第12話 イジワル!

 待ち合わせの場所に指定されたのは、立川にあるスポーツジムのロビーだった。話しを聞くデザイナーがこの近所に住んでおり、仕事終わりにここで汗を流すらしい。

 先に到着した二人は、ベンチに腰を下ろして相手の到着を待っていた。捜査本部に連絡を入れていた真波が電話を切りながら言う。

「捜査に進展は見られないそうです」

「相変わらず警視庁と神奈川県警で見解が分かれているのか。本当に縦割り行政は面倒くせえな」

「今度は警視庁が反町京子を重要参考人として呼ぶか、検討しているみたいですよ」

「どこが呼びつけても結果は同じだぜ」

「博士はこの事件、どう考えているんですか」

「今のところ仮説が2つ残っている。このまま反証材料が見つからなかったら、もうどちらかしか有り得ない」

「その仮説、教えてくださいよ」

「いやなこった。お前、ケツ文字で謝罪したくないから邪魔する気だろ」

「しませんよ。捜査妨害をしたらクビになりますって」

「クビとケツ文字、どっちがマシだ?」

「生き恥をさらすか、転職するかですか……悩みますね」

「やはり教えん」

「いいですよーだ。私は私で考えますから」

 しばらく事件について考えてみたものの、何も浮かばない真波はすぐに飽きて有吾に話しかける。

「博士はなぜ、この事件に関与することを承諾したんですか」

「お前ら警察庁が頼んで来たんじゃねえか」

「研究が忙しいなら断ることも出来たでしょう。博士自身が言っていましたけど、密室トリックも大胆な劇場型犯行でもない、犯行前後の言動を地道に洗って行くだけの地味な捜査なんですから」

「氏家研究所は社会貢献が必須なんだよ。その年の貢献度によって、来年度の研究費予算が査定される。言わば点数稼ぎのためだ」

「研究ってそんなにお金が掛かるんですか」

「いくらあっても足りねえな。実際にかかる費用だけでなく、インスピレーションを引き起こすようなオモチャも欲しいし」

「オモチャって、子どもじゃないんだから」

「自由な発想を広げるためには、童心に帰るのも必要なことなんだよ」

「そういうものですかね。例えばどんなモノが欲しいんですか?」

「セグウェイだな」

「あの自動で動くキックボードみたいな奴ですか。懐かしいですね」

「アレに乗れば、俺様の天才的な頭脳が刺激を受けること間違いない」

「博士のことだから、すぐに飽きると思いますけど」

「俺もそう思う」

「だったら買わなくても良いでしょうが……」

「買わずにはいられないんだよ。ただ手に入れたらもうそれで良くなってしまうだけ」

「究極の飽きっぽさじゃないですか。そんな博士が夢中になっている研究って、具体的にどういうものなんですか」

「ジャンケンしようぜ」

「え? いいですけど」

 二人は「最初はグー、ジャンケンポン」と掛け声を揃えて勝負した。有吾はグーで、真波はチョキを出した。

「お前、なんでチョキを出した?」

「いや、なんとなくですけど」

「人間はそうやって『なんとなく』で物事を決定することが多い。しかもそのなんとなくは人によって違う」

 言われてみればグーでもパーでも良かったのに、なぜチョキを選んだのか、自分で出しておきながらその理由はわからなかった。

「過去にチョキで勝ったことが多い記憶が有り、それが自然とチョキを選択した場合もあれば、チョキを出す回数が少ないからバランスを取ろうという意識が働いたのかもしれない。もしくは直感的に俺がパーを出すという、非科学的な予感でチョキを選択したのかもしれない。この『なんとなく』が曲者なんだ。時には思い込みを誘発し、本人が無意識のうちに事実と異なることを信じ込んでしまう。見てもいないモノをなんとなく見た気になり、根も葉もない噂をなんとなく信じる。そういう奴らは事実と異なることを言っているのに、嘘をついているという自覚がない。その仕組みを解明しなければ、新しい嘘発見器は開発できないんだよ」

「そんな研究をしている人って、博士以外にいるんですか」

「さあな。でも『なんとなく』の分析は消費行動にも利用できる。何となく辛いものが食べたい、なんとなくこのメーカーの製品が欲しい、なんとなくこの映画を見たい。そんな風に、人間は深く考えて決めるよりも『なんとなく』で決めている回数の方が圧倒的に多いだろ」

「確かに『なんとなく』を誘発できれば、売り上げアップに繋げられそうですね。新しい嘘発見器の開発から経営戦略まで、常識に囚われないその柔軟な発想は博士らしいですねえ」

