お茶会(?)
「まぁそれはそれとして」
「あの──」
「時間も余っちゃいましたし、あとはゆっくりお菓子でも食べましょうか」
ようやく絞り出された私の声と、零花の和かな話題の切り替えはほぼ同時だった。が、私は零花に負けて言葉の先を譲っていた。
零花はスタンド上段にあった、チョコレートのトーラスドーナツを持って私に差し出してくる。
「ん…………?」
「あーーーん、です」
「いや、自分で食べられるからいいよ」
「だめです」
私が手で受け取ろうとすると、零花は素早くそれを回避した。
少し膨れて、私を見つめてくる。その潤んだ瞳には不満の色が滲んでいた。
「え、なに?なにこの展開」
「あーーーーーーーん」
零花がまたしても、引っ込めた手を私の前に差し出してくる。
「ちょ……えぇ……?」
「あーーーーーーーーーーーーん」
その圧力に思わず身を仰け反らせたが、零花はその距離を限界まで縮めてきた。微かに甘い香りがした。
これ以上の抵抗は無駄かも。
「……………わかった」
私は折れた。
小っ恥ずかしい気持ちを抑えて、私は素直にドーナツを一口齧った。
「んっ……………………………」
暫し咀嚼してから、甘ったるいチョコレートの味を飲み込む。
「どうです?」
「…………美味しいです」
口の中に残った甘さが、なんだか慣れないものだったから、私はすぐに紅茶を口に含んだ。
「……いや美味しいんだけれども、話を聞いてよ──って!?」
「はい、あーーーん」
一回じゃ終わらないらしい。
零花はすぐさま、苺の乗ったタルトをフォークで一口分取って、私に差し出してきた。
「えぇ、またぁ……?」
無論困り果てる私。
「いいじゃないですか」
零花は絶えず笑みを湛えていて、その印象は“おままごとをする幼児”とか、“子供の世話を焼く母親”とか、はたまた“野良猫を餌付けする少女”みたいだった。
まぁどれも、愛玩対象に向けられる優しい笑みなので、私も悪い気分にはならないのだが。
だから抵抗する理由も上手く見つけられず、ここはとりあえず、口を開いて素直にパクつくしかない。
「……あんっ」
慣れない動作を連続要求されて、羞恥は二割増しだった。
咀嚼しながら問う。
「んぐんぐ………もういい?──っ!?」
「あーーーん!」
三投目。投げるという表現が適切かどうか判断しかねるが、勢い的にはイメージが近い。
今度は、ホイップクリームのたっぷり乗ったパンケーキ一口大。フォークに刺さったそれが私の眼前にある。
ごくりと息を飲むと同時に、漸くタルトも飲み込んだ。
「も…………もう自分で食べるって……」
「あーん」
「ちょっ……。あ、あーん」
ずいずい迫られると口を開けてしまうのはなぜだろう。
じりじりと近づくパンケーキを、私は諦めて口で受け止めた。
◇
「ふーーっ………ふーーっ………」
暫くして、私はお菓子を食べるのに息を切らしていた。
もう何品食べさせられたか分からない。
そして今は、何品目か分からないエクレアが、ふにふにと私の頰に押し当てられていた。
待って欲しい。まだみたらし団子を咀嚼中なのに。
こんな風に、飲み込む前に新たなお菓子が無尽蔵に差し出されるものだから、既に私の口周りは糖分でべったべただった。おまけにボロボロ崩れたクッキーの破片やら、溢れたジャムやらクリームやらで衣服も酷い有様。
そんな感じで、私をまるで玩具みたい扱う零花は、悪びれる様子もなく問うてくる。
「私の作ったお菓子、お口に合いますかね……?」
その声音というか響きは、これまた純粋だった。
だから勿論「どれもとても美味しかった」といい加減そう答えてやりたかったのだが、みたらし団子を胃へ無事に送り届けた途端、和風テイストの余韻の残る口内が、即座に洋風テイストに侵された。
「んぐっ……!?」
エクレアが押し込まれていた。
口のかなり奥まで到達したそれに、思わず呻く。無理くりな和洋折衷。
それを強行する零花は、やはり楽しげに純粋な輝きをその双眸に宿していた。
「ほう、おあはいっはいあんふぁへほ……」
「はい?」
零花が小首を傾げる。「もう、お腹いっぱいなんだけど」と言いましたよ私は。
ループに閉じ込められた私を労うつもりでやってくれているのだろうし、幼気な少女に餌付けされている気分は私としても悪くはないからそこはいいんだけど、エンドレスとなると少々応える。
現状、苦しい。
それにお菓子は飲み込めても、言いかけた言葉は飲み込めておらず、未だ胸の辺りに蟠っているのだ。
私はそれを吐きだしたい。
吐き出すべきだ。
ここで言わなくちゃいけない。
はっきり伝えなくちゃいけない。
次の瞬間、私は咄嗟に思いついて、強行作戦に打って出た。
