孤独感と徒労感から得た活路
硝子一枚を隔てた向こうの雨音に耳を傾けながら、せめて意識だけでもこの檻から逃避しようと、気づけば私は、薄暗い光しか寄越さない明かり窓をうつらうつらと眺めていた。
定位置の椅子に腰掛けながら。
いつの間にか六十秒は終わっており、どうやらまた新しい六十秒が始まっていたらしい。
私は立ち上がり、助走をつけて、性懲りも無く時計を投げ捨てた。時計は硝子窓にぶつかって、そのまま垂直に落下していった。
それを眺めながら、立ち上がったついでに伸びをする。別に疲労なんて溜まっていないはずの身体だったが、何となく心地よかった。
そうしてできた、ほんの僅かな安らぎの余韻に浸りつつ、
「………………はぁ……」
毎度お馴染み溜息一つ。
一旦、考えるのはやめよう。
私は椅子に座り直す。そして再度天窓を見上げた。
ぱらぱらと打ち付ける雨に意識を向けると、疲労も相まって、沈んでいくように思考が鈍くなった。
そして、働かせっぱなしだった思考を停止させる事に、ここに来てようやく成功した。
けれど、余計に孤独という意識は強まった。
私以外、誰の意思も介在する余地が無く、私だけがここにいて、本当に私しかいない。
独りには慣れているが、いつも周りには他人がいた。けれど、今はそれすらいないのだ。私だけがこの檻に、たった独りで閉じ込められている。
雨にすら触れられない空間に閉じ込められて、館外へ出る事も許されずにいる。
「なら………」
この選択は、最善ではなかったというのだろうか。
私は硝子に張り付いては集束し流れていく雨粒に、何となく手を伸ばしてみた。
掴めもしないそれに、ただ手を伸ばす。
到底掴めるわけもない。
まず前提としてガラスが隔てている。それに、机に登って背伸びをしたとしても、天窓にすら手は到達しないだろう。
だがそう理解はしていても、案外頑張れば届きそうな距離にある気がして、それ故に届かない事が余計にもどかしかった。
どうせ届かないのなら、初めからそこに現れないで欲しい。
けれどそう願いつつも、やはり求めずにはいられない。
そんなジレンマに苛まれながらも、私はさらに腕を伸ばした。肩と腕の筋が張って、今にも千切れそうなくらいに。
けれど勿論言うまでもなく、そこに届きはしないのだ。
今の私のように。
──私は“最善”を求めていた。
──“最善”を求めてここへ来た。
だからきっとこれは罰なのだ。独りだけ狡をしようとした、私への罰。
それを理解している。だから──。
「最善なんて要らない…………」
理解している私は、誰に向けるわけでもなくそう宣言した。
そう宣言する事で、許しを請う。
許されはしないと自覚しつつ。
「…………ごめん」
思考を止めても尚、私の脳裏には、彼が見せた最後の表情が映っていた。
結局、私は最後まで手を伸ばし続けていた。
こんなどうでもいい事に躍起になるなんて、本当に疲れている証拠だ。
六十秒が終わる直前、私の身体には深く腐った根っこのような疲労が溜まっていた。私にとってこの六十秒は、今までのどの六十秒よりも辛いものだった気がする。
しかし、その甲斐があったのだろう。
時が巻き戻る刹那の間──たったその瞬間だけ、私の視界には“労力に見合った報酬が与えられる”という、ありもしない世界の優しい法則が作用した。
どうやら、私の努力は徒労ではなかったらしい。
それを、目の前にくっきりと映る、決定的な手がかりが証明してくれた。
歪む視界に最後まで残っていた私の右腕。腕を目一杯伸ばしたせいで、袖が少し捲れていた。
そこを、いつもの忌々しい閃光が照らしたのだ。
◇
「私バカ!ナイス!!」
目覚めた直後、己を罵倒。その倍ぐらい賞賛。
灯台下暗しとは、まさにこの事だろう。
まさかこんな近くに、あんなにもあからさまな手掛かりがあったなんて。そんな事とはつゆ知らず、私は館内をあれほど無駄に走り回っていたのか。
「もうなんで気づかなかったの私!」
しかし私は、そんな自分の愚かしさに呆れこそすれど、幸い今は進展の喜びが優っていた。
再構築された私の視界。目の前の時計は相変わらず秒針でチクタクという不快なリズムを奏で始めていたが、私はそんな事は気にも止めず、自身の右腕を期待の眼差しで見つめていた。
すぐに服の袖を捲ってみる。
すると、
“28,27,15”
黒い文字が、私の腕に書かれていた。
「暗号………?」
他にも手がかりがないか、私は更に腕を捲った。けれど、不健康そうな白い二の腕までは、その文字は到達していない。
早急に、他にも確認する必要がある。
そう直感して、私は制服のブレザーのボタンを外し、中に着ていた薄手のパーカーもろとも脱ぎ捨てた。更にシャツのボタンも躊躇なく外していく。
私はボタンは上から外す派だから、その流れでスカートも下ろし、ローファーも脱ぎ、片足のニーソックスに手をかけた。
脱ぎかけのソックスを爪先から垂らすという阿保の骨頂を晒しているという自覚は、なんの変哲もない普通の女子高生である私に羞恥を込み上げさせたが、私は逡巡などしない。
勢いのままソックスを脱ぎ捨て、シャツも脱ぎ捨て、下着だけの超解放スタイルに。
急いで全身を確認する。
足裏、脹脛、太腿、腰回り、脇腹、胸元、両脇、肩、腕、
念の為下着の中もチェック。
けれど、そこまでした甲斐はなかった。
私の素肌にあったのは、右腕に書かれている謎の数字のみだった。
下着姿の私は、人並みの羞恥にそこで耐えかねて、最終的にその場に蹲った。
「なにしてんの私……」
それから、もうすっかり慣れたタイムリープを待った。
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