第10話 ビビッと来ちゃった。

 鈴木が退席した後、有吾と真波は伊達元夫人との面会までそのカフェで時間を潰すことにした。

「誰が向井を殺した犯人なんでしょうかね。これだけ証言を得ても決め手が見つからないって、どういうことなのでしょうか」

 苛立った口調で真波が言うと、有吾が資料の裏面を使ってフロー図を書き始めた。

「誰かが嘘の証言をしている。それを整理して考えないから見えねえんだよ。いいか、新島にも反町京子にも殺害動機はある。新島はストーカーによる警告を受けていて、向井に近づくことができない。一方で反町京子と向井は最近連絡を取っていたが、反町京子は非力で絞殺はできない。そして反町京子が金銭で誰かを雇い入れていた形跡はない」

 そこまで整理してから、命題を中央に記した。

「自分の命が危ないと向井が察していたと仮定した場合における犯人は――」

 真波は目を見開いた。

「あっ! 私、ビビッと来ちゃった」

「静電気か? だったら俺に近寄るなよ」

「安心してください、頼まれたって近づきませんから」

「初めて意見が合ったな」

「犯人に関することでビビッと来たんですよ。警視庁は新島を疑い、神奈川県警は反町京子を疑っている。しかしどちらも決め手に欠けていて、犯人である確率は半々ですよね」

「今のところな」

「五分と五分、足せば1になるじゃないですか!」

 てってれー、と自分で効果音を付けながら、真波は自慢げに言い放った。

「つまりお前は、新島と反町京子の共犯だって言いたいのか」

「その通りです。非力な反町京子では向井を絞殺できなくても、新島なら出来ます。向井は狙われていると自覚していたようですが、それは新島が向井の行動をチェックしていて、その気配を察したからですよ。ストーキングの経験がある新島だからこそ出来る尾行です」

「殺すタイミングでも計っていたというのか」

「ええ。ですが新島を警戒している向井はなかなか隙を見せない。そこで反町京子から連絡を入れて、部屋の中に入れるよう手ほどきをしたんですよ」

「お前にしてはいい推理だな」

 有吾が珍しく褒めると、真波は調子に乗って鼻の穴を膨らませた。

「博士、強がらずに認めちゃった方が楽になりますよ。悔しいでしょうけど、私の推理が正解ですから。すみませんね、わざわざ研究の手を休めてまで捜査に協力して頂いたのに、新人の私が解決してしまって」

「証拠もないのに、それだけ気持ちよく自分の推理に酔える奴も珍しいな」

「裏付けはすぐにとれますよ。なにせ、正解ですから」

「言っておくけど、大ハズレだぞ」

「またまた、負け惜しみですか? 男らしくないですよ」

「共謀の仮説は俺も早々に立てた。だがすぐにボロが出て消したんだよ」

「はあ? どこに間違いがあるって言うんですか」

「まず、向井の自宅に新島が来ても部屋の中に入れないだろ。ストーキングによる迷惑行為を警察に訴えて、二度も警告を出してもらっている相手だぞ」

「インターフォンが鳴ったから、そのままドアを開けてしまったのかもしれませんよ」

「向井の自宅にあるインターフォンは、マンションのエントランスも自室玄関もカメラ付きだ」

「だから勢いで開けちゃったんですよ」

「身の危険が迫っていると感じているのに、無警戒で開けただと?」

「うーん……だったらこうですよ。まずは反町京子が部屋に上がった。お茶でも入れますよと向井がキッチンに行ったところで、反町京子がそっとドアを開いて新島を招き入れた」

「ドアが開けば音が出るし、空気が動いて気配を感じるだろ」

「音楽をガンガンに掛けていたんですよ。ロックとか、ヘビメタとか」

「年配者の反町京子を招き入れているのにヘビメタって、アホちゃうか」

「でしたら入室後、すぐに新島が背後から襲ったとしたらどうです?」

「物音を聞いた向井が振り返り、正面を向くはずだ。だが、絞殺はソファに座った状態で背後から行われている。矛盾しているな」

「あっ、別の場所で殺したんですよ。それで死体を運び入れた」

「一人掛けソファの背もたれに、押し付けられた痕跡が残っていただろ」

「死体を使ってグリグリすれば、偽装できるでしょう」

「つまりお前は、別の場所で殺した身長百八十センチもある男の死体を新島と反町京子の二人で抱え、防犯カメラに映らないようマンションの裏口から入り込み、遺体を担いで六階まで階段で上がって、誰にも見られることなく向井の自宅に運び入れたというんだな」