エクレアを咥えたまま、空いていた手を即座にテーブルに伸ばす。たまたま近くにあった拳大のシュークリームを掴み、私も攻撃体制。それを最短距離で、零花の口めがけてダンクシュートみたく加速させた。
零花も虚をつかれたのか、一瞬その小さな口が喫驚のリアクションで開かれた。
そこに見事シュークリームが吸い込まれていく。当然一口大ではないので、若干クリームをぶちまけながら、私の攻めは零花の口内に炸裂した。
更に追い討ち──生クリームの絞り袋を、もう片方の手に。それを零花の小さな口に容赦なく叩き込む。
「んんっ!?」
もごもごと小さな悲鳴を上げる零花。
それから、私はゆっくりと中身を絞り出しつつ時間稼ぎを始めた。
絞り袋から直に生クリームを吸う(吸わされている)という、子供が一度は憧れそうな状況に陥った零花は、その甘ったるい味を一生懸命もぐもぐごっくんしている。
歳下の女の子にえげつないカロリーを摂取させているという背徳感を今は忘れ、私は口に残ったエクレアをゆっくり味わってから飲み込んだ。
漸く、まともに言葉を発する事ができる。
私は恐る恐る口を開いた。
「………………“屑籠”って、零花の事?」
零花の眉がぴくりと動いた。
確認の為の問いは投げかけた。故に後は答えを待つだけなので、私は零花の口に突っ込んでいた絞り袋をそこで抜いた。
「ぷはぁっ……!けほ……けほっ………」
すると零花は空気を求めるように舌を出し、噎せた口端からクリームを溢れさせた。
それが丁度、彼女の胸元辺りを盛大に汚す。真っ黒なセーラー服に、かなり目立つ惨状を作り出させてしまった。おまけにクリームは首筋や鎖骨辺りにも伝って、我ながら容赦ない事をしたなぁと心中で反省。
しかし、零花は気にした素振りは全く見せず、寧ろ満足そうに唇に残ったクリームをぺろり。
荒くなっていた息を整えると、少し遠慮がちに頷いた。
「……そうですよ。私は“屑籠”です。と言っても“屑籠”は組織名なので、この場合は一員ですね」
「そうなんだね」
「はい」
「なら──」
「あああっ!もうそろそろ時間です!」
またも突然。零花はわざとらしく両手を上げて驚きを示したかと思うと、その手をぱんと合わせて、
「お開きにしましょうか」
穏やかに微笑んだ。
私はまたも言葉を遮られたので、そこでもう、流石に諦めるしかないと感じた。
零花の一挙手一投足を、一瞬でも封じられただけでも僥倖だったのだ。
ここはもう、彼女に従うしかないのだろう。
「そ……そうだね」
「この後理雨さんはタイムリープしてしまいますけど、今度は零花に『第二フェーズは終わった』と伝えてください。たぶんそれで、零花は理解すると思いますので」
お茶会のお開きは、六十秒の終わりを意味し、六十秒の終わりは、新たな六十秒の始まりを意味している。
だからそれは、巻き戻る時間に取り残される運命である私に対する、零花からの指示だった。
「……了解」
「それからその時、“鍵”をお渡ししますので」
「────!」
“鍵”というワード出た事に一瞬驚愕する。けれど、
「……うん」
私は頷くだけだった。
瑠璃川零花という存在は、常に私の理解の範疇の外側にいた。言動はもちろん、その外見や挙動、さらに異能の力を持っているという点。これらを瞬時に受け入れられるのは、おそらく神様か狂人くらいのもので、私は一介の高校生だったからだ。
けれど私はもう、零花の言動に狼狽えたりはしない。
「どこの鍵かは、分かりますよね?」
「大丈夫。分かってるよ」
無論、あの硝子の扉だ。
私が即答すると、零花はなぜか両手で口元を押さえ、笑いを堪え始めた。刹那の間だが、印象が幼な子から歳上のお姉さんに変貌。
「……どうしたの?」
「いえ。ちゃんと成果が現れてるなぁって」
「成果?」
「今回のフェーズの成果です」
「『狂器を知る』……とかなんとか、だっけ?」
私はうろ覚えながら、聞き返す。
「はい。この世界には“狂器”という概念が存在し、それは実体験だけでなく、知ることで初めて存在を認められます。つまりこれを経た事で、“狂器”の存在を知った事で、理雨さんは日常と非日常の分水嶺から、やっとこちら側へと渡ってきたんですよ」
零花が不敵に笑った。それは混じり気のない、美しいまでの笑み。
「非日常への順応……ってところですね」
「怖いことさせないでよ」
その笑えない話に私が微苦笑を浮かべながら返すと、零花は申し訳なさそうにその手を私に向かって差し出してきた。
「ようこそ」
◇
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