第8話 そ……それは凄いですね。

 面会を取りつけていた大手法律事務所のパラリーガルである佐藤は、午後一時過ぎに待ち合わせのカフェに現れた。昼休みは交代制で、二時までは自由だという。

 年齢は三十を超えているが、タイトなスカートがよく似合うスタイルを保持している。普段から食べ物に気をつけているらしく、注文した品もカロリーが低いサラダパスタだった。

 佐藤は有吾を見るなり目を丸くしていた。シャレたビジネスマンが行き交う六本木に無精髭と寝癖を気にしない男が現れたのが珍しいようだ。

 真波が博士号を2つ持つ天才だと紹介すると、妙に納得した表情で「確かに博士っぽいですね」と笑った。研究に没頭するあまり自身の身なりは気にしない、そんな絵に描いたような研究者に見えたのだろう。おかげで変な警戒心をもたれることなく、話しを進められた。

「大沢先生か、懐かしいな」

「どんな男だ」

「一言で言えば強烈な人」

「クライアントのリクエストに応えるためなら、神や仏が相手でも悪魔と手を組んで打ち負かそうとする感じか」

「そんな凄味を感じるわね。この人が弁護したら、例え現行犯逮捕でも無罪にしてしまうんじゃないかと思えるほど」

「いくらなんでも、現行犯逮捕を無罪にするなんて無理ですよ」

 真波が言葉を挟むと、佐藤は口許を拭いながら応じた。

「目撃証言の曖昧性や捜査手続きの不備を見つけ出し、そこを執拗に責めるの。実際に決定的な物的証拠があったのに、保存不備を理由に他の可能性を立証してみせ、判事が証拠として採用しなかったこともある」

「そ……それは凄いですね」

「ヤメ検としてうちのファームに入ったけれど、いきなり頭角を現してすぐにパートナーになった。これまで多くの有能な弁護士を見て来たけれど、大沢先生だけはレベルが違う感じ」

「弁護士も刑事と同じく、二人一組で弁護に当たるんですか?」

 真波のとんちんかんな質問に、有吾が呆れながら教える。

「パートナーというのは共同経営者のことだ。一般的な会社でいえば、取締役みたいなものだ」

「スピード出世を果たした、ということですか」

「そうね。あまりにも早くて、良い意味でも悪い意味でも注目を浴びていた」

「身内に敵も多かったんだな」

「人が集まれば派閥が生まれ、自然と敵対して行くものでしょう」

「独立せざるを得ないくらいに敵がいたとすれば、それは目立ち過ぎだろう」

「シニアパートナーの座を巡って敗れたから、仕方が無かったのよ」

 佐藤はパートナーの中でも上級の人たちを『シニアパートナー』というの、と真波に教えてから続ける。

「三人のうちの一人が引退することになって、実績から言えば大沢先生が適任だったんだけど、生え抜きグループに巻き返されちゃって」

「むしろ独立して良かったんじゃないのか。大手に所属している時よりも、稼いでいるだろう」

「でしょうね。五年前のチャージが一時間三万五千円だったけれど、今は六万円取るって噂だから。それでも需要があるんだから、凄腕だわ」

 有吾は腕を組み、考えながら訊ねた。

「俺が五年前の事件を初めて聞いたとき、いくつかの疑問が浮かんだ。その中で最も不思議だったのが、向井はどうやって大沢を雇ったか」

「確かに、新人デザイナーが一時間三万五千円の弁護士を雇うお金をどうやって工面したのでしょうか」

 真波も興味を示した。佐藤は食べ終えた食器を脇にずらしながら答える。

「私もそれが疑問でね、訊ねたことがあるのよ。大沢先生は無償ボランティアだと答えたわ」

「手弁当で向井を助けただと? 二人は知り合いだったのか」

「初対面だったはず。それでも無償で請け負ったのは向井さんのためではなく、自分のためだったんじゃないのかな」

「どういうことだ?」

「出世競争で巻き返された大沢先生は独立を模索していた。でも今までのクライアントはファームが抑えてしまうから、裸一貫で出て行くハメになってしまう。独立前に大口の顧客を掴んでから、自身の事務所経営を安定させたいと考えたはず」

 有吾は指をパチンと鳴らした。

「その時、奇しくも反町殺害の事件が発生した。向井が逮捕されたことでマスコミは人気アパレルの裏側を面白おかしく書き立てた。その結果、ダテ・モードの売上は見る見る落ちて行った」

「調べると、逮捕自体は点数稼ぎに焦った管理官の勇み足だった。物的証拠はなく、本人も殺害を否定している。目撃証言は叩けば埃が出る有様。これなら戦えると判断したんでしょう」

「そしてダテ・モードに話しを持ちかけた。向井の無罪を勝ち取ったら、独立後の事務所と顧問契約を結んでくれと」

「見事に無罪を勝ち取り、ダテ・モードの名声は復活、業績は急回復した。そして約束どおり大沢事務所と顧問契約を結んだのよ。仄聞する所によると、その顧問料は年間一億円ですって」

「大沢事務所の実績にダテ・モードが多かった理由はそういうことか。デザインの意匠を巡って他のアパレルと争う事案なんて、大沢の専門分野ではないはずなのに、おかしいなとは思っていたんだ」

「大沢事務所は知的財産に強い弁護士を積極的に雇い入れているみたいよ」

「事務所の規模を大きくするつもりか。確かにやり手だ」

「私の見解はどう? 後になって気づいたことなんだけど、辻褄は合うでしょ」

「お見込みの通り、だろうな」

 博士がその仮説を支持したことで、佐藤は機嫌良く食後のコーヒーを口に含んだ。

「大沢をサポートしていたパラリーガルの目から見てどうだ、向井は反町を殺したと思うか?」

「何とも言えない。印象だけで言えば限りなく黒に近い灰色ね」

「それを漂白したのが大沢か」

「まさに驚きの白さよ」

「向井の犯行だとしても、大沢がすべて揉み消しているだろうな」

 思った以上に難儀だな、有吾は頭の後ろで手を組みながら、そうボヤいた。

「その向井が殺されたこと、知っていたか」

「ニュースで見たわ。最初はピンと来なかったけれど、ダテ・モードのデザイナーだと言われてハッとしてね。画面に映し出された写真を見て間違いなく大沢先生が弁護したあの向井さんだとわかった」

「面影が残っているか」

 佐藤は二度小さく頷いた。

「五年前にはまだ青さが残っていたけれど、それもすっかりとれてイイ男になっていたわね」

「お宅の法律事務所と向井は関わりがあるのか」

「なにもないわ。五年前の事件は大沢先生があくまで無償ボランティアとして請け負っていただけだから。私はそのお手伝いをしただけ」

「あくまで大沢の私的案件か……」

 そろそろ仕事に戻るので、そう断って席を立つ佐藤に礼を述べ、有吾と真波も次の待ち合わせへ向かった。

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