[02-05] ゴブリン・シップ
「待った、止まって」
急にラカが手を上げ、エイリーンさんと御者さんに制止をかける。その視線は地平線の彼方へと向けられていた。
「チェスティ? オーガとゴブリンは北から南下してるって話よね」
「そのとおりのはずでするが――何か?」
「アレ、見える?」
チェスティさんは双眼鏡を取り出し、ラカが見ている方角を覗く。その表情がすぐに強張った。
「えっ、あっ、……はい?
わたしの肉眼では何も見えない。馬車から身を乗り出そうとすると、チェスティさんが双眼鏡を貸してくれた。
どれどれ。この辺りの平原は起伏が少なく見晴らしがいい。背の高い草むらが点在する他、か細い木がちらほらと生えているだけだ。
その中にひとつ、何やら左右に揺れている物を発見できた。
いや、『物』というか――
「お
車輪つきの巨大なお神輿を大勢の人が押している。向かう先はこちら、〈オーライル〉の南だ。
横にいたチェスティさんが小首を傾げる。
「ミコシ? でするか?」
……あ、チェスティさんって、海外の人なのかな。わたしはジェスチャーで伝える。
「お祭りで出す、手押し車みたいな物かな。わっしょいわっしょいってやるの」
「ああ! でしたら、かなり近いかと。アレは陸上の船でするよ」
「船?」
もう一度、下のほうをよく見る。
……あっ。たった今、押し倒された木の高さと比べると、その下で船を押している人は明らかに小さい。
しかも肌は土色で髪はオレンジ。サイズの合っていないぼろジャケットを好き好きに着ている。
その外見とファンタジー小説の挿絵が頭の中で結びついた。
「もしかして、あれがゴブリン?」
「はい! そしてオミコシこそがヤツらの移動式住居、『ゴブリン・シップ』でする!」
なんと。ゴブリンたちは洞窟の中で隠れ潜むだけでなく、遊牧民のように旅しては人里を襲っているのか。
エルフの視力を持つラカは、ゴブリン・シップとオーライルに続く道を素早く見比べる。
「オーガがどこにもいない。ボスゴブリンもいない。……これって多分、まずいわ」
わたしはゴブリン・シップ一隻が単独行動しているのを確認してから、双眼鏡をチェスティさんにお返しした。
「まずいって何が? あの船、迷子になってるんじゃないの?」
「ゴブリンの動きはハチやアリにたとえられるの。兵隊が王を守り、労働者が王と兵隊のために食糧をかき集めてくる。それと同じよ」
つまり、労働者がなんらかの命令を受けて単独行動していることになる。
では、『王』はいずこに?
ラカにはその答えを推測できているようだ。続いて、エイリーンさんも〈オーライル〉の方角を睨む。
「本隊は北から南下、分隊は回り込んで南を押さえる――包囲作戦ですわね!」
このままでは〈オーライル〉の住民たちが逃げ場を失ってしまう。最悪、全滅だ。
チェスティさんが馬車の座席をごつんと殴る。
「オーガとゴブリンにそのような戦略AIが搭載されているなど、聞いたことありませぬぞ!」
ラカが落ち着かないスモーキーを撫でる。近づいてくる敵の気配を感じ取ったのか、ふすふすと鼻息を荒くしているのだ。
「プレイヤーに蹂躙されて学習したのかも。ありえなくはないと思うけれど――それより、問題はあたしらの行く先とあいつらの進路が被るってことね」
チェスティさんは手を振りかざす。
「望むところ! 我々で撃破し、〈オーライル〉の退路を確保いたしましょうぞ!」
ラカとチェスティさんはお互いに頷き合った。
普通、あんな船をこの少人数でどうにかしようなんてなかなか思えないところだけど、さすがは高レベルプレイヤーだ。
わたしたちが乗員席から飛び降りた後で、ラカは御者さんにUターンさせる。
「あんたは〈カディアン〉に戻って、イモータルに『来るなら来い』って伝えて。多分、時間の猶予はそんなにないから」
「ああ、わかった。幸運を祈るよ、お嬢さん方」
御者さんが一目散に〈カディアン〉へ逃げていくのを見送った後で、ラカはエイリーンさんに振り向く。
「あんたは〈オーライル〉に行って、そこで指揮を執ってるヤツにこのことと、あたしらが向かっていることを伝えて」
エイリーンさんは少し迷っている様子だ。ラカに従うべきか、自分もこの場に残ってゴブリンと戦うべきか。しかし、判断は即座に下された。
「承知いたしました。弱者を守るは騎士の務め。この場はあなた方にお任せしますわ」
「もっかい言っとくけど、矢面にはイモータルを立たせなさいよ。ひとりで突っ込んで、無駄死にしないで。あんたには生きててもらわないと困るんだから」
もうちょっと言い方があるのではないかと思ったけれど、ラカの心配はちゃんとエイリーンさんにも伝わったようだ。
「ええ。あなた方の到着をお待ちしてます」
エイリーンさんは今度こそまっすぐ〈オーライル〉へと駆けていった。
さて、後に残るはわたしたちだけ。でも、心細くはない。ラカが馬上でとびっきり悪い笑みを浮かべてみせる。
「ネネ。お待ちかねの対モンスター戦よ。心の準備はいい?」
「いつでも。勉強させてもらうね、ラカ」
オオカミの耳をぴんと立て、両手で〈ケルニス67〉のグリップを握り締める。尻尾はゆったりゆらゆら、平常心を保てている証拠だ。
早く、ラカの相棒として相応しいガンスリンガーになりたい。
そのために着実な一歩を重ねるのもいいが、時には一足飛びに危険へ挑むことも必要だろう。この多勢に無勢の状況はむしろチャンスだ。
そんなやり取りをよそに、チェスティさんが体をぷるぷる震わせている。さっきは戦意満々としていたのに、急に体調でも悪くなったのだろうか――
「おお……ラカ殿の相棒にして可憐なる殺戮者、アマルガルム族のネネ殿……それがしは今、最初の目撃者になるのですな……一挙手一投足を目に焼きつけ、後世に語り継がねば……」
「大げさだよっ!?」
しかし、これは大げさでもなんでもなかった。
このときのわたしはようやく視界に映った敵影に気を取られたから、それ以上は特に考えなかったのだけど。
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