[02-03] 加勢の依頼
〈サルーン・フルハウス〉に戻ったわたしを、
「ま、また負けましたわ~っ!?」
女の人の悲鳴が出迎える。
見れば、先日救出した伯爵令嬢エイリーン・マクミハルさんがテーブルに突っ伏していた。どうやらポーカーに挑戦していたらしい。
周りのお客さんがげらげら笑う中、隣にイスを並べて観戦していたラカも呆れている。
「あんた……こんな弱い手で勝負しようってほうが無茶よ」
「だって、あちらの殿方の顔色が
「見え見えのブラフじゃない。相手に勝負させないと、賭けが成立しないでしょ? あんたはそれにまんまと乗せられてるワケ」
「くぅっ……!」
……あは。ふたりともすっかり仲良しみたい。
苦笑いのわたしに気づいたラカが手を上げた。
「おはよ、ネネ。どこ行ってたの?」
涙目のエイリーンさんも恭しくお辞儀してくれたので、わたしも見様見真似で返す。
「雑貨店。昨日拾った銃を鑑定しとこうと思ってね。これ、〈ノルニカ・サーペント〉って銃をカスタマイズしてあるんだって」
「ふーん、高火力リボルバーじゃない。ちょい貸して」
このゲームを遊んでいると、自分が使っていない銃にも興味を持つようになるらしい。
ラカはハンマーとトリガーから指を外し、壁にかかったダーツの的を狙って銃を構える。しかし、眉をひそめてわたしに返した。
「重いわね。ネネはどういうビルドにするか考えてるの?」
「『ビルド』?」
「『
大勢のプレイヤーがひとつのゲームを遊ぶということは、共通解も自然と洗練されていくということでもある。
必須スキルだけをピックアップした『基本ビルド』は、『メレー』『レンジ』『キャスター』の三つに分類できるらしい。
メレーは近距離で戦うビルド。レンジは中・遠距離で戦うビルド。キャスターは銃を頼りとせず、精霊術やマギカで戦うビルドである。
「この〈クェルドス・スペシャル〉ってのは、メレーで振り回すのは難しそうだけど、レンジなら十分サブウェポンとして使えるって感じね」
「ふむふむ……銃とビルドの相性があるんだね」
ゲーム用語で話し込むわたしたちに、エイリーンさんが遠慮がちに割って入った。
「おふた方、よろしいかしら? あちらのドワーフ様、ずっとこちらを睨んでおりますわ。まさか、例のドラウに雇われた刺客では――」
「う、ううん! あの人は違うの!」
とんでもない誤解である。……や、確かにあの表情はちょっと怖いかも。サルーンの外でいっぱい深呼吸をしていたけれど、結局、リラックスできなかったみたいだ。
わたしが手招きをすると、チェスティさんはばっと走り寄ってきて、ラカの前に跪いた。
「お近づきできて光栄でありまする、ラカ・ピエリス殿っ! それがし、チェスティ・テルミットと申す者。貴殿のご活躍、常々拝聴しておりまするっ!」
「そりゃどーも……」
ラカが呆気に取られているが、こんなのはまだ序の口だ。チェスティさんはオペラかミュージカルのように熱っぽく語る。
「
チェスティさんは壁に立てかけてあるライフル――〈ディアネッド〉という名前だったらしい――を見つけてさらに興奮する。
「おお! そちらが〈ディアネッド〉でするか!?」
「え、あ、うん」
「なんと美しい……! ミスリル鋼と霊樹林ティルティネンの木材が奏でるハーモニー……! この神々しさ、やはりナマで見るのとスクショで見るのとはワケが違いまするなあ!」
へえ。わたしも綺麗な銃だとは思っていたけれど、見る人が見たら仰天するようなレアだったんだ。
エイリーンさんも、そっとわたしの耳元で囁く。
「ラカ様、それほどに名高いガンスリンガーでしたの?」
「みたい。……あ、わたしは新人だから、特にエピソードはないよ」
「もうあるではないですか。このエイリーン・マクミハルを悪漢から救い出した正義の使者、アマルガルム族のネネ様?」
「……わあ、なんだか気恥ずかしいや」
カードを遊んでいたこともそうだけど、エイリーンさんは旧魔王領の冒険に積極的らしい。『伯爵令嬢』という肩書からイメージしていた人物像と違って、わたしにも気さくで親しみやすい人である。
一方、目をきらきらと輝かせるチェスティさんに迫られたラカが、わたしに救いを求めた。
「ネネ、この子どこで拾って――あ、もしかしてリボルバーを鑑定したのって?」
「うん。雑貨店でたまたま会ったんだ。ラカにお願いがあって、〈カディアン〉に来たんだって」
「……ふうん? ま、聞くだけ聞いてあげるわ。言ってみなよ」
チェスティさんは「はいっ」と背筋を伸ばし、顔つきを引き締めた。ラカ、わたし、そしてエイリーンさんを順々に見つめ、本題を切り出す。
「ご加勢を乞いに参りました」
