔や懺悔じゃないのかな」

「どういうこと?」

「五年前に反町を殺害したのは向井だった。無罪を勝ち取ってずっと黙って来たけれど、良心の呵責に堪え兼ねて事実を告げようと決心した。だから母親の反町京子へ連絡を入れていたんじゃない?」

 真波は目を見開いた。

「そうかも! 事実を知った反町京子が向井を……いや、反町京子では向井を殺害する力はなかったんだ」

「もう一人いるじゃない、向井が殺される前に連絡を取っていた人が」

「もしかして、大沢弁護士?」

「自分が無罪を勝ち取った事件で、本人がそれを暴露するとなったら困るんじゃないの?」

「そうか……事実を打ち明けようとした向井を説得するために大沢弁護士が自宅を訪れた。そういえば、向井の自宅にはボジョレーヌーボがあった。大沢弁護士はワインが好きだから、訪問の連絡を受けて用意していたんだ」

「説得を試みたが向井の意思は硬かった。このままでは五年前の真相を暴露されてしまう。焦った大沢弁護士は手近にあった紐状のもので、後ろから首を締め上げて殺害した」

「しょれだ! しょれに違いにゃいよ!」

「……これだけ話しが盛り上がっているのに、食べることは止めないんだね」

「あちこち聞き込みを続けていたから、お腹空いちゃって。慣れない現場仕事はするものじゃないね」

 平らげたパエリアの皿を端に寄せた真波は、口許を拭いながら続ける。

「犯人は新島でも反町京子でもなく、大沢弁護士だったのね。でも相手は敏腕弁護士、証拠がないと任意の取り調べにも応じてくれないよ」

「当日のアリバイくらいなら、事務所関係者から訊けるでしょ」

「退職したばかりのあの人ならわかるかも」

 真波は早速、昼間に話しを聞いた鈴木に連絡を取った。鈴木は残っていたスケジュール帳を見て、事務所にはいなかったことを証言した。

「向井が殺害された日は消防設備点検のため、午後六時で全員退社したそうよ。事務所関係者の多くは飲みに行ったけど、大沢弁護士は自宅で調べものがあるからと参加しなかったって」

「大沢弁護士って結婚しているの?」

「独身だったと思う」

「どうやらアリバイはなさそうね」

「後はどうやって大沢弁護士を引きずり出すかよね。訊問さえ出来ればボロを出すと思うんだけど」

「それこそ調子博士に訊いてみたら? アドバイスをくれるかもよ」

「えー、手柄の分け前を与えるみたいで嫌だなあ。あの人ならきっと、『俺様が大沢を引きずり出したおかげで逮捕できたんだ。すべては俺様の手柄だ』なんて言いそうだもん」

 リサは手を叩いて笑った。

「いいじゃないの。それで事件が解決できれば。それにしても面白い博士ね。一度会ってみたいわ」

「きっとボロクソに言われて、会ったことを後悔するよ」

 デザートを頬張りながら、真波は明日が決戦日になりそうだなと気合いを入れ直した。


 翌日の午前十時過ぎ、真波は有吾の研究室を訊ねた。左手でコーヒーとドーナツを抱え、右手でノックをする。「どーぞー」という、いつもの間延びした声が届いてきた。

「北条です。御邪魔しまーす」

 昨日と同じように、有吾は机に座った状態で壁に向かっていた。違うのは、昨日以上に壁が字で埋められ、元々黒い壁紙だったのではないかと思うほどフロー図が描かれていることだ。

「もしかして、また泊まり込みですか?」

「まあな。それよりメシ!」

「はいはい、今日はドーナツにしましたよ」

「ミスターか? それともコンビニの?」

「ミスタードーナッツのクロワッサンドーナツとエンゼルフレンチです。頭を酷使しているので、きっと甘いものが欲しいだろうと思って」

「でかした! やれば出来るじゃねえか」

「こんなことで褒められても嬉しくないんですけど」

 ドーナツとコーヒーを手渡した真波は、棚におかれていた有吾の財布から勝手にお金を取った。有吾はパクパクと食べていたが、意識は壁に向けたままだった。その視線の先をなぞると、そこにはこう書かれていた。


 向井は犯人だ『NO』

    ↓

(            )

    ↑

 新島は向井を見た『YES』


 中央の括弧にはまだ、何も記されていない。その他の記載内容に目を向けると、毛細血管かと思うほど複雑に矢印が飛び交い、真波には理解できなかった。

「あの……博士。ちょっとご相談があるんですが」

「金なら貸さねえぞ」

「違いますよ。実は私、今度こそ真犯人がわかったんです」

「あっそう。良かったな」

「……その口振り、私の言うことを信じていないですよね」

「お前そのものを信じていないんだよ」

「だから博士は救われないんですよ」

「お前に救われるようになったら終わりだよ。犯人がわかったのなら、こんな所にいないでさっさと捕まえに行けばいいだろ」

「それがですね、相手が面会にすら応じてくれないんですよ」

 そこで有吾は壁から視線を外し、眉間に皺を寄せた。

「お前、大沢が犯人だと思っているのか?」

「その通りです。でも相手は敏腕弁護士ですから、任意同行には応じてくれないでしょう。令状を取れるような物的証拠もないですし、なんとか引きずり出す上手い方法はないですかね?」