 まんざらでもない顔で有吾は微笑む。

「この現実世界は誰かが作ったプログラムだと想像したことはないか? 地球はOSで、すべての生物はアプリケーションだって」

「なんですかそれ」

「人間も誰かが組んだプログラム。その存在を神と呼ぶならば、随分と面白いプログラムを組んだと思わないか?」

「何が面白いんだか、私にはさっぱりですよ」

「なんとなく危険、なんとなくこっちの方が良い、それはおそらく経験則から導かれていると思うが、その『なんとなく』には個体差があるんだぜ。赤い服を選ぶ人もいれば、青い服を選ぶ人もいる。前に進む人も入れば、立ち止まる人もいる。グーを出す天才もいれば、パーなくせにチョキを出す小娘もいる」

「……ちょいちょい私の悪口を挟みますよね」

「とにかく、同じ製造工程で同じように作ったのに、これほど個体差が出る製品ってないだろ」

「車にしろ電化製品にしろ色違いはありますけど、人間のように一人一人が異なることはありませんよね。そんな製品を販売したら、不良品呼ばわりされますよ」

「人間は不良品なのかもしれないぜ。俺は優良品だけどな」

「製品だとしたら、博士の取扱説明書ってどこにあるんですかね」

「おいおい、凡人のお前ごときが、この俺様を使いこなせると思うなよ」

「いやいや、普通は取扱説明書に保証書が付いているじゃないですか。返品したいんですよね」

「……貴様、殴るぞ」

「すみません、本当のことを言っちゃって」

「……二度殴るぞ」

 言い負かした真波がご機嫌な表情を見せていると、待ち合わせ相手の渡辺奈緒が現れた。ダテ・モードでは珍しい女性のデザイナーだが、今年三十になる彼女は歴女を自認するだけあって、海外向けのサムライブランドでは非凡な才能を発揮している。

「すみませんね、こんな所に呼び出してしまって」

「構いませんが、筋トレが趣味なんですか?」

「私はホットヨガコースのために来ているの。インナーマッスルが鍛えられて太りにくい体になるわよ」

「へえ、私も通ってみようかな」

「もう手遅れだろ」

 有吾の一言に真波はキッと睨んだ。渡辺は微笑みながら言う。

「そんなことは無いわよ。内臓脂肪は落ちにくいけれど、頑張れば徐々に減って行くから」

「……内臓脂肪があることを前提で話しを進めないでください」

 ごめんなさいね、と言いながら渡辺は豪快に笑った。その気さくな人柄に、澱みのない話しが聞けそうだと有吾は期待を持った。

「今日面会を申し出たのは他でもない、殺害された反町と向井について聞きたいことがある」

「二人が殺された事件、やっぱり関連性があるの? 社内でも色々と噂になっているのよ。反町さんの母親が怪しいとか、向井君にはストーカーがいるらしいとか」

 噂好きのおばちゃん丸出しだった。

「お喋りに興じているなんて、結構暇なんだな」

「社運を賭けた大型プロジェクトが凍結されちゃったからね」

「なぜ?」

「プロジェクトのデザインリーダーだった向井君があんなことになっちゃったでしょ。だから次のデザインリーダーが決まるまで、一時停止になったの」

「どんなプロジェクトなんだ」

「本格的なアジア進出。北米や欧州中心だったサムライブランドを、近隣アジアで展開していこうという試みよ。高温多湿な気候に合わせて新商品を開発していたの」

「その責任者に若干二十九歳の向井が抜擢されたのか。周囲から嫉妬を買っていたんじゃないのか」

「確かに異例の大抜擢ではあるけれど、妬みはないわね。うちの会社は社員同士がリスペクトしていて、互いの実力を素直に認め合う良い風土なんで」

「そうは言っても、五年前に反町は向井に嫌がらせをしていたんだろ」

「そうなのよねえ。結構あからさまだったこともあって、みんな不思議に思っていたよ」

「自分の地位が危うくなると、人間は誰だって防衛本能が働くものだ。特に男は自分の領土を荒らされるのが大嫌いなんだよ。一口ちょうだい攻撃とかな」

 有吾が真波を見ると、彼女はフンッと鼻を鳴らした。

「それは博士の器が小さいだけですよ」

「男の脳がそういう仕組みなんだっての」

「だったら私だって嫌がらせを受けるはず。反町さんより後輩だけど、サムライブランドでは私への期待が大きかったし、チャンスも貰えた」

「にも係らず、反町はなにもしなかったのか」

「むしろ『良かったな、頑張れよ』と一緒に喜んでくれた。そんな反町さんが、なぜか向井君だけを目の敵にしていたのよね」

「普段からその傾向があったのか」

「まあ、向井君にだけ当たりが強かったわね」

「向井が入社する前から、二人になんらかの関係性があったのか」

「ないでしょ。出身校も出身地も違うし、入社日が初対面だったはず」

「他に向井への態度が悪い奴はいなかったか」

「うーん、うちの会社はみんな和気藹々とやっているからねえ。そんな人は思い当たらないなあ。イケメンなのに気取らずに気さくで、皆に好かれていたから。いるとすれば噂のストーカーくらいじゃない? なんでも二、三度警告されるくらいしつこかったんでしょ」

