番外編・引きこもり家長
中学3年の生徒である
先生は家長がやってくると手に持ったプリントに一度目を落としてから話はじめた。
「
「そのままの意味ですよ先生」
家長はさも当然のような態度で言った。
「つまり~、就労するのか?」
「はい」
「就職先は決まっているのか?」
「はい。自宅です」
「自宅?」
「最近自宅警備員2級の資格を取りました」
「警備員なのに自宅なのか?」
「はい」
「・・・あっ、そうか。リモートワークってことか。最近は警備の仕事もそういう時代なったんだな」
先生は勝手に納得して頷いていた。
「しかし、先生としてはやはり高校には行ってほしいんだが」
「僕としては早く自宅警備員として就労したいんです」
「・・・そっか。家庭の事情かは知らんが早めに働きに出て、いや出ないのか? まあ早めに働きに出てご両親を安心させたいとか、そんなところか?」
「両親は関係ありません。僕が選んだことです」
家長が力強く言い放ち、先生は感心していた。
「そうか。早めに社会経験を積んでおくことも悪くはないからな。お前が決めたことだし先生は応援するぞ」
◇ ◇ ◇
10年後・・・
時刻は夜中の2時。
自転車で見回りをしていた中年男性の警察官がパジャマ姿で歩く家長を目撃する。
「君、ちょっといいかな?」
警察官が声をかけると家長は少し驚いた様子だった。
「え? 自分ですか?」
「そう。君だ君。ちょっと2、3質問させてもらってもいいかな?」
「は、はあ」
家長が困惑していたため警察官は安心させるように優しくはなしかける。
「2、3質問させてもらうだけだから。いいかい?」
「まあ構わないですけど・・・」
男性は不承不承といった様子で了承した。
「それじゃあ質問させてもらうよ。え~と、まずはその格好なんだけど」
「あ、これはパジャマです」
「やっぱりパジャマだよね。ごめんね変な質問して。家は近くかな?」
「そうです。夜風にちょっと当たりたくなったんで。でもすぐに帰るつもりです」
「そっかそっか。学生さん? それともなにかお仕事を?」
「あ、警備の仕事をしてます」
「警備? 警備のお仕事? どこの警備をしてるの?」
警察官は少しだけ興味が湧いていた。
「自宅です」
「え?」
「自宅を警備してます」
ハッキリとした口調で応える男性。
「あ、なるほど。色々なご自宅から警備の仕事の依頼がくるとか、かな?」
警察官は勘違いして納得してしまった。
「ちなみにご自宅の警備担当して何年になるの?」
「10年です」
「10年!? ベ、ベテランだね~。あ、失礼。結構若く見えたもんだから。ちなみに警備する時間は?」
「だいたい24時間です」
「1日!? ずいぶん長時間労働だね。休みとか貰えてるの?」
「いえ、ほぼ1年中です」
「1年中!? その警備の仕事超ブラックじゃないか! 親御さんはそのことを!?」
「よく存じております」
家長は自信満々にうなずいて言った。
「親御さんはなんか言わなかったの!?」
「僕の部屋の前で『もう、こんなことはやめてほしい』って泣かれました。毎日のように言ってくるんで、親が寝静まった夜中ぐらいしか外出しません」
「なら・・・」
「それでも僕は別の仕事をしたら負けかなと思ってるんで」
◇ ◇ ◇
更に10年後・・・
住宅街のとある一軒家を中心に少し離れたところで黄色いテープが張られその区域内は立ち入り制限されていた。
張られたテープの前には何台ものパトカーが止まっており警察官も大勢いた。そこへ1台のパトカーやってきて中からスーツを着た男が降りて来た。すると同じくスーツを着た若い男性が小走りで来て男性に向かって敬礼をした。
「警部! お待ちしておりました!」
警部と呼ばれた男も軽く敬礼し状況を尋ねた。
「立てこもり犯は?」
「いまだに自宅に立てこもっています」
「自宅? 立てこもり犯の家か?」
「はい。家は一軒家です」
「容疑者は?」
「その家の息子です」
「容疑者、いやその息子の親はいるのか?」
「はい。両親とも無事です。こちらで保護しております」
「そうか。容疑者に兄弟姉妹は?」
「いません。一人っ子です」
「説得は? できそうな状態か?」
「どうでしょう・・・」
若い男の顔が曇る。
「なにか問題でも?」
「それが・・・その容疑者はひきこもりを20年間していまして・・・」
「ひきこもりを20年?」
「はい。今回の立てこもりも、ひきこもりに我慢の限界に達した両親がネット契約を止めたことに腹を立てたことが起因のようでして」
「そうか・・・。ひきこもりから立てこもりへ、か・・・」
「ええ。難しい問題です・・・」
「ひきこもり犯、いや立てこもり犯の要求は?」
「ネットの再契約です」
「ううむ・・・。最悪、突入は?」
「両親によると、息子、いえ立てこもり犯は自宅警備員1級の有資格者で、1級在宅士の資格もあるそうで」
「通信講座か?」
「恐らくは。その上で自宅警備歴20年、更にホームガーディアンの称号も手にしているとかいないとか。とにかく家に突入するのは慎重になったほうがよろしいかと」
警部は顎に手をやって思案する。
「そいつは困ったな。ひきこもりが引くに引けない状況まで引いたか・・・」
「ええ。引き際を間違えたひきこもり、難しい対応が求められます」
「状況から考えて、粘って説得するしか方法はないだろうな」
「しかし両親の説得にも20年屈しなかった不屈の精神の持ち主ですよ。説得も困難を極めるかと」
「だからといって、こちらも引くわけにはいかん」
警部はテープの先に見える件の一軒家を見ると、なにやら不穏な空気をまとっているのを感じ取った。
「・・・この一件、難しくなりそうだな」
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