「聞き取り調査も断ってきたくらいだからな……だったらこう言えよ。調子博士大先生がお宅のクライアントである伊達社長が犯人だと断定した、ついては伊達社長と話しをしようと思っている、と。大沢はきっと自分も立ち会うって言い出すぜ」

「嘘をつけと言うんですか?」

「大沢から話しを聞きたいんだろ? 俺も聞きたいし、大沢が望む場所での事情聴取で良いと言えば、必ずついてくるぜ」

「流石に嘘はマズいですって」

「俺が責任を取るから大丈夫だ」

 真波は白い目で有吾を見た。

「いざとなったら私に押し付けて逃げるつもりでしょ」

「そんなケチな真似しねえよ」

「パスタ一口さえケチった人が、何を言っても説得力がありませんよ」

「まだそれを言うか。だったら念書でも書いてやろうか?」

「……そこまで言うのなら信じましょう。本当に良いんですね?」

「ああ、任せておけ。ただし大沢との話しの前に、相模原北署の捜査本部へ寄るぞ」

「激励するんですか?」

「仕事をさせるんだよ。少しは使ってやらないとな」

 ニヤッと笑う有吾の表情は、正義なのか悪なのか、見方によってはどちらにも見えるものだった。


 相模原北署内に設置された捜査本部には、五年前の現場を案内してくれた警視庁のベテラン刑事と若手刑事の姿があった。

「よう、元気で無駄な捜査をやっているか」

 有吾の皮肉を込めた挨拶に、ベテランが冷めた表情を見せる。

「ここはガリベン君が来るような所ではない。さっさと帰ってママのオッパイでも吸っていろ」

「そうつれないことを言うなよ。アンタら警視庁はどうせ、反町京子を任意同行するために神奈川へ挨拶に来たんだろ」

「そういうお前らは何をしに来たんだ」

「見当違いな捜査ばかりで徒労に終わっているお前ら現場刑事に、この俺様が有意義な捜査をさせてやるよ」

「寝言は寝て言え」

 煽られたベテラン刑事が負けずに言い返すと、真波が有吾の袖を引っ張りながら言う。

「いい加減、自治体警察を嗾けるのは止めてくださいよ」

「こいつらのオツムが悪いんだろ。神奈川県警が崩せなかった反町京子の黙秘を立ち話で解いてやったのに、まだ俺様の実力がわからねえか」

 ベテラン刑事が訝しい表情を向けると、神奈川県警の刑事たちは苦々しい表情で認めた。

「たまたま上手くいったからって、調子に乗るなよ」

「名前が調子だけに調子に乗るなってか。まったく馬鹿な奴らだな。そんなんだから五年前も犯人を逃すんだよ」

「なんだと!」

「吠えるのだけは一人前だな。いや、無能な奴は吠えるしか能がねえか。どうせ脳ミソまで筋肉で出来ているんだろ。バカの考え休むに似たりなんだからよ、黙って俺の言うことを聞いておけば良いんだよ」

「貴様……」

「神奈川県警は再度、鑑識を向井の自宅に行かせろ。髪の毛一本たりとも抜かりなく拾い上げるんだ。それから半径二キロ以内にある各所の防犯カメラを徹底的に洗え。警視庁のお前ら二人は新島の自宅へ行って、写真をすべて押収して来い。令状はないが、お前の無実を晴らすためだと言えば提供するはずだ」

「そんな嘘をつけるか!」

「わからねえ奴らだな。お前ら単細胞動物は考えなくて良いんだよ。俺の指示通りに体を動かしていればいいんだ。優秀な人間の指示がなければ、何も出来ない木偶の坊なんだからよ」

「言わせておけば、この野郎――」

 若手刑事が掴み掛かる前に、有吾に詰め寄ったのは真波だった。

「ふざけないで! 何様のつもりよ!」

 捜査本部に詰めていた刑事が、真波の迫力に圧倒されて黙り込んだ。

「刑事がどんな思いをして情報を集めていると思っているのよ! 一度事件が起きれば泊まり込み、靴を減らして情報を集めるの。子どもの授業参観にも、運動会にも行けず、それでも黙々と働いているのよ! それでも一部の警察が不祥事を起こすと、組織全体が避難される。私生活を犠牲にしてまで身を粉にしている刑事たちも批判される。家族サービスも出来ずに働いても、世の中から白い目で見られる。それでも捜査は続けるのよ。なぜか? それが刑事だからよ! あなたにこの気持ちがわかるの! 謝りなさい、今すぐみんなに謝って!」

 有吾の胸倉を掴んで迫る真波を、ベテラン刑事と若手刑事が止めた。

「もういいよ、お嬢ちゃん」

「でも、あんなことを言われたら許せないでしょう……」

 真波を宥めると、ベテラン刑事は凄みを聞かせた表情で有吾に迫った。

「いいだろう。博士の言う通りにやってやるよ。だが、それが徒労に終わった時にはどうしてくれるんだ」

「頭を丸めて土下座してやるよ」

「その言葉、忘れるなよ。いくぞ!」

 若手に声を掛けると、警視庁の二人は勢い良く出て行った。神奈川県警の刑事たちも機敏に動き出す。

「俺たちも大沢のところへ行くぞ」

 いつもの飄々とした足取りで有吾が歩き出す。

「え? あ、はい……」

 思わず頭に血が上ってしまった真波は、若干の気まずさを感じながら有吾の後を追った。

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