「多数の人間が集まれば、派閥が出来るのは自然なことだろ」

「その辺は伊達社長が上手くコントロールしているよね。内部の不満を外部に持って行く感じ」

「中国や韓国の政府首脳が、国民の鬱憤を日本に向けるようにか」

「そうそう。ライバルは同業他社、一致団結して他社を圧倒するぞ、みたいな。人心掌握に長けているのよ」

「そうなると、向井への嫌がらせやデザインを盗んだといった一連の容疑が反町に掛けられていたが、それが第三者による犯行という可能性はないか」

「反町さんが濡れ衣を着せられたってこと? いやいや、あれは反町さんの犯行としか考えられないよ」

 渡辺は手を振って「ないない」と繰り返した。

「特にデザインの盗作は、物理的に可能なのが反町さんだけだもの」

「どういうことだ?」

「デザインが入っている個人端末は、情報漏洩防止のためにロックが掛けられているのよ。それを解除できるのは本人か、管理者権限で入れるリーダーの反町さんと、IT担当者だけ。向井君が言うデザインの最終更新時間には、もうIT担当者は帰宅していたから」

「開けられる社員は反町しかいない、そういうことか」

「反町さんは自分のオリジナルデザインだって言っていたけど、向井君が紙ベースで書いていたラフを見せてもらっている同僚がいて、向井君の主張に歩があった」

「たまたま重なるようなデザインだった可能性は?」

「ないわね。細部までそっくりだもの」

 有吾は右斜め上を見上げた。それは人間が記憶を辿る時に見せる仕草だった。これまでの証言にこれを加えて検討して行った結果、一つの仮説について反証が成立したと見るべきだ。

 だが、残る一つの仮説は生きている。むしろ、この仮説を裏付ける証言が次々と出てきているのが現状だ。

「反町に恋人はいたか?」

「いなかったと思う。女の勘でしかないけれど、硬派で往年の高倉健みたいな、実直を絵に描いたような人だったから」

「向井はどうだ?」

「女の陰は感じなかったなあ。大型プロジェクトを前にして燃えていたし、男の人って大きな仕事を任されると気合いが入るじゃない? 一旗上げてやろう、みたいな」

 一人の証言であれば錯覚や記憶違いも疑われるが、すべての人が反町と向井に女の陰を感じていない。これは事実だと受け止めるべきだろう。

「二人を知る人物としてどうだ。五年前に反町を殺したのは向井だと思うか?」

 渡辺は数学の難問を前にしたように顔を顰めた。

「何とも言えないな」

「反町以外には考えられないアイディアの盗作をされたのに、社長が間に入った結果、反町はおとがめなしになった。向井としては面白くないよな」

「普段から嫌がらせを受けていた向井君が、ついに臨界点を超えたとも考えられるけど、内紛を治めて外敵に意識を向けさせるのが社長の常套手段だということは向井君も察していたはずだから、仕方がないと諦めていたんじゃないかなあ」

 相当怒ってはいたけどね、渡辺は当時のことを思い出しながらそう証言した。

「でも反町さんを恨むと言えば向井君くらいしか思い浮かばないし、だから何とも言えないのよねえ」

 腕を組みながら、渡辺はハッと思い出した。

「向井君と言えば、殺される二、三日前に珍しく思い詰めていたのよね」

「仕事で悩んでいたのか」

「ちょっと違う。なんて言うのかな、身内が意識不明の重体で、目の前のことが手に付かないような感じ。仮に仕事で壁にぶつかっていたとしても、彼はいつだって前向きにトライして来た。そんな向井君があれだけ思い詰めていたのは初めて見たよ」

「大型プロジェクトが決まって間もなくということか」

「そうそう。最初は大きな仕事を前にして、流石にナーバスになったかと思ったけれど、心ここに在らずだったから、心配になって声を掛けたんだ。本人は何でもないと言っていたけれど、明らかにぎこちない受け答えだった」

 有吾が考え込んでいると、渡辺が「そろそろホットヨガが始まるから」とタイムアップを告げて来た。二人は礼を述べ、スポーツジムを後にする。

「どうですか、博士。まだ話しを聞きたい人はいますか」

「いいや、すべての証言を得られた。お前も今日は帰っていいぞ」

「もしかして、犯人がわかったんですか?」

「残った仮説は一つだ。今夜一晩検討して、それでも反証が見つからなかったらこれで決める」

「その仮説、教えてくれないんですよね」

「ヒントはくれてやる。嘘をついているのは誰か、それを広い視野で捉えてみることだ。あとは自分で考えてみな」

 じゃあな、そう言って背を向ける有吾に「イジワル!」と舌を出した真波は、久々に同期へ連絡を入れてみた。

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