「……そのとおりです」

「新島はプロレスラーかボディビルダーだったか? 俺の記憶ではウエブデザイナーだったはずだが」

「私の記憶でもそうです……」

 さっきまでの勢いが嘘のように、真波は項垂れた。

「良い線いっていると思ったんだけどな」

「そうやって単なる思いつきをすぐに信じ込むから、冤罪が生まれるんだよ」

「博士だって意味不明な仮説を立てていたじゃないですか。新島が錯覚を起こしていたとか」

「通常の捜査では気づかない見落としがないかを疑うための仮説だと説明しただろ。それに俺はお前らと違って、反対側から仮説を攻めていくんだよ」

「どういうことですか?」

「勝手に思い込み、それを信じてしまうのは避けられない本能なんだよ。ライオンが迫っているのに、呑気に逃げ方を考えているシマウマなんていないだろ。人間に限らず、すべての生物はみな、生き残るために素早い状況判断を行う。その結果、限られた情報の中で結論を導き出すことになる」

「合コンで第一印象が良い人、悪い人を見極めるみたいな?」

「お前らしい例えだな。喋って行くうちに良かった人に違和感を覚えたり、逆に悪かった人がよく見えるようになったり、第一印象と後の評価が変化することはいくらでもあるだろ」

「すごくありますね。博士もイケメンでカッコイイと思いましたけど、今では憎たらしくて仕方ありませんから」

「……まあ、そういうことだ。早急に結論を出すため、時に誤った判断を検出してしまうんだよ。その特性に目をつけて悪用する連中もいる。例えば詐欺師とかな」

「言葉巧みに誘導して、誤った判断を検出させるわけですね」

「そのとおり。よく騙される奴が悪い、信じる方の頭がどうかしていると批判する第三者がいるが、そういう奴らは脳が簡単に騙されることを知らない」

「口車に乗せられてしまう事って、往々にありますからね」

「刑事も人間だ。自然と本能で思い込みを始め、それを信じてしまうんだ。問題はその後だ。調べて行くうちに思い込みと異なる事実も出てくる。だが、都合の悪い事実には目を瞑り、自分に取って都合の良い証拠ばかりを集めてしまう。時には不都合な証拠を揉み消すこともある」

 その懸念は現に起こっている。これまで冤罪が確定している、もしくは疑われている事件も調べ直してみると、どうしてこの事実を考慮しなかったのか、不思議に思うことは多い。

「そのことを知っている俺は、無理に思い込みをやめようとするのではなく、その思い込みを疑うことから始めるんだ。仮説を立てたらそれを信じるのではなく、それを否定する材料を探す。探し出せたらその仮説は誤りとして捨てる、探し出せなかった時点でようやくその仮説を軸に具体的な検証を始める」

 自分で自分を否定することから始める、そうすることで事実認定の精度が高まるというのが有吾のスタイルだった。

「研究もそう。論文には思い込みが多分に含まれ、時にそれは否定されて社会問題も引き起こす」

 モーツアルト効果やサブリミナル効果といった、信じられていた実験結果が後になって覆されるのは良くあることだ。問題なのは広まる時は大々的にマスコミが取り上げるが、後に判明した真実は消極的な報道しかなされない。結果、信じたままの人が多く残る結果となる。

 近年はネットによる情報交換が活発化したおかげで、一部分をクローズアップして誇張したり、演出による偏った情報提供が行われたり、そういったマスコミの姿勢に懐疑的な人々も増えて来たが、それでもやはり真偽のほどを確かめずに鵜呑みにしてしまう人は多い。それを有吾はただ批判せず、人間の本能的行動だと捉えている。

「人間はいつだって上澄みしか掬わない。しかもそれは排除できない。俺だって思い込みをしてしまう。だったら思い込みをしてしまうことを前提に、それを修正する対策を施せばいい。無理して全知全能に近づこうとしなくていいんだよ。未熟ならそれを補う方法を考えるべきだ。人間にはその知恵があるのだから」

 真波は目を見開き、呆然と有吾を見つめた。

「初めて博士が博士に見えましたよ」

「十代の頃から博士だっての」

 伊達元夫人へ会いに行くぞ、有吾が立ち上がると真波の瞳にはその背中が頼もしく映った。

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