黒い鍵を探す

 実際は迷っている時間、それこそが無駄だった。

 たぶんその自覚が、私の決心を後押ししたのだと思う。

 本当はやるべき事など、初めから既に分かりきっていたのだから。

 それは“鍵の捜索”である。


 出入り口である硝子戸は施錠されていた。本来あるはずのサムターンが無く、代わりに鍵穴があるのは明らかに不可解だ。

 あれが私に対して何かを示唆しているのは明白だった。

 内側から解錠出来ないなんて、まるで監禁。閉じ込められるという意味で、今の私を象徴しているのだから。

 “館外に脱出=この時間ループからの脱出”、なんて些か単純な発想だろうけれど、最善かどうかはさておいて、今の私に出来る事といえばこれくらいしかない。


 鍵穴があるのならば、鍵は必ず存在する。

 私はそう自分に言い聞かせ、無理やり鼓舞した。

 席を立ち、横目で時計を確認。秒針は既に動き出していた。

 小さく意気込む。


「よしっ」


 手始めに、私のいる二階から探す事にしよう。


 この階には机が6×3脚。それと、入り口の反対側に面した壁に沿って5脚。計23脚が並んでいる。椅子も同数だ。

 私が座っていたのは、長方形に並ぶ18脚の中ではなく、壁の硝子窓に面した5脚の真ん中。

 だから、ひとまず手近なその5脚を調べる。

 調べるといっても、椅子を引いて覗き込んだり、机をどかしたり、引き出しの中身を確認したりと、随分と工夫の無いありきたりなものだったが、それ以外の方法も別に思いつかなかったし、仕方ない。


 結果、六十秒で5脚を調べ終わらせた。

 スピードとしては我ながら悪くない。なかなかの効率ぶり。

 しかし、みるべき収穫はなかった。




           ◇




 次の六十秒も、大してやる事は変わらない。

 私は跳ね起き、素早く踵を返した。

 残りの机と椅子も同様に調べ尽くす。

 これを数回に分けて行った。




           ◇




 結局全部の椅子と机を調べても、何も見つからなかった。引き出しの中はほとんどが空で、あっても消しゴムのカスや、折れたシャーペンの芯だけだった。

 けれど、最終的に鍵が見つかればなんら問題ない。


 私は続いて、一階へ降りた。


 この図書館の二階部分はまるまる学習スペースになっているから、主にこの一階部分が図書館としての本分を果たしている。

 だからまぁ、一階を調べる事は覚悟していた。

 恐らく、二階よりも遥かに多くの六十秒を費やす事になるだろう。

 私はまずは、あの忌々しい硝子戸に背を向け、本棚の数々と対峙した。

 棚は全部で十六架。中央の通路を境に、左右に八架ずつ。大木のように鬱蒼と聳え立つそれらがやけに不気味で、私は今まで近づく事さえしなかった。

 だから改めてそれを目の当たりにして逡巡したが、もう私が足を止めることはない。


 薄暗い本棚の間を駆ける。

 いちいち本を手に取っていては拉致があかないと勝手に判断し、私は本棚の陰を隈なく見て回る事にした。

 あの黒い穴に入る鍵だ。きっと暗がりにさえ溶け込まず、鈍く黒い光を放っているに違いない。

 私は勝手に鍵の形を想像しながら、本の隙間に手を入れ、時に乱雑に放り出し、鍵の在り処を探る。


 一架調べ終わるのに、大体計五分かかった。

 おまけに一階の壁を埋め尽くす棚もあったから、調べ尽くす頃には、どれくらいの時間を要したのかもう分からなくなっていた。


 それなのに鍵は見つからなかった。




           ◇




 夜の公共施設のトイレは、怪談のシチュエーションとして大いに相応しい。

 だが、今はお化けに出てこられても、正直時間ループで既にお腹いっぱいの状態なので、勘弁して欲しいわけで。

 だから「失礼しまーす」と一応断ってから、私は腰を低くしてトイレの中に入った。


 電気をつけ、一つ一つ個室を見回る。もしも便器の中に鍵があったら嫌だなぁ、と平凡な心配をしつつ、蓋を開け、中を覗き込む。

 けれど真っ白な陶器はどこまでも真っ白なままで、黒い鍵が隠れる余地など何処にもない。


 次の六十秒で男子トイレも調べた。しかし同様で、初めて見た小便器も、どこまでも白く美しい曲線を描いており、黒い鍵が紛れる隙などどこにもない。

 公共施設のレベルは、大体トイレで測れるというどうでもいい持論を持っている私は、改めてこの図書館の清潔さを知っただけで、結局トイレの捜索でも、鍵どころか些細な手がかりさえも掴む事は出来なかった。




           ◇




 入り口右手にある事務室は六畳程の小さな小部屋だが、棚やロッカー、机があるせいで、それよりも狭く感じられた。

 しかも机には小難しい資料が山のように積まれていて、中にいるとなかなかの圧迫感、閉塞感。ここに比べれば、あの二階の窓際の席は十分に開放感があると言えるだろう。


 もし時間ループで目覚めるのがこの部屋だったら、私は相当滅入っていたに違いない。

 けれどだからこそ、この窮屈な空間には調べられる場所が沢山ある。

 私は明かりをつけ、まずはロッカーの中身を漁ることにした。


 ロッカーの中には司書の先生の私物が乱雑に詰め込まれていた。

 これを漁るのかと一瞬尻込みしたものの、私が手を止める事はない。ただ、時間が巻き戻るとはいえ、流石に知っている人間の私物を乱暴に扱うのは気が引けた。だからコートのポケットやカバンに手を突っ込み、ひっそりと手探りで鍵を探す。

 こうしていると、なんだか自分が盗人になった気分で少し可笑しかったが、その盗人は既に刑務所より惨い檻に閉じ込められていたから、私は苦笑いしか浮かべられなかった。


 しかし鍵は見つからず、私は続いて机の引き出しを開けた。中にはハサミや糊などの文房具が詰め込まれていた。

 でも、鍵どころか不自然な点さえ一つも見つからない。


 棚も入念に調べた。

 ここも何も見つからない。


 何かヒントがあるかも、とパソコンを起動させたが、パスワードでロックされていたから断念。

 固定電話は残念ながら内線しか繋がらないらしい。まぁ外に繋がったとしても、警察に助けを求める事もままならない状態だから別に構わないのだが。


 そして事務室でも結局、何一つ変わった点は見つけられなかった。

 多分、総計一時間はこの小部屋に費やした。




           ◇




 最後に、貸出カウンターにある蔵書検索用の電子機器、控えめな読書用机、ソファー。

 それらを調べた。

 結果は言わずもがな、収穫はなし。

 ここで、鍵の捜索は完全に行き詰まってしまった。




           ◇

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