きょうき

 言葉の意味が理解できなかった、というのが正しい。

 私はその音で、“狂気”だったり“凶器”だったりを想像した。


 だからこそ、そんなものを説明される意味が分からない。

 そうこう考えていたら、私は相槌を忘れていたらしい。そんな私を見て、零花は控えめに両手を広げ、目の前のテーブルを示した。


「これらをどうやって出現させたのか。まずはその種明かしをしますね」

「……お願いします」

「これはですね、実はこうしているんです」


 零花は少し得意げにそう言って、テーブルの上に手を翳した。そのまま数秒経ってから手をどかす。

 すると、そこに小さなハート形の食器と、その上にちょこんと乗ったシュークリームがあった。


「こういう事です」

「……どういう事です?」


 何も分からなかった。

 クローズアップマジックを見た人はこういう気分になるのだろうか。何度見ても隔靴掻痒の感がある。

 シュークリームをまじまじと見つめる私を、零花はちょっとだけ笑った。


「こうじゃなくて、種を明かせって事ですよね」

「………そうだよ」


 私は戸惑いつつ返答。

 やはりむず痒い。なぜ焦らすのだろう。

 しかし零花は、ちろと舌を出して言った。


「ですが残念ながら、これが種なんです」


 零花は再び例のごとく手を翳し、シュークリームをその場で二つに増やした。


「手品だったとしたら最低級。なにせ、種が魔法なんですからね」

「まほう………?」


 突拍子もない単語だった。けれど、その言葉がこの場合しっくりきたのも事実だった。


「実はこれ全部、私の能力で作ったんです。椅子もテーブルもティーカップも、そしてお菓子や紅茶も」


 “能力”。またしても漠然とした単語だった。

 けれど、やはりそうでなくては納得がいかない。どこかそう思っている自分がいた。

 これは、たぶん想定通りの答えだ。


「これを、“きょうき”と言います」


 その音を聞いて、私はやはり“狂気”だったり“凶器”だったりを連想した。薄気味悪い言葉という印象を再度受け、確認のため聞き返す。


「………きょうき?」

「はい。狂った器と書いて“狂器”。こういう不思議な力の総称です」


 そう言って、またも零花はテーブルに手を翳し、すぐに戻した。

 するとそこに角砂糖が出現している。零花はそれを自分の紅茶の中に一つ落とした。


「私はこんな風に、自在に物体を生成する事ができるんです」

「…………なにそれ、食料とか資源の問題、余裕で解決じゃん」


 非現実的な話をされたから、私は対抗するべく、冗談めかして現実的な問題を引っ張り出さざるを得なかった。


「確かにそうかもです」


 しかし至って真面目に、零花はゆっくり首肯した。

 それからまたも胸を張る。


「他にも色々できるんですよ。私がここに来た時のように空間を自在に移動したり、こんな風に時間の流れを遅らせたり」


 そう主張する零花は、随分と得意げだった。

 無論、嘘を言っているようではない。

 零花の言う“狂器”という概念は、疑いようもなく、厳然としてここに存在しているだから。


「へ、へぇ……………………。凄い」


 私はただ、感嘆の声を漏らす事しかできずにいる。

 疑う余地が見出せなくて、逆にそんな自分に疑いを持つ域だ。

 だから私は、自分の脳裏に過ぎった素朴な疑問を逃さなかった。


 ──そんな便利で効率的で、無駄なんて介在する余地のない力、それが“狂器”?


 ふと、解釈と呼び名が食い違ったのだ。


「でも、随分と物騒な名前だね」

「ええ。実際、物騒な力ですから」


 零花は微笑みながら即答。


「本来なくていいはずの力。そんなの危険に決まっています」


 零花はそう穏やかに言いつつ、片手から銀色に鈍く光るナイフを出現させた。

 それを見て、私は同意。


「………………そうかもね」


 零花は元々用意されていたジャムの小瓶を開けて、今しがた出したバターナイフで一掬い。スコーンの隣に真っ赤なジャムを添えた。




           ◇




「こほん」


 零花はわざとらしい咳払いを一つ。


「つまり!」


 さらにシリアスな雰囲気を力技でぶち壊すみたいに、元気よくウインクをした。続いて、犯人を突き止めた探偵のようにビシッと、私は人差し指を向けられた。


「この世界には“狂器”と呼ばれる、人知を超えた、神にも等しい力が存在します。これが、今現在理雨さんが直面している現状の前提です」


 私を取り囲む非日常の正体は、摩訶不思議な異能の力──“狂器”。


「ほぇー。そうなんだ……」


 私はそれに納得した。驚きも戸惑いも恐怖もせず、教科書から習う事を鵜呑みするように納得した。

 零花はむふふと得意げに口元に笑みを湛えている。


「…………どうです?驚きました?」

「いや…………別に。なんとなく予想はしてたからね。寧ろ『量子力学がどうとか、電子工学がどうたらの科学的な作用で、この非日常は作られてまーす』とか言われたら頭抱えてたよ」


 もう何をカミングアウトされても驚きはしない。謎が一つ解消したお陰で、心に新たな余裕が生まれたほどだ。

 そして零花も私のそれを鋭敏に感じ取ったらしく、安堵の吐息を漏らしていた。


「よかったです。…………これで、第二フェーズは無事終了ですね」

「……へ?第二フェーズ?なにそれ?」


 もう驚きはしないと心中で豪語したばかりで、早速驚いてしまった。フラグ回収するのが早過ぎる私。

 対する零花は、人差し指を唇に当てて考えるポーズ。


「うーん。第二フェーズは『狂器という概念を知る』ってところですかね〜」

「……第一は?」

「『狂器をその身で体感する』……みたいな?」


 つまりはどういう事?

 何を言っているのかさっぱり分からない。


 けれど“思い当たる節はあった”。


 だから咄嗟に問う。


「……ていうか、なんのフェーズ……?怖いよ。いつの間にか二つもクリアしちゃってるし」


 すると零花は、あっけらかんとした様子であっさりと答えた。


「“理雨さんが狂器を手に入れる為の”、ですよ?」

「………………………あぁ」


 その一言で完全に察しがついた。

 私は無意識に視線を落としてしまう。口を引き結んで、スカートの裾を弱々しく握った。


「……え?だって理雨さん。過去を変える力を手に入れたくて、ここへやって来たんですよね?」


 その言葉を、私は肯定も否定もしなかった。

 過去を変える力────つまりは最善を手にできる力。




           ◇

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