チェスティさんはリュックから地図を取り出し、カードテーブルの上にばさっと広げた。
わたしたちだけでなく、野次馬気質な〈フルハウス〉のお客さんたちもなんだなんだと覗き込む。
「〈カディアン〉の北、〈オーライル〉の町が襲撃されるやもとの報がございました。それがしはその防衛に雇われておりまする」
ラカが「防衛?」と眉をひそめる。
「あんな田舎町が何に襲われるって言うのよ」
「ゴブリンの大群でする」
その名を聞いて、サルーンがどよめく。
『ゴブリン』と言えば、ファンタジーの定番モンスターだ。
小さな亜人で、道具や武器を扱い、群れを成す。つまりは社会性を持つ種族で、それなりに知能が高い。
「事の発端はさらに〈オーライル〉北部の山岳地帯。そこに住まうウズブラ族が襲われ、命からがら〈オーライル〉へ逃げ延びたのでする。斥候によれば、大群は〈オーライル〉への南下を始めたとか」
ラカは冷静に地図を観察する。
「どっかのダンジョンから這い出てきたの? だとしても、そういうのって大抵は低レベルに設定されてると思うけど――それならあたしに助けてほしいなんて話にはならないわよね」
「はい。本当の問題はゴブリンの大群を率いる者。ウズブラ族の方々がオーガを目撃されておられるのでする」
「そりゃ、ますます変だわ。オーガのいる場所はもっと中央寄りなのに」
これまた定番モンスターの名前が出てきた。
イメージするのは頭に角を生やした鬼。棍棒を振り回して、手当たり次第に破壊を繰り返すのである。
「これに対し、〈オーライル〉町長とウズブラ族の方々からクエストが発令されました。町の防衛。そして、同胞を逃がすために犠牲となった方々の敵討ちでする」
そこまで憤慨した調子で語っていたチェスティさんが、浮かない顔になった。
「ところが、〈オーライル〉在住のイモータルはみな戦闘に不慣れなファーマーなのでする。戦力としてはやや心許なく……」
滅多に人が訪れない土地に、一面のジャガイモ畑。ポーチのロッキングチェアでゆらゆらしながら読書。収穫した作物をラカと一緒にお料理――っと、妄想はこれくらいにしておこう。
ラカは腕を組んだまま、簡単に頭を縦に振らない。
「で、なんであんたはわざわざここに? ずっと前から追いかけてこないと、あたしが〈カディアン〉にいるなんてわからないでしょ」
「ご明察恐れ入りまする。それがし、〈ディアネッド〉をひと目拝見させていただきたく、〈ルオノランド〉にお越しのラカ殿をお訪ねするつもりだったのでする。そこに今回の騒ぎで『これはもうラカ殿を頼るしか』と参った次第でするが――」
チェスティさんがいきなりわたしの手を取る。
「なんと、ラカ殿に相棒殿がいらっしゃるとは! ぽわぽわ笑顔の子オオカミと侮ることなかれ。ギャングどもを血祭りに上げたるは正真正銘アマルガルム族の
チェスティさんはばっと土下座をする。まさにアルマジロが丸まるときの、見た目に反した俊敏さだった。
「どうか! お力を貸してはくれませぬか!」
ラカは「うーん……」と唸りながらエイリーンさんのほうをちらちらと見る。
「協力したいのはやまやまなんだけど、あたしら、こちらのお嬢様からクエストを受けてる最中なのよね。雇い主のご意向を伺わなきゃいけなくてさ――」
ばん、とエイリーンさんがテーブルを叩いて立ち上がる。
「参りましょう、ラカ様、ネネ様! 民を守るは貴族の務め! マクミハル家の娘として看過できませんわ!」
即断即決である。ラカもその返事を待っていたようで、ちょっと安心した顔をしていた。まだ床に手をついているチェスティさんを抱え起こす。
「オーケー、今すぐ〈オーライル〉に行きましょ。ネネには対モンスター戦を経験してもらいたかったしね」
「おおっ! 感謝いたしまする!」
……これってなんだか、ファンタジー小説で冒険パーティーが結成されるシーンみたいじゃない?
そう思っていたところにタイミングよく、ウェイトレスさんがジョッキを四つ運んできた。例によってミルクが注がれている。
突然の差し入れに、ラカが首を傾げる。
「あたしたち、注文してないわよ?」
「マスターのサービスだって。景気づけにどうぞ~」
これだけ大声で話していたら、当然、カウンターまで聞こえるよね。この場のイモータルたちも〈オーライル〉に駆けつけるかどうかで相談しているくらいだ。
マスターさんのご厚意にわたしたちは軽いお辞儀をして、
「じゃ、クエストの無事成功を祈って」
乾杯! ラカの音頭で、それぞれ持ち上げたジャッキが気持ちよくぶつかり合